HPVワクチンの接種率向上に向けて何が求められているのか
寄稿 木下 喬弘
2020.07.06
【寄稿】
HPVワクチンの接種率向上に向けて何が求められているのか
木下 喬弘(医師・MPH)
COVID-19のニュースが毎日メディアをにぎわせている中,日本には公衆衛生上極めて重要な未解決課題が残されていることをご存じだろうか。2013年に厚労省が定期接種化からわずか3か月で「積極的接種勧奨の差し控え」を決定した,ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンに関する問題である。本稿では,米ハーバード大公衆衛生大学院で日本のHPVワクチン行政の研究に携わるとともに,Twitterを中心にHPVワクチンの啓発活動を行ってきた自身の経験から,「今,接種率向上に向けて何が求められているのか」を概説する。
HPVワクチンの効果と日本での積極的勧奨差し控え
「マザーキラー」として知られる子宮頸癌は,20~40代の若年女性に発症することが多く,日本では毎年およそ1万人が罹患し約2800人が死亡している1)。子宮頸癌の95%以上はHPV感染が原因であることが知られ,ほとんどが性交渉によって感染した後に,前癌病変を経て癌化する2)。このことを明らかにしたハラルド・ツア・ハウゼン博士は2008年にノーベル医学生理学賞を受賞している。
対象年齢の女性に対してHPVワクチンを接種すると,最も癌化しやすい16型と18型のHPVの有病率が83%低下し,中等度異形成も51%減少することが報告されており,初交前に9価のワクチンを接種すればさらに高い効果が得られると期待される3)。HPVワクチンの発明は人類の英知である。
さて,日本では2009年に2価,11年に4価のHPVワクチンが承認され,13年4月に予防接種法における定期接種に組み込まれた。しかし,同年3月頃からワクチン接種後に広範な疼痛やけいれんが生じた症例が相次いで報告され,新聞やテレビなどで連日報道された。これを受け,同年6月に厚労省の予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会は「副反応に関する十分な情報提供ができるまで,積極的勧奨を一時差し控える」ことを決定した。メディアの報道を半ば承認する形となったこの決定の影響は極めて大きく,日本のHPVワクチン接種率は決定以前の約70%から0.6%にまで落ち込んだ4)。
副反応について言えること
言うまでもなく,「ワクチンを接種した患者が接種していなかったらどうなっていたか」はわからない。個人レベルでの因果関係は常に証明不可能であり,因果推論は必ず集団に対して行う必要がある。
2009年に米国で2300万件以上の4価HPVワクチンの接種後の副反応を調べた研究では,ギラン・バレー症候群や運動ニューロン疾患の増加を示唆する徴候は認められなかった5)。18年のコクランシステマティックレビューでもHPV接種群とコントロール群との間で重篤な有害事象の発症率に差は認められず,19年には9価のHPVワクチンの市販後調査で臨床的に重要な有害事象の報告は統計学的な閾値を超えていないことが確認された6~8)。名古屋市で行われた観察研究においても,HPVワクチン接種と副反応の間に有意な関連は示されていない9)。WHOやCDCもHPVワクチンの接種を推奨しており10, 11),先進国で接種の勧奨を取りやめた国は日本だけである。
これらの研究から言えることは,「HPVワクチン接種による神経症状の増加は疫学的に証明されていない」ということである。繰り返すが,これは因果関係がないことの証明ではない。接種後に重篤な神経症状を呈した少女が存在したことは紛れもない事実である。しかし,HPVワクチンが感染および前癌病変を防ぐ効果はほぼ確実で,浸潤癌の予防効果も確からしいため,接種の益は害を大きく上回ると考えるべきである。
HPVワクチン接種に対する誤解
これほど有用なワクチンが,なぜ日本ではほとんど接種されていないのだろうか。よくある勘違いに「厚労省がHPVワクチンを定期......
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