医学界新聞

寄稿

2015.07.27



【寄稿】

専門職連携教育と看護教育
新しい酒は,新しい革袋に盛れ

酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究科 教授/同研究科附属専門職連携教育研究センター センター長)


 『新約聖書』マタイ伝第九章の一節に,「新しいブドウ酒は古い革袋に入れてはいけない。そんなことをすれば革袋は破れ,酒は流れ出し,袋もダメになってしまう。新しいブドウ酒は新しい革袋に入れる。そうすれば両方とも保たれる」とある。マタイ伝では,「新しいブドウ酒」は「イエスの教え」を指すのだが,「新しいブドウ酒」は専門職連携教育(Interprofessional Education,以下IPE)に置き換えてみることもできる。では,そのとき,「古い革袋」は何に相当するか。それは,「チーム医療と,自職種の役割機能や教育理念に関する既成概念」だろう。

「教える人」「学ぶ人」を区分けしない

 IPEは,単なる流行の「新しい教育方法」ではない。IPEとは哲学,または思想だ。そして,従来の自分の実践の常識が常識ではなくなる,言わばパラダイムの転換を引き起こすものである。

 IPEは,「Interprofessional Education occurs when two or more professions learn with, from and about each other to improve collaboration and the quality of care」と定義される1)。日本語に訳せば,「2職種,またはそれ以上の専門職が主体となって,協働とケアの質を改善することを目的とし,共に学び,互いから学び,互いについて学ぶという方法をとる」となるだろう。

 まず,これが「学ぶ」ことについての説明であり,そして「教える」ことについての説明でもあることを強調しておきたい。定義からわかるように, 共に学ぶだけではなく,2つ以上の専門職が「互いから学び,互いについて学ぶ」という相互作用が強調されている。IPEは協働的であり,公平性が確保されており,正解のない経験学習であり,「教える人」と「学ぶ人」という区分けをしない。これは,専門職者として学び続ける方法について述べているとも換言できる。

 以上を踏まえれば,基礎教育におけるIPEも,学生だけが学ぶということを指すものではないと気付くはずだ。教職員がIPEの思想を理解し,実践し,自らの実践を改善し続けていくことがセットとして行われるものを指し示しているのである。

意識していない世界観をあらわにする

 IPEは従来語られてきた「チーム医療」「チームアプローチ」とはどのように違うのだろうか。これについてはまったく異なるともいえるし,同じであるともいえる。というのも,一口に「チーム医療」「チームアプローチ」と言っても,そのありようは多種多様だからだ。IPEの哲学を基盤としたチーム医療もあろう。または単なる役割分担を指している場合もある。中には,上下関係の中での指示系統を指す場合もある。

 こうした状況のため,私たちがIPEについて話すと次のような反応を得ることがある。「基礎教育でのIPEはサークル活動とどのように違うのか。本学はサークル活動が盛んで,それを通して仲良くなったりチーム体験をしたりしているため,あえてプログラムに導入する必要がない」「本院は顔の見える連携を行っており,継続教育としてIPEを行う必要性を感じない」――。これらの発言に共通するのは,自身のよって立つ前提や価値を相対化せず,「自分が実際に行っている」既存のチーム活動を「自分が気持ちよく仕事をしてきた」という視点でのみ一般化し,「チーム医療は実践できており,何の問題もない。だからIPEなんて必要がない」と評価していることであろう。このようなケースでは往々にして,「他のチームメンバーがどう思っているのか点検したい」という発想や,「チームでの実践が,患者利用者にとって有益であるのかを評価したい」という視点がない。そして,発想や視点が欠けていること自体に気が付いていないのである。

 チーム医療あるいはチームアプローチという言葉は保健医療福祉の業界では目新しいものではなく,これまで何十年にもわたって営まれてきた業務形態の一つであろう。ただ,総体としては,うまくはいっていない業務形態といえるのではないだろうか。ただ,IPEによって,その状況は打破できるのでないかと考えている。

 確かにIPEを通して互いについて互いから学ぶことがなくとも,他職種と一緒に仕事をすることはできる。だが,他職種へのステレオタイプな観念がより強固なものになり,自分の実体験のみに基づいて,チーム医療に対するイメージや,他職種の役割,能力に対してレッテルを貼るなど,他職種について他職種から学ぶことなく共に働くことで生まれるマイナスもある。

 IPEという教育の実践は,自分自身がよって立つ,自分でも意識していない世界観をあらわにし,その世界観は学習者に確実に伝わる。このことは自分がどのような価値のもとに他職種と連携協働をするのかを見直し,必要とあらば修正していくことのできるよい機会になると考えられる。

IPEはどのような看護職を育成するのか

 IPEが意図することは価値の転換(changing value)であり,これは看護学教育に対しても及ぶ。看護学の発展によって,看護職が受ける教育は高度化し,看護職の認知度は増した。看護職の役割については,社会的合意形成も得られているといえるだろう。こうした中,看護職自身が,従来の既成概念に拘泥してしまっているということはないだろうか。

 例えば,「チームの中で看護職は調整役」という概念だ。これに対し,「調整役を看護職だけが引き受けてはいけない。調整は連携に参画する全ての専門職者がそれぞれの立場で行うべきものである」と導き出すのが,IPEの成果の一つである。または,「患者の最もそばにいる看護職こそ患者のことをわかっているのだから,看護職の意見はもっと尊重されるべき」「私たち看護職は他職種と比較しても負担の大きい職種であるのだから,他の専門職に業務を再配分してほしい」と主張し,「それを叶えるチームこそが,チーム医療の実践である」という自職種中心の既成概念もあろう。このような既成概念と全く逆の発想を学習者に促し,「自職種は他職種に対し,どんな貢献ができるか」と考える力を養うこともIPEの成果である。つまるところ,「どのような場でも,どのようなチームであっても,看護職として必要とされる貢献ができる力量を持つ看護職」,これがIPEに組み込まれた看護学教育で育成できる人物像といえる。

 なお,強調しておきたいのだが,基礎教育におけるIPEは「看護学教育に影響のない範囲」で行うことはできない。IPEは既存の伝統的な看護教育体系に対し,多大な影響をもたらすから,である。しかし,IPEを展開することによって他職種との接点が増え,他職種からのリクエスト,ひいては社会的なニーズといった“外界”の情報が入ってくる。看護教育そのものを洗練させることにはつながっていくはずである。

IPERCでIPEを深化させる

 2015年1月1日,千葉大大学院看護学研究科に附属専門職連携教育研究センター(IPERC)を開設した2)。同センターは,千葉大亥鼻キャンパス高機能化構想の一つとして大学から位置付けられた施設であり,従来の千葉大におけるIPE(以下,亥鼻IPE)の実践をより深化させるだけでなく,日本,アジアの教育研究拠点形成という狙いがある。IPERCが看護学研究科にできてからまだ日は浅いが,現場ではすでにさまざまな変化が見られている。医学部・看護学部・薬学部の各学部,さらに附属病院において,IPEへ取り組む姿勢が積極性を増しているのだ。

 まず,看護学部では,IPEを組み込んだカリキュラム改革を構想中だ。この動きを後押しするのは,「看護学部では,IPEで育成されるチームビルディング,カンファレンスの運営,共同学習力が生かされるような臨地実習だろうか」「IPEの進度と,看護学の専門教育の進度がマッチしているのか」といった,より充実した教育を求める若手教員個々の問題意識である。また,医学部および附属病院では,亥鼻IPEへの協力担当医師を従来の15人から70人へと大幅に増やすことを決断した。薬学部は,数年前から助教を中心に亥鼻IPEにかかわる教員を増員しているが,その傾向は今後も保たれそうだ。このように動き出した背景には,IPERC設立後,3学部および病院から運営委員をIPERCに派遣していることが大きいだろう。亥鼻キャンパス内の連携協働が組織的に支援されている。

 今後,IPERCでは,地域住民との連携事業,共同研究の推進,IPEの実施に関するコンサルテーションを企画・実施し,研究・普及事業の拠点としての活動基盤を充実させていく考えだ。今,千葉大亥鼻キャンパスは,IPEという新しいブドウ酒を入れる新しい革袋を準備している段階ではないかと思う。

参考URL
1)CAIPEウェブサイト.Defining IPE.
2)千葉大大学院看護学研究科附属専門職連携教育研究センターウェブサイト.


さかい・いくこ氏
1983年千葉大看護学部卒業後,千葉リハビリテーションセンター,千葉県立衛生短大(現・千葉県立保健医療大)看護学科助手を経て,東大大学院医学系研究科博士課程(保健学)へ進学。97年修了後,川崎市立看護短大助教授,千葉大看護学部附属看護実践指導センター老人看護研究部助教授,同大地域高齢者看護システム管理学助教授を経て,2007年よりケア施設看護システム管理学教授。15年に開設された同大大学院看護学研究科附属専門職連携教育研究センターのセンター長を兼任する。

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