医学界新聞

寄稿

2016.02.01



【寄稿】

急性期脳梗塞に対する血管内治療の展望

吉村 紳一(兵庫医科大学脳神経外科学講座 主任教授)


「ホノルル・ショック」から「ナッシュビル・ホープ」へ

 急性期脳梗塞に対するrt-PA静注療法が2005年に認可されて既に10年以上が経過し,年間治療数は1万例を超えている。しかしそれでもその治療数は脳梗塞全体の5%程度にしか相当しないと言われている。

 一方,カテーテルを用いて脳血栓を回収するMerciリトリーバーが2010年に,血栓を吸引するPenumbraシステムが2011年にそれぞれ認可され,rt-PA静注療法の非適応例・無効例に対する救済が可能となっている。しかし2013年に米国ホノルルで開催された国際脳卒中学会ではIMS III1)など複数のRCTにおいてその有効性が証明されず,われわれ治療医は大きなショックを受け,「ホノルル・ショック」と呼んだ。有効性が証明されなかった理由は,当時のデバイスでは血管再開通率が低かったことと,治療までの時間がかかりすぎていたことが考えられた。

 その後,短時間に高い血管再開通率が得られるステント型血栓回収機器が導入され(),最初にオランダのRCT(MR CLEAN2))がその有効性を示した。その後,2015年2月に米国ナッシュビルで開催された国際脳卒中学会でさらに3つのRCT(ESCAPE3),EXTEND-IA4), SWIFT PRIME5))で有効性が示され,エビデンス確立後の本治療の発展を願って「ナッシュビル・ホープ」と呼んでいる。その後,スペインからもう1つRCT(REVASCAT6))が報告され,計5つのRCTの結果を受けて米国心臓協会/米国脳卒中協会(AHA/ASA)のガイドライン7)が改訂された。そこでは,急性期脳梗塞患者が一定の条件()を満たした場合には「本治療を受けるべきである」と推奨されている。

 ステント型血栓回収機器を用いた血管内治療
❶血栓内でステントを展開。❷ガイディングのバルーンを拡張。❸吸引しながらステントと血栓を回収する。

 米国心臓協会/米国脳卒中協会(AHA/ASA)のガイドラインにおける「血管内治療が推奨される条件」(文献7より)

 このように本治療は,最初の治療デバイスが導入されてわずか5年間のうちに,いったん有効性が否定された後,再度肯定されるという激動を経て,「行うべき治療」と評価されるようになったのである。

国内レジストリーでみる脳梗塞治療の現状

 さて,わが国の現状はどのようなものであろうか? われわれ日本人は頭蓋内出血率が高いため,rt-PAの用量が欧米の3分の2(0.6 mg/kg)に減量されている。また,欧米とは人種も違うため,われわれは2014年10月に国内でランダム化比較試験(RESCUE-Japan RCT)を開始した。登録開始後すぐに前述のようにナッシュビルでの報告が行われ,わずか19例で登録中止となったが,同時に開始した前向き登録試験(RESCUE-Japan Registry 2)は順調に進行しており,2015年11月までに1000例を超える症例が登録されている。

 その初期解析結果からいくつかの興味深い事実が明らかとなった。まず発症後,病院到着までの時間については,1.5時間以内が36%,1.5-3.0時間が17%であり,本研究の参加施設では半数以上の症例がrt-PA静注療法の適応時間内に到着していた。また治療内容は,「rt-PA静注療法のみ」が19%,「血管内治療のみ」が26%,「rt-PAと血管内治療の併用」が21%となっていた。つまり全体の67%に再灌流療法が行われるという積極的な姿勢が明らかとなった。

 また本研究においては,前述のAHA/ASAガイドラインの推奨条件を満たす症例(52例)には,全例で再灌流療法が行われていた(「rt-PA静注療法」35%,「rt-PA静注療法+血管内治療」 65%)。しかしこの推奨条件を満たす症例が全体(初期解析時553例)の9.4%しかなかったことには注意が必要である。つまりこの推奨に従うと,全体の9割の患者は治療を受けられないことになってしまうのである。

 臨床現場では,これら推奨条件を満たさない患者の治療はどのようになっていたのであろうか? 本研究においては脳底動脈閉塞症の70%,軽症例(NIHSS 4点未満)の26%,脳梗塞範囲の広い症例(ASPECTS 5点未満)の18%,さらには発症後12時間以降も24%に血管内治療が施行されており,現場では広い適応で血管内治療が行われていることが明らかとなった。今回の初期解析ではその治療成績も保存的治療より良い傾向にあったが,各条件における有効性については慎重な検討とフィードバックが必要と考えられた。

血管内治療を標準治療として確立するための2つの方策

 一方,現場には大きな課題がある。血管内治療の実施においては全国的に大きな地域格差が生じているのである。本治療は脳血管内でデバイスを使用することから安全な実施には技術と経験を要するため,『経皮経管的脳血栓回収用機器 適正使用指針 第2版』には「日本脳神経血管内治療学会認定脳血管内治療専門医,またはそれに準ずる経験を有する医師」が実施医の条件とされている。このような背景から本治療が常時施行できる施設数はおのずと限られる。ではこれらの施設に症例を集めれば良いかというと,そうはいかない。というのも脳卒中の場合,頭部CTなどを撮影するまでは脳梗塞か脳出血かの判定が難しく,全脳卒中例を少ない施設に集中させるとすぐにベッドが埋まり,肝心の症例が受け入れられなくなってしまうのである。したがって,脳卒中患者はまず近隣のrt-PA静注療法可能な施設に搬入せざるを得ない。

 ではどうすれば良いか? 私たちは大きく2つの方向性があると考えている。①治療のセンター化,②実施医の増加,である。

 ①「治療のセンター化」については,当院では,患者が搬入された施設でrt-PA静注療法を受けた後,当院に転送し血管内治療を行っている。この連携システムは,rt-PAを点滴(Drip)後,搬送する(Ship)ため,「Drip-shipシステム」と呼ばれている。当院ではステント型血栓回収機器が導入された2014年以降,本システムによる治療を行ってきた。Drip-shipシステムでは直接搬入例に比べて転送による時間が加わる点が不利であるため,搬送元施設との連携を充実させ,搬入から治療開始までの時間を短縮することがポイントとなる。当院では画像転送などの導入により時間短縮を図り,直接搬入例と遜色ない転帰が得られている。

 一方,②の「実施医の増加」については専門医の少ないエリアに血管内治療専門医を異動させるか,新たに育成するしかない。当院では青森県と熊本県から脳卒中医(内科医)を受け入れ,国内留学の形で脳血管内治療のトレーニングを行っている。この2人の医師は,2016年春に地元に戻る予定であり,その活躍が期待される。

 さて最後に本治療の近未来であるが,個人的には,地域連携と実施医の増加によって地域格差が徐々に消失し,治療器具の改良によって治療成績もさらに向上することを期待している。そのためには各方面でさまざまな取り組みが必要である。いつの日か本治療が全国に普及し,重症脳梗塞の予後が大きく改善されることを願ってやまない。

参考文献・URL
1)N Engl J Med. 2013〔PMID: 23390923〕
2)N Engl J Med. 2015〔PMID: 25517348〕
3)N Engl J Med. 2015〔PMID: 25671798〕
4)N Engl J Med. 2015〔PMID: 25671797〕
5)N Engl J Med. 2015〔PMID: 25882376〕
6)N Engl J Med. 2015〔PMID: 25882510〕
7)AHA/ASA 2015(血管内治療に関する部分的アップデート)


よしむら・しんいち氏
1989年岐阜大医学部卒,同大脳神経外科学教室入局。国循レジデント,米国ハーバード大マサチューセッツ総合病院研究員,スイス・チューリッヒ大脳神経外科臨床研究員などを経て,2004年岐阜大大学院准教授。13年より現職。第32回日本脳神経血管内治療学会学術総会(日時:2016年11月24-26日,会場:神戸国際展示場)では大会長を務める。Blog「脳卒中をやっつけろ!」。

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