日本でSDMの実践をどう推進するか
寄稿 後藤 友子
2021.03.29 週刊医学界新聞(通常号):第3414号より
近年,完治が難しい慢性疾患患者の増加や,提供可能な医療やケアの選択肢の拡大などにより,患者が自分らしく生き抜くための治療方針を選択することが難しくなりました。このような背景の下,国内外で必要性が高まるのが共有意思決定支援(Shared Decision Making:SDM)(註1)です。
対話による意思決定支援の方法の一つであるSDMは,①患者と専門職の少なくとも2人が参加すること,②両当事者が情報を共有すること,③両当事者が選択肢の存在とそれらの詳細を承知すること,④両当事者が意思決定基準を共有しながら決定の合意をすること,の4要素から成るとされています1)。SDMは遺伝子検査や小児疾患,がん,呼吸器疾患,外科手術等における患者・専門職間の意思決定や,アドバンス・ケア・プラニング(ACP)における基本的意思決定支援技能として適用されています。
なぜ臨床でSDMが求められるのか?
こうしたSDMの手法は,治療やケアについて患者に相談の上選択・決定し,実行するpatient-centered careの考え方が基になっています。カナダのMoira Stewartらの著書『Patient-Centered Medicine』が出版されたのを機に,patient-centered careは欧米諸国を中心に普及し始めました。やがてpatient-centered careは医療政策や医学教育にも取り入れられ,現在ではケア領域にもその考え方が拡大しています。
英国をはじめとする欧米諸国においてSDMは,医師や医療専門職の基礎教育課程に技能教育が組み込まれているほか,各学会のガイドライン等にも取り入れられています。一方で日本は,患者の権利を守る社会的ルールの基盤が欧米諸国と大きく異なっており,世界と比べてSDMが普及しているとは言えません。日本では,世界医師会の宣言である「患者の権利に関するWMAリスボン宣言」2)と現行の医療法に基づき,情報提供型の意思決定支援であるインフォームド・コンセント(IC)が多くの医療現場で行われています3)。
ICは医師や専門家が説明を行い,患者が必要な情報を全て理解した上で治療方針を選択することを前提に構築された意思決定モデルですが,医療者が一方的に情報を提供するだけでは患者の理解度にはつながりにくいとされています4)。このような背景から,医療者と患者とがかかわり合い,医療情報を患者が理解していると確認した上で治療方針を決定するSDMの重要性が日本でもようやく主張されるようになりました。
一般の方にとって,専門的な情報と自身の価値観やヘルスリテラシーを基に,多様な治療やケアの選択肢を自力で理解し選択することは容易ではありません。筆者らが日本のプライマリ・ケア外来で行った調査においては,治療方針の疑問点などを医療者や知人に質問するのが苦手な高齢者ほど,SDMによって意思決定による葛藤が大きく減少したことが確認されました5)。高齢患者が増加し続けている日本では,SDMの技能が医療者に強く求められているのです。
世界の動向から垣間見える日本独自の研究結果
SDMを取り入れた研究は,さまざまな治療や検査,ケアの領域で進められています。その中でも主に,①専門職に対する教育研究,②患者など一般市民にSDMを実践する人に対するアプローチの研究,③ decision aidと呼ばれる意思決定のための情報補助ツールの開発研究の大きく3つが世界的に進められています。SDMの研究・啓発を目的とした国際学会(International Shared Decision Making Society:ISDM Society)では,2年に1度,世界中のSDM研究者たちが集まり最新の研究知見を共有していますが参加者は欧米の研究者が多く,日本では活発な研究領域とは言えません。
そこで筆者らはSDMを日本の医療でも普及させるため,独ハンブルグ大のEppendorfら医療心理学チームが開発した,患者が意思決定のプロセスにどの程度関与しているかを測定するためのアンケートであるSDM-Q-9/SDM-Q-Docを基に,日本語で使用可能なSDMの評価尺度を作成しました(註2)5, 6)。患者が回答するSDM-Q-9および医師が回答するSDM-Q-Doc(図)はそれぞれ9つの項目で構成された1因子構造の評価尺度で,回答は6段階のリッカート式となっています。SDM-Q-9/SDM-Q-Docは日本語のほか,合計29言語に翻訳され公式ウェブサイトで公開されています7)。
世界的にはSDMは,専門職と患者の1対1の対話形式が主流です。日本でも1対1での対話,対応を進める専門職教育にシフトしてきています。しかし,SDM-Q-9/SDM-Q-Docを日本のプライマリ・ケア外来に用いた筆者らの研究では,医療者と患者の1対1によるSDMよりも,医師1人と患者1人に加え,医師を支える看護師1人が立ち会う「3人一体」で実践するSDMのほうが,医師・患者ともに評価が高いという結果が得られたのです6)。
この現象は日本でしか確認されていません。日本では専門職がチームでアプローチして患者の意思決定を支えるSDMが重要なのです。
チームアプローチの視点を学べる「あいちACPプロジェクト」
筆者らは,チームとしてのSDM実践を推進するため2018年度からの3年間にわたり,愛知県の委託を受けて「あいちACPプロジェクト」というACP実践人材育成のための教育事業を展開しています。本プロジェクトでは,筆者が座右の銘としている聖徳太子の言葉,「和を以て貴しと為す(以和為貴)」の精神の下,患者やさまざまな専門職といった立場が異なる者同士が意見や価値観をしっかりと話し合い,お互いの視点をすり合わせるプロセスを学び,SDMを実践できる人材を育成しています。ここではSDMの技能獲得にとどまらず,異なる職種や立場の専門職から自身のSDMを評価してもらい,助言を得られる気づきの多い研修として受講者の高い満足度を得ています。この成果を客観的に分析し,来年度以降,愛知県以外の地域にも事業を拡大する予定です。
*
超高齢社会に伴い,認知症患者も増加し続けている日本において,意思決定能力が高い時期から患者にかかわることができる,かかりつけ医や介護支援専門員などにはぜひともSDMの技術を身につけていただきたいです。また将来的には,医療や介護,福祉の専門職の基礎教育にSDM技能教育が組み込まれることが望ましいと考えます。
註1:「Shared decision making」にはさまざまな日本語訳がつけられており定訳はないが,本稿では「共有意思決定支援」として紹介した。
註2:日本語版SDM-Q-DocおよびSDM-Q-9のPDFはそれぞれ左記リンクから保存と印刷が可能。
参考文献・URL
1)Soc Sci Med.1997[PMID:9032835]
2)日本医師会.患者の権利に関するWMAリスボン宣言.
3)久我咲子,他.Shared decision makingを実践する医師の特徴――都内10区2市の診療所内科医に対する郵送調査.日本プライマリ・ケア連合学会誌.2016;39(4):209-13
4)Trials.2021[PMID:33446265]
5)JMA J.2020[PMID:33150255]
6)PLoS ONE.2021[PMID:33566830]
7)SDM-Q-9/SDM-Q-Docウェブサイト.
後藤 友子(ごとう・ゆうこ)氏 国立長寿医療研究センター在宅医療・地域医療連携推進部 研究員
2010年日赤看護大卒。12年聖路加国際大大学院博士前期課程修了,同年より現職。在宅医療や地域包括ケアなどの研究に取り組んでいる。初めて医療にかかわる市町村の不安を払拭するため,15年に『在宅医療と介護の連携 事例集』の執筆を担う。
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