医学界新聞

インタビュー

2019.11.11



【interview】

新時代の“風邪”の診かた
「感染症診療12の戦略」で,適正使用の新たなフェーズへ!

岸田 直樹氏(総合診療医・感染症医/北海道科学大学薬学部客員教授)に聞く


 最もよく出合う疾患“風邪”。世界的脅威的な薬剤耐性菌の拡大や超高齢社会の到来を背景に,風邪診療・感染症診療の在り方にさらなる変革が求められる。ガイドラインやマニュアル頼みのこれまでの適正使用から一歩進んだ適正使用の戦略として,感染症コンサルタントの岸田直樹氏は『誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた――感染症診療12の戦略(第2版)』で,新たな診療戦略を提案する。

 2020年度から臨床研修で「一般外来での研修」が義務化される中,外来診療の限られた時間内で風邪とその周辺を適切に見極め,患者一人ひとりに合った洗練された治療戦略を立てるにはどうすればよいか。医学生・研修医に外来指導も行う岸田氏に聞いた。


――風邪の訴えで受診する患者が増える季節になりました。その中から真の「風邪」を見極めることが重要ですね。

岸田 私が強調するまでもなく,当たり前に認識している人が明らかに増えました。『誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた』の初版を執筆していた頃は,風邪について体系的に学ぶ機会はほぼ皆無でした。今では多くの医師が書籍等を通して風邪の診かたを学んでいます。その成果か,研修医に風邪の説明を問うと,「ウイルス性上気道感染症で抗菌薬は無効」「咳・鼻汁・咽頭痛の3症状を中心とした多領域の症状が特徴」など当たり前に答えます。風邪に紛れた重篤な疾患の見極めは今でも変わらず大切なものの,習得している研修医が多くなっています。

 臨床研修が義務化された若い世代を中心とした大きな変化を実感します。抗菌薬適正使用も次のフェーズだと感じ,さらなる適正化に向けて感染症診療12の戦略の考え方による患者個別のアプローチを学んでほしいと感じました。

感染症診療12の戦略

①「少子高齢化人口減少」の未来予測を踏まえた戦略
②「無症候性感染症」から多様性の理解へ
③「免疫老化」で疾患頻度の変化をつかむ
④CKDならぬ慢性肺臓病! 化学性肺臓炎
⑤高齢者発熱・炎症所見チェックリスト!
⑥診断を一元的に考えない:受診のきっかけUTI
⑦Escalation therapy!
⑧早期内服・早期帰宅戦略
⑨重症感染症の長期内服・コモンな感染症の短期治療戦略
⑩簡易懸濁法
⑪R≠耐性≠抗菌薬無効
⑫高齢者新興感染症!

外来指導の重要性が増す!診察前「疾患想起」訓練を

――とはいえ,熱や倦怠感の症状を“風邪”と言う患者さんは多く,風邪か否かを見極めるスキルを磨くことは重要です。どのように研修すればよいでしょう?

岸田 外来研修での「診察前疾患想起訓練」が効果的です。手順は次の通りです。

診察前疾患想起訓練

【Step 1】問診表から考えられる疾患を,primary(可能性が最も高い),secondary(次点),tertiary(頻度は低くても見逃してはいけない)として3つ挙げる
【Step 2】それらの疾患の診断に必要な病歴・身体所見を指導医や上級医とディスカッションし,診察へ
【Step 3】鑑別疾患の診察前確率が診察後にどう変わったかをディスカッション

岸田 この訓練の利点は,診察効率が向上することです。優先順位から疾患を念頭に置けば,聴取すべき病歴や身体所見をあらかじめ具体的に考えることになります。漏れなく効率よく診察を行うことにつながるのです。

――病棟と違って確認漏れを再聴取しにくく,時間が限られる外来診療で大変有効ですね。

岸田 その通りです。問診票の情報だけでも重み付けを意識した疾患の想起は可能です。疾患に関する情報を事前確認した上で診察すれば,不安いっぱいで診察をすることが多い研修医も,わずかでも自信を持って診察に向かえるようになります。

 この訓練で大切なのは,鑑別3疾患想起に時間をかけて悩み過ぎないことです。情報が少ないので,ありそう,なさそうといろいろ考えてしまうのですが,疾患の想起は1分以内で,Step 1~2までは5分程度で行うことが重要です。

抗菌薬は,患者ごとの新たな「適正使用」の時代へ

――風邪への抗菌薬適正使用は医学生・研修医にとっては当然の知識となってきています。一歩進んだ新たな適正使用はどのような考えに基づくのですか。

岸田 クラシカルに行われてきた感染症標準治療が,必ずしも望ましい治療戦略ではないことが多々あります。例えば入院点滴治療が理想とされてきた病態でも,入院治療によりカテーテル関連血流感染症や薬剤耐性菌獲得のリスクがあります。高齢者ではADLや認知機能の低下の懸念もあります。一般外来での研修の必修化からも,医療がより外来・在宅診療にシフトしているとうかがえます。そのときの治療戦略として覚えておきたいのが,⑧早期内服・早期帰宅戦略です。点滴から内服抗菌薬治療への早期スイッチの方針です。

――内服治療は点滴治療よりも手軽なので,すぐに使えそうな戦略ですね。

岸田 ただ注意すべきは,内服抗菌薬治療が点滴治療よりも治療効果が優れることは原則,ないことです。バイオアベイラビリティや食事・他の薬剤との相互作用や,内服/点滴治療のドーズの違いを見れば納得いくでしょう。内服治療が点滴治療に効果の点で勝るという単純な式でなく,患者が抱える基礎疾患とその周辺の全体を見て,早期内服治療戦略が適正な治療戦略となり得る患者が増えてきたとの考えが重要です。

 特に研修医の最初のころは公式にすぐ頼りたくなります。しかしガイドラインやマニュアル通りの診療に縛られては,新時代の適正使用では融通の利かない苦しい診療になってしまいます。知らないうちにさまざまな呪縛に取りつかれているんです。

――医師が呪縛に取りつかれているのですか! どんな考えにとらわれるのでしょう。

岸田 例えば抗菌薬の感受性試験でR(耐性)を懸念し,広域抗菌薬を検討します。病態によっては「R=耐性=抗菌薬無効」では必ずしもないと知っていれば「Rだったら……」と不安でも,病態や重症度を考慮して狭域抗菌薬処方の判断もありだと気付けます。

 単純なアルゴリズムで検査結果からガイドラインやマニュアルに当てはめる診療では臨床の幅が広がらないと多くの医師は気付き始めました。これなら医師が診療しなくてもいいのでは,と。抗菌薬適正使用は,より洗練されたスタイルとして,患者の病態に応じたアプローチのフェーズに向かっています。ガイドラインや知識に準ずる適正使用から,患者ごとの検査・治療の適正使用を提供するための考え方である12の戦略を駆使した適正使用が求められるのです。

良好な医師―患者関係こそ大切

――診察の結果風邪と診断し,抗菌薬やその他の治療薬の処方も不要と判断してもなお,患者さんが処方を求めるケースもあります。医師―患者でいかに折り合いを付けるかも重要な課題です。先生は,患者との適切なコミュニケーション方法も指導するのですか。

岸田 アリストテレスの『弁論術』をヒントに指導しています。患者コミュニケーションでの自分の失敗からたどり着いた方法です。アリストテレスは人を説得する際に必要な要素としてエトス・パトス・ロゴスを挙げます。エトスは信頼を置かれるための要素で,清潔感や理知的な話し方などです。パトスは情熱で,ロゴスは論理,つまり医学的に正しい知識です。医師はロゴスを重視した面接を行いがちですが,実はそれではうまくいかない。ロゴス:非ロゴス=3:7で十分なのが実感です。しかもロゴスは押し出すのではなく,控えめなくらいでいい。

――「なぜ薬を処方してくれないのか」と患者に言われたら,根拠としてロゴスによる説明をしてしまいそうです。

岸田 そればかりか,論理的説明がうまく伝わらないと患者へいらだちを覚え,コミュニケーションがさらに難しくなる悪循環に陥る危険性もあります。

――ロゴスと非ロゴスの比に気を付けることで,研修医でも上手なコミュニケーションが取れるのでしょうか。

岸田 もちろんです。風邪に抗菌薬を出すことはまずないだけでなく,薬を一切処方しないこともあります。それを事もなげに行う研修医が今はたくさんいます。患者は怒るどころか,感謝の言葉を残して笑顔で帰宅しています。

 これは他のシチュエーション,例えば指導医と治療法選択で対立したときも有効かもしれません。「何でこの本に書いてある治療をしないんですか」とロゴスを強調するのではなく,「この治療をやってみたい」と自分の思いを伝えてみてください。指導医が提案を受け入れやすくなると思います。

――最後に読者にエールをお願いします。

岸田 研修医は勉強熱心で吸収力が高く,医療の変化への適応能力も高いです。吸収した知識は振りかざさず,上手に伝えてください。そして12の戦略から,より洗練された適正使用を担う一人になってください。

(了)


きしだ・なおき氏
1995年東工大理学部中退。2002年旭川医大卒。手稲渓仁会病院総合内科・感染症科感染症科チーフ兼感染対策室長等を経て,14年にSapporo Medical Academyを設立し,感染症コンサルタントとして活動する。18年北大でMPH取得。『誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた』(医学書院)など編著書多数。

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