医学界新聞

連載

2017.04.03



栄養疫学者の視点から

栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。

[第1話]栄養疫学という科学

今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council) 疫学ユニット)


 こんにちは。私は英国ケンブリッジ大MRC(Medical Research Council)疫学ユニットに所属している栄養疫学研究者です。

 栄養疫学という学問はその名の示す通り,栄養学と疫学との学際領域に当たります。食事の因子やそれに関連する生活習慣・環境が社会や個人の健康とどう関係しているのかということを研究し,臨床や予防政策に生かせる知見を生むことをめざしています。

 昨今,この分野も時流に乗って急速に発展を遂げ,論文の数や新聞,ウェブサイトの記事など情報量は増える一方です。しかしその研究の質はまさしく玉石混交。それはどの医学領域でも同様のことが言えるとはいえ,栄養領域は群を抜いています。一般・専門を問わず情報があふれかえっている状況です。この連載ではちまたをにぎわせているトピックについて,いち栄養疫学者の見解を紹介するものです。

 初回は栄養疫学研究に関する情報というものは基本的に疑わしいものが多い,という話をしたいと思います。栄養疫学研究では通常の疫学研究と同様に数十人~数万人規模の研究が行われ,そのデータを基に解析され,論文が学術雑誌に発表されます。さらにレビューが行われ,その総説が学界に精査されます。他の多くの研究と同じように,こうしたプロセスで各研究がエビデンスの確立に貢献します。

 こうした過程の中で,査読のない学会発表,学術論文,またそれらに対する意見などの情報が新聞や雑誌,インターネット等に現れます。情報を公開するのは大学の広報,学会,大手メディア,専門家,非専門家と多岐にわたり,さらに連鎖的に広がっていきます。私たちがさらされているのはそんな情報の渦です。

 私が問題視している事柄に総説の類いがあります。Evidence-based Medicineの枠組みの中で比較的質が高いと評価されるのが,メタ解析・Systematic Reviewにより生まれたエビデンスになります。この種の情報は既存のエビデンスをまとめているものなので高い価値があります。ただ見方を変えれば,よく引用される論文なので論文著者も雑誌側もそれらを発表したいという傾向が生まれます。さらには既存の論文をたくさん読んで解析すれば,オリジナルの仮説やデータがなくても,実質的に誰でも論文を書くことができます。皆さんの周りにメタ解析だけしている人はいませんか?

 研究者としての功績という誘惑のためなのか,同一のトピックについても複数のメタ解析結果が存在するという状況が最近生じています。米国栄養学会誌の2014年7月号には,ナッツの摂取と糖尿病・循環器系疾患に関するメタ解析の論文が3つ並んで載り,それぞれ結果が異なるというまれなことが起きました。ソフトドリンクの摂取が体重増加と関連するかどうかというトピックに関する総説は18報あり,利益相反(例えば食品会社が経済支援している論文)の疑われる論文では,関連が無いと結論付けられる傾向にあるそうです(PLoS Med. 2013[PMCID:PMC3876974])。

 仮に非常に厳格にデザインされた低炭水化物食の二重盲検試験(可能だとして)があるとして,低炭水化物食を高脂肪食と比較したのか高タンパク質食と比較したのか,食物繊維の摂取量をどう調整したのか,食事を提供したのか食事指導だけなのか,など複雑な因子が潜在します。当然,介入研究結果もばらつきますが,それをどう総説でまとめるのでしょうか。こうした事柄を,総説では簡略化してしまう現状があります。臨床試験のメタ解析結果は最も信頼できるエビデンスとされていますが,栄養疫学領域ではそれでも良質とは限らないのです。

 栄養情報なんてその程度と考えておいでの方も多いことでしょう。それでよいと思います。一方で,なんとか改善を試み,「研」いて「究」めようとするのが栄養疫学者です。今後,さまざまなトピックについて考察していきたいと思います。

つづく


いまむら・ふみあき氏
2002年上智大理工学部卒。コロンビア大修士課程(栄養学),タフツ大博士課程(栄養疫学),ハーバード大で4年間のポスドク経験を経て,13年ケンブリッジ大にてテニュアを獲得し現在に至る。Annals of Internal Medicine(2010~15年),BMJ(2015年) Best Reviewer。

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