医学界新聞

寄稿 南木康作,金井隆典

2018.12.24 週刊医学界新聞(通常号):第3303号より

 糞便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation;FMT)という言葉を聞いたことがあるだろうか。文字通り,健常人の糞便を用いて糞便中に含まれる腸管内微生物を患者に移植し,疾患の治癒を試みる治療法である。名前や方法のインパクトがとても強いこの治療法は,近年注目を集めている。

 注目の発端となったのは2013年にオランダの医療グループによって報告された,難治性・再発性Clostridium difficile感染症(CDI)に対する無作為化比較試験(RCT)である。この試験では,従来の治療法である経口バンコマイシン単独投与群とFMT併用群との治療効果の比較を行い,FMT併用群で無再発治癒率が有意に高いことが示された(単独vs.併用:30.8%vs. 81.3%)1)。高い無再発治癒率を受け,現在,米国感染症学会(IDSA)のガイドラインにおいて,適切な抗菌薬加療を行っているにもかかわらず複数回の再発を繰り返すCDIに対しては,FMTを行うことが強く推奨されている2)

 CDIは抗菌薬の内服などをきっかけとして,腸内細菌叢の構成が健常人と大きくかけ離れた状態となり,その破綻した腸内細菌叢の中でC. difficileが異常増殖することで発症する。この正常と異なる腸内細菌叢の構成をディスバイオシス(dysbiosis)と言う。

 FMTはディスバイオシスを是正して腸内細菌叢を正常化し,無再発治癒につながると考えられている。実際に,CDI患者では糞便の解析で腸内細菌叢の多様性の低下が見られるが,FMT施行後の糞便では腸内細菌叢の多様性が改善していたことが報告されている1)

 ディスバイオシスは,近年のシーケンス技術の革新によるメタゲノム解析によって,他疾患の患者腸内においても生じていることが解明されてきた。これらの疾患には消化管疾患である炎症性腸疾患や過敏性腸症候群をはじめとして,他臓器疾患である非アルコール性脂肪性肝炎,肥満・糖尿病,多発性硬化症,自閉症,気管支喘息,動脈硬化症などの多種多様な疾患が含まれる。腸内細菌叢の変化が,これらの疾患の原因となっているのか,あるいは疾患によって二次性に生じているものであるのかはまだ不明な点が多い。無菌マウスに特定の細菌を定着させてその形質を観察するノトバイオート技術などを応用した近年の基礎医学の見地から,ディスバイオシスが疾患の原因である可能性があり,さらには治療のターゲットにもなり得る可能性が示唆されている。

 CDIに対する高い治療効果から,FMTはこれらのディスバイオシスが生じている他疾患に対しても治療効果が期待され,そのパイロット研究が既に数多く試みられている。潰瘍性大腸炎は若年者を中心に大腸に原因不明の慢性炎症が生じる難病である。潰瘍性大腸炎に対してこれまでに複数のRCTが行われており,これらのメタ解析においても有効であるとされている3)

 本邦においてもパイロット研究が複数行われており,有効率はおおむね10~30%と報告された。しかし,研究間での投与プロトコール(投与経路,投与回数等)が画一化されていない状況であり,現状で有効な治療法として確立しているとは言えない。そのため,潰瘍性大腸炎においてFMTが有効であるか否かについては,今後のより大規模な研究による知見を待つ必要がある。

 その他,過敏性腸症候群や肝性脳症,メタボリックシンドローム患者に対してRCTが行われており,いずれもその有効性が報告されている。現状ではパイロット研究にとどまるものの,クローン病や非アルコール性脂肪性肝炎,自閉症などをはじめとして,これまでにディスバイオシスが生じていることが報告されている疾患のほとんど全てに対してFMTが試みられている。これらの疾患には既存治療で難治である症例も少なからずあることから,そのような難治症例に対してFMTが新たな治療の可能性となることが期待される。

 例として,当院で実施しているFMTの方法をに示す。移植の経路は,経鼻胃管や上部消化管内視鏡を用いて十二指腸に投与する方法と,注腸や下部消化管内視鏡を用いて大腸に投与する方法の2種類がある。前者は本邦において心理的に受け入れにくいと考え,当院では下部消化管内視鏡検査を行った後に糞便懸濁液を鉗子孔から投与する方法をとっている。投与回数については,疾患によっては複数回の投与を行うプロトコールもあるが,本邦において安全性がまだ確立されていない状況であり,当院では単回投与の方法を採用している。

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 当院で実施している糞便微生物移植の方法
移植当日の朝,ドナーから新鮮な糞便を採取する。50~150 gの糞便に対して生理食塩水200~300 mLで懸濁する。金属メッシュや滅菌ガーゼを用いて固形物を除去する。下部消化管内視鏡検査を行い,糞便懸濁液を経内視鏡的に盲腸に散布する。

 施行例は比較的少数ではあるものの,再発性CDIに対しては現在まででほぼ100%に近い無再発治癒率を認めている。また,過敏性腸症候群に対しては60%の患者で有効であり,特に下痢型で有効率が高かった4)。一方で,潰瘍性大腸炎に対しての有効率は10%と限定的であった5)。投与プロトコールにおいてより高い有効性を望むためには,これまでの知見から疾患に応じて投与経路や投与回数,ドナーの選定方法について検討が必要であると考えられる。

 前述したように,さまざまな疾患においてFMTは試みられているが,解決すべき課題が残っている。最も大きな課題は安全性である。FMTは健常人の糞便を投与する治療法であるが,ヒトから採取したサンプルを用いる以上,さまざまな疾患が伝播してしまうリスクがある。媒介し得る感染症についてはスクリーニング検査として検査可能であるが,輸血と同様にウインドウ期間や未知の感染症が存在する可能性は否定できない。

 また,糞便を用いる上で健常人の定義もはっきりしておらず,腸内細菌が関与する疾患や体質が伝播する可能性がある。そのため,既存治療に比較して非常に高い有効性が示されているCDIについても,現時点のガイドラインでは再発性あるいは既存治療に抵抗性の難治例に限定して,その施行が推奨されている2)

 近年,米国スローンケタリング記念がんセンターから自己便を用いた興味深いFMTも報告されている。同種造血幹細胞移植は,移植後の感染リスクの低減のために抗菌薬をルーチンに使用し,そのためにディスバイオシスが惹起され,CDIや薬剤耐性菌,移植片対宿主病(GVHD)のリスクとなると考えられている。同施設で行われた研究では,あらかじめ採取した自己便を用いて造血幹細胞移植後にFMTを行うことで,ディスバイオシスの改善が得られたと報告している6)。この自己血輸血ならぬ自己便移植を行う方法は,ディスバイオシスが起こることが想定される状況でのみ施行可能ではあるが,疾患伝播のリスク低減という安全性において有用性が高く非常に興味深い。

 安全性やプロトコールの整備など課題は多いものの,FMTはこれまでの治療法とは全くアプローチの異なる治療法であり,これまで根治が不可能であった難病に対して根本的な解決法となり得るポテンシャルを秘めていると考えられる。今後,多くの疾患においての臨床応用が期待される。


1)N Engl J Med. 2013[PMID:23323867]
2)Clin Infect Dis. 2018[PMID:29462280]
3)Inflamm Bowel Dis. 2017[PMID:28906291]
4)Digestion. 2017[PMID:28628918]
5)Intest Res. 2017[PMID:28239315]
6)Sci Transl Med. 2018[PMID:30257956]

慶應義塾大学医学部内科学教室消化器内科助教

2007年慶大医学部卒。09年同大医学部内科学教室消化器内科入局。16年より現職。現在,同大病院の臨床医として炎症性腸疾患診療に従事する傍ら,基礎研究者としてオルガノイド培養を用いた幹細胞・がん研究に従事。

慶應義塾大学医学部内科学教室消化器内科教授

1988年慶大医学部卒。米ハーバード大ベス・イスラエル・メディカルセンターリサーチフェロー,東医歯大病院消化器内科学助手,講師などを経て,2008年慶大医学部内科学教室消化器内科准教授,13年より現職。16年より慶大病院IBD(炎症性腸疾患)センターセンター長を兼任。

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