医学界新聞

医師のための研究留学術(後編)

寄稿 耒田 善彦,藤雄木 亨真

2020.09.14



【寄稿】

医師のための研究留学術(後編)
研究留学の意義を考えてみませんか

耒田 善彦,藤雄木 亨真(米マサチューセッツ総合病院救急部リサーチフェロー)


前編よりつづく

 後編となる今回は米大学院におけるオンラインでの学習環境や,私たちが現在行っている研究内容をお伝えした上で,研究留学をする意義について述べていきます。

米大学院におけるオンライン授業システムとは?

 今回の新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)の流行を受けて,私が通っていた米ハーバード大医学大学院では2年目の最後の2か月ほどはオンライン授業になりました。しかし,新型コロナの流行以前からすでに一部ではオンラインでの授業が導入されており,その中には反転授業が導入されている講義もありました。反転授業では事前に録画講義の視聴や課題の提出を行った上で,課題内容を発展させたディスカッションなどの応用的な内容を授業で行います。また集中治療データベースを用いた機械学習プロジェクトや大規模臨床試験の二次解析など,授業以外で時間を多く費やす必要のあるグループプロジェクトでは,事前に予習をして理解していないと対面授業の意味がありません。とは言え,反転学習のおかげで理解できていない部分を把握した状態で授業に臨むことができるため,生産性が高いと感じました。

 もともとオンライン授業を導入しているプログラムであれば,今回の新型コロナ禍にもシステムを改良することで対応できると思います。しかし,従来行われていた対面授業をただオンラインに移行するだけでは単調な授業になることが多く,対応として十分とは言えません。私がこの夏に受講していた他の米大学院ではSlackなどを併用して授業をインタラクティブにする工夫が行われていました。また米ジョンズ・ホプキンス大公衆衛生大学院では半分以上の単位をオンラインで取得しました。同大では独自のシステムを備えており,録画授業の受講,ライブでのオンライン授業,チャット,スライドのアップロード,口頭発表などを全てシステムの中で行うことができ,大変便利でした。

 さまざまな教育方法やオンラインツールが発展して変化している中で,新型コロナの収束後には,対面授業の在り方についても再考する必要があるのかもしれません。

(耒田 善彦)

私たちの留学先での研究内容を紹介します

 次に私たちが留学している研究室で行っている研究について,2点紹介します。大規模な前向きコホートを用い,臨床とオミクスデータ(ゲノム,メタボロームなど網羅的な生体分子情報)を統合して小児喘息,細気管支炎などの疫学的病因を研究しています。

①オミクス解析,機械学習,因果探索の融合による研究

 研究成果を例示しながら説明します。これまで小児細気管支炎は均一な疾患として治療されてきました。しかしRSウイルス(RSV)やライノウイルス(RV)などの感染ウイルスによって,予後(喘息発症),気道や血清の代謝物(メタボローム)などが異なることが報告されています1, 2)

 私たちが行った研究では,768人の細気管支炎の乳児において,RSV感染を対照とし,RV―AとRV―Cの気道代謝物を比較することでウイルス種間における病態の差異を明らかにしました。機械学習の一手法であるランダムフォレストを用いて群間識別力の高い上位30個の代謝物を同定し,代謝物がRV―AとRV―Cで異なることや短期的予後(人工呼吸器の使用)とも関係することを示しました。また統計的因果構造探索を行うことで,ウイルスが代謝物に影響を及ぼすという因果関係が示唆されました3)。これはオミクス解析,機械学習,因果探索の融合によって,均一な疾患と考えられていた疾患がウイルスによる異質な病態の集合体であるという知見を裏付けた意義深い研究です。

(藤雄木 亨真)

②機械学習による統合マルチオミクス解析を用いた研究

 近年,機械学習を用いた研究が増えています。その中でも代表的な研究がオミクスデータを用いた研究です4)。オミクスデータはサンプル数に比較して変数が非常に多く,通常の統計解析が困難という特徴があります。これらの高次元なデータには病型のもととなる重要な情報が含まれており,研究が進められています。また敗血症や腎不全,細気管支炎などは多彩な病態生理があるにもかかわらず臨床症状や検査結果などのシンプルな診断基準で1つの病型にまとめられています。最近ではそのような病気に多くのサブタイプがあることがわかっています。そのため私たちはデータを種類ごとに解析するのではなく,高次元のオミクスデータや画像などを含めた臨床情報に機械学習を応用し,それらのデータを統合的に解析するマルチオミクス解析やネットワーク解析を行うことで似た生物学的特徴を持つ患者群が同定できると考えています(5, 6)。解析から得られたサブタイプの中には予後との関連の強い高リスク群や特定の薬剤に反応する群が見つかる可能性もあります。

 マルチオミクス解析の概要図(文献5,6より作成)(クリックで拡大)
1つのオミクスデータではなく多層のオミクスデータを解析することによって,より複雑な病態を反映したサブタイプを同定できる。

 この研究が今後の分子標的治療や患者に個人レベルで最適な治療方法を提供するPrecision Medicineの確立につながると考え,長期的ビジョンのもとで進めています。

(耒田 善彦)

研究留学する意義って何だろう?

 最初から留学の明確な意義を持って行動することは難しいかもしれません。私は国内の大学院進学を通して,以前から抱いていた留学希望が強くなり研究留学に至りました。自分なりの意義を持って留学を始めましたが,異文化を見聞しながら研究生活を送るうちにその意義がより明確になったり変化したりしています。また将来像や価値観も大きく変わりました。私の場合は日本での専門分野から少しだけはみ出してさまざまな領域や立場の方から刺激を受けていることが影響しているかもしれません。一般的に医師が研究留学できる機会は限られた数年間です。少しでも興味があればまずは早めに動いてみるのはいかがでしょうか。

(藤雄木 亨真)

COLUM① IELTSTMとTOEFL®の特徴は?

 英語の資格試験であるIELTS とTOEFLを受けた印象として,以下が挙げられます。IELTSは,Writingの採点が厳しい点,Speaking sectionは試験官との会話形式で取り組みやすい点,TOEFLより試験問題の難易度が低い点。一方TOEFLは,試験時間が長い点,Speaking sectionで解答をマイクに吹き込む形がやりにくい点,会場によっては解答をマイクに吹き込む際に隣の人の声が入り集中しにくい点などです。また,TOEFLでは日常でなかなか使わない生物や岩石の名称などの細かい単語をたくさん覚える必要があります。両方の試験の特徴をみて,自分が受けやすい試験を検討してみてください。

(耒田 善彦)

COLUM② Academic writingにはどう取り組めばいい?

 英文での研究結果の発表は,世界中の科学者と成果を共有するため,その先の自身の新たな動機付けのため,そして留学に向けての業績のために大切です。臨床業務の合間に論文を執筆することは時に難しいですが,私自身は論文執筆の機会をくださる多くの指導者に恵まれました。ここではAcademic writingを身につけるための参考資料を3点ご紹介します。

a)Mimi Zeiger. Essentials of Writing Biomedical Research Papers. 2nd ed. McGraw-Hill Education;1999.
Academic writingの論理的な書き方や単語の使い分け等が書かれています。第1章を読むだけでも有用です。

b)康永秀生.必ずアクセプトされる医学英語論文――完全攻略50の鉄則.金原出版;2016.
論文の構成をはじめとして,具体的な英文の書き方まで示してあります。

c)JEMNet論文作成マニュアル.
若手臨床疫学研究者の後藤匡啓先生が中心となって書かれた初学者向けマニュアル。無料とは思えないクオリティーです。

(藤雄木 亨真)

参考文献
1)Expert Rev Respir Med. 2016[PMID:27192374]
2)J Infect Dis. 2016[PMID:29293990]
3)Allergy. 2020[PMID:32306415]
4)Clin Microbiol Infect. 2020[PMID:32505584]
5)Eur Respir Rev. 2018[PMID:29436404 ]
6)Circ Res. 2018[PMID:29700074]

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