「地域の住民中心」を叶える医療者像を求めて(川越正平,澤憲明,武内和久,堀田聰子)
対談・座談会
2014.09.29
【座談会】
「地域の住民中心」を叶える医療者像を求めて
川越 正平氏(あおぞら診療所院長/理事長)
澤 憲明氏(英国・スチュアートロード診療所 General Practitioner)
武内 和久氏(厚生労働省社会・援護局 福祉基盤課 福祉人材確保対策室長)
堀田 聰子氏(労働政策研究・研修機構 人材育成部門研究員)
超高齢社会を迎えた今,日本の医療制度をその在り方から見直す機運が高まり,「諸外国の医療システムから学ぼう」という試みが見られている。ただ,その多くは“大枠で”“俯瞰的に”語られており,現場の実践者から湧き出る具体的な疑問を起点とする語り口は少ない。そこで本紙では,千葉県松戸市で開業医として在宅医療に力を入れる川越正平氏と,家庭医療が根付く英国でGeneral Practitioner(GP,MEMO)として従事する澤憲明氏の対談を企画。地域で活躍する2人の対話を連続対談型の連載として掲載し,日英の医療現場の比較から,互いの国の強みと課題まで浮き彫りにしていく(2014年11月より開始予定)。
本座談会では,連載に先立ち,英国医療制度に精通する武内和久氏と,日本・オランダの地域包括ケアシステムの比較に取り組む堀田聰子氏を交えた,4氏が議論。日英の医療提供体制の違いと本連載の意義を明らかにしていただいた。
「ゲートオープナー」が適切なケアへつなげる英国
川越 現在,医療・財政資源が有限であることを前提に,力点を治療からケアや予防,健康増進へとシフトしようとする動きがあります。これは日本に限らない世界的な潮流であり,多くの国はプライマリ・ケアを基盤とした医療システムを整えることで,その移行を実現しつつあると聞きます。
そうしたプライマリ・ケアを基盤とする医療システムを持つ国として代表的なのが,英国です。まず,実際に英国でGPとして活躍される澤先生に,英国の医療システムを簡単にご紹介いただきましょう。
澤 英国では国民保健サービス(National Health Service;NHS)が設立された1948年以来,プライマリ・ヘルス基盤のシステムが継承されています。
国民は地域のファミリークリニックに登録することで,誰でも原則無料でNHSのサービスを利用できます。何か健康問題がある人は皆,基本的にはまずGPのもとへ訪れる。GPは患者を診察し,高次医療や入院が必要と判断した場合は,二次医療に当たる市中の専門外来や病院へと引き継いでいく。このように,患者の問題・状態に応じて一次,二次,三次医療へと順を追って,必要な医療が提供される仕組みになっています。
川越 一次医療と二次医療,さらに高度な医療を提供する三次医療と,個々の役割を明確に区分している点,全ての患者をまずは一次医療で診るシステムを持っている点は,日本と大きく異なる特徴ですね。
澤 英国では健康問題の約9割は,GPを中心とするプライマリ・ケアの領域で対応できているというデータもあります1)。このシステムが余計な検査・投薬の削減,医療費の適正化など,効率的な医療を実現することにも一役買っていると思いますね。
ただ,日本でこのように説明すると,医療サービスの入り口に立つGPについて,「ただのゲートキーパーだろう」という片面的な考え方に遭遇することもあります。確かに過度の医療化から患者を守るゲートキーパーとしての役目もあるのですが,GPが真に担っているのは適切なときに適切な専門家を紹介する,いわば「ゲートオープナー」の役割です。通常,患者は病気や医療について詳しい知識を持っているわけではないですし,複雑で膨大なケアシステムの中で,自身がどこでどのような医療を受けるべきかを把握しているわけではありません。そうした方々の心身の不調の相談に乗り,ニーズや希望を引き出し,代弁者として適切な専門家に伝え,つなげていく。その役目をGPは果たしているのです。
GPは,多様な相談事に応える伴走者
武内 英国が現在のシステムへと進化したのは決して昔の話ではありません。
80-90年代,長い待機時間や医師不足,院内感染の問題など種々の理由によって,NHSに対する国民の信頼は失墜していました。しかし,ちょうど私が英国に滞在していた2000年以降,当時のブレア政権が打ち立てた医療改革の10か年計画「The NHS Plan」を基に,医療システムの抜本的改革に取り組んだ。その中で地域の医療ニーズ充足に多額の予算を割き,GPの増員や給与面の是正を図るなど,GPを重用する体制へと舵を切ったのですね。その結果,地域の医療職の育成やインフラの整備が進み,現在のようなプライマリ・ケアを基盤とする医療を効率的・効果的に機能させることが実現できたわけです。
この発展には目覚ましいものがあって,米,英,仏,独,オランダなど先進11か国を対象に,各国の医療制度を医療の質,アクセス,コスト,健康指標などの面から比較した2014年の国際調査では,英国が総合ランキング1位という結果を得るに至っています2)。
川越 英国同様,プライマリ・ケア先進国に挙げられるオランダの医療に詳しい堀田さんから見て,英国はどのような点が特徴的だと思われますか。
堀田 プライマリ・ケアや家庭医療の概念は,英国・オランダのみならずグローバルなものになっています。そうした中,英国は医療を“公共財”と地域の資産としてとらえ,住民を医療の主体と位置付けていること,つまり「地域の住民中心」の理念を一貫している点が特徴的だと思います。
澤 私自身,「住民中心」は強く意識しているところです。例えば,日常的な病気や健康問題に限らず,医学的な問題“以外”の相談に乗ることもあります。「子どもがジャンクフードばかり食べている」「一人暮らしが孤独で仕方ない」といった相談事についても,地域のヘルスケア,ソーシャルケアの専門家と協力してその人に合ったサポートを提供するのです。
イングランドの診療所を利用した住民の9割近くが,「家庭医の診察に満足している」と回答したという調査結果3)もあるのですが,こうした個別に密接したケアを担っていることも,高評価の要因かもしれません。
川越 日本では,医師の役割は「医学的な問題に対処する医療を提供すること」ととらえている方が多いと思うのですが,英国のGPはもっと幅広い役割を担っている,と。GP側にも「トータルにサポートする存在=主治医」としての自覚があるのでしょう。
堀田 まさに「ゆりかごから墓場まで」地域住民に伴走することを通じ,個人と家族と地域の暮らしを支える“ハブ”として機能しているわけですね。
プライマリ・ケア型移行の過渡期にある日本
川越 翻って日本の状況を見てみると,医療提供体制は「フリーアクセス」と表現されるとおり,患者側は重症・軽症の程度に関係なく,病院から診療所まで,受診する医療機関を自由に選ぶことができます。高度な医療に患者が自らアクセスできる利点があると言える一方,その弊害も存在します。軽症にもかかわらず,高機能を持つ大病院での受療を希望する患者が少なからず存在し,これは限られた医療資源を適切に機能させる観点からは非...
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