マインドフルネス(伊藤絵美,藤澤大介)
対談・座談会
2018.01.29
【対談】マインドフルネス
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マインドフルネス(mindfulness)をご存じだろうか。メディアでその名を目にしたことはあっても,概念まで知る方は少ないのではないか。中には宗教思想や単なるビジネススキルと誤解する声も聞かれる。
マインドフルネスは医療現場でも応用されており,その効果がエビデンスとして次々に示されてきている。今や精神医療の中では欠かせないものであり,心理職でなくとも医療職であればぜひ身につけてほしい概念,技法と言える。本紙では,認知行動療法(以下,CBT)にマインドフルネスを取り入れている伊藤絵美氏と,がん患者への集団療法に用いる藤澤大介氏に,エビデンスとその効果をお話しいただいた。
藤澤 マインドフルネス(MEMO❶)の医療分野における活用は,米マサチューセッツ大のJon Kabat-Zinnが1970年代に開発した慢性疼痛に対するマインドフルネスストレス低減法(MEMO❷:Mindfulness-based Stress Reduction;MBSR)に始まりました。1990年代にはMark Williamsらにより,反復性うつ病患者の再発予防に対するマインドフルネス認知療法(Mindfulness-based Cognitive Therapy;MBCT)が開発されました。
マインドフルネスは仏教思想の理念と実践に端を発しますが,宗教的要素は排除され,文化を問わず広く用いられるよう改編されています。MBSRやMBCT以外の心理療法にも取り入れられ,現代型の心理療法では欠かせない概念になっています。精神的問題だけでなく,疼痛をはじめとする身体的問題にも有効であり,さらに,医療者自身のストレスケアやバーンアウト(燃え尽き)予防にも有用であると期待されています。
マインドフルネスのエビデンス
伊藤 私がマインドフルネスを知ったのは,『認知療法実践ガイド:基礎から応用まで――ジュディス・ベックの認知療法テキスト』(星和書店,2004年)を共訳した際,藤澤先生があとがきでマインドフルネスに言及していたことがきっかけでした。
1粒のレーズンを触り,観察し,食べるという「レーズンエクササイズ」を私自身が実践したところ,たったそれだけの行動の中にもさまざまな体験が詰まっていることに気づかされました。日頃気づかない「今・ここ」のリアルタイムな体験に,深く,思いやりを持って触れられるようになるのが,マインドフルネスです。現在では,患者さんへの個別の心理療法の中で,症状や状況に応じたマインドフルネスの技法を選択して提供しています。
藤澤 私はがん患者さんへの心理ケアを行う中で,問題解決的な介入や旧来の認知行動療法に限界を感じ,マインドフルネスに関心を持ちました。留学先の米国では,心理療法としてはもちろんですが,対人援助全般においてマインドフルネスの考え方が広く浸透していたことに驚きを覚えました。
現在は,乳がんや不安障害の患者さん,医療者(セルフケア)を対象とした臨床研究を行っています。具体的には,自身の心身の状態に気づく練習として,自分の呼吸や体の症状に注目して,集中すべき対象からそれた注意を意図的に取り戻す練習をします。集中力が育まれたら,次に注意の範囲を広げ観察力を育んでいきます。その結果として,目の前の体験の質が深まり,本来自分が価値を置く行動を選びやすくなったり,人との関係性により深い気遣いや思いやりが育つようになったりしていきます。
伊藤 マインドフルネスの効果には近年さまざまなエビデンスが出ていますね。メタアナリシスやレビュー論文も多数発表されています。
藤澤 がん,慢性疼痛,循環器疾患,呼吸器疾患,消化器疾患,糖尿病,肥満,HIV/AIDS,移植患者,皮膚疾患,てんかん,多発性硬化症,慢性疲労症候群などで,心身両面への効果が実証されています3, 4)。私たちのグループでも乳がん患者さんや不安障害の患者さんに対するMBCTの効果をRCTで実証しました。
医療者に向けたプログラムも開発されており,心理的な状態を改善し,バーンアウトを予防する効果が示されています5)。私たちのパイロットスタディでもレジリエンス(困難に対する抵抗力)やコンパッション(思いやり・慈しみの心)の向上が観察されました6)。
伊藤 マインドフルネスにそうした効果があるのはなぜでしょうか。
藤澤 痛みや苦しみに対して,私たちはしばしば二次的な感情や考えを生じます。例えば,過去の出来事を思い返して「どうしてあの時あんなことをしてしまったのか」と後悔して落ち込んだり,まだ見ぬ将来に関して「これからどうなるのだろう?」と想像して不安になったりします。悩みを抱えているとき,私たちの心は「今」ではなく過去や未来に焦点が向けられ,二次的な苦痛を感じることが多いです。マインドフルネスは,そうした思考のあり方に気づき,そこから一歩距離を取ることで,負の思考に巻き込まれた状態を修正する手助けをします。
伊藤 効果は心理学的尺度にも表れますし,画像研究では脳機能の質的な変化が示されていると聞きます。
藤澤 脳機能画像などを用いた神経科学的な実証研究も発展が目覚ましいですね。最近,分担執筆させていただいた『Cancer Board Square』4巻1号でも解説されています6)。
マインドフルな状態は好ましい変化の土台
伊藤 マインドフルネスの技法を患者さんに実践してもらう中で気づいたのは,これまで行われてきた他のさまざまな心理療法による変容の過程でも,マインドフルな状態を経ているということです。すなわち自らの体験に気づきを向け,評価するのではなくありのままに受容し,慈しむ状態です。そうなると,医療者が積極的に介入しなくても患者さんが自ら変容していけるケースが多いです。
藤澤 逆に,そうした心のあり方が患者さんの中で十分に育っていないと,どのような心理療法でもなかなか改善が得られない気がしますよね。
伊藤 そう感じます。例えば,自分の体験,特にネガティブな感情に触れることを恐れる境界性パーソナリティ障害の患者さんは,CBTにおける自己観察やアセスメントが難しいことがよくあります。そうした場合は,最初からネガティブな感情と向き合うのではなく,レーズンといったニュートラルな刺激を使ったマインドフルネスの練習を行うことで,次第に感情にもアクセスできるようになります。ネガティブな自動思考が反すうされることで症状が悪化していくうつ病の患者さんであれば,川を流れる葉っぱに自動思考を乗せて自然に流していくという「葉っぱのエクササイズ」により,思考に巻き込まれる必要はなく,思考に責任を持つ必要もないということに気づいてもらうことができます。
藤澤 マインドフルネスは,心理療法のさまざまな介入を患者さんが受け取り,好ましい変化を起こしていくための土台と考えられるかもしれません。
伊藤 ある患者さんは,マインドフルネスを「闘わないコーピング」と表現していました。変容を求めずに,でも自分を大事にできるようになる。気をつけて使えば侵襲性が低く,汎用性が高い。既存の心理療法の中では見えていなかった側面が,マインドフルネスによって説明されたと感じています。
医療本来の人と人との温かいつながりに踏み込む力
藤澤 患者さんに対する医療者の接し方として,「傾聴」「受容」「共感」などが言われます。いずれもとて...
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