医学界新聞

寄稿

2013.05.13

【寄稿】

Girls, be ambitious !!
米国女性医師の出産・育児事情から

阪下 和美(岐阜大学医学部医学教育開発研究センター)


 女子医学生や女性医師の数が年々増加し,そのキャリアプランニングに注目が集まっている。しかしながら,多くの女性医師にとって,キャリアと母親業の両立は容易とは言えない。

 本稿では,小児科レジデンシーと「二児のママ」を兼業した筆者の経験と,米国臨床留学のなかで出会ったたくましい米国の女性医師について,キャリアプランニングの一つの参考として紹介したい。

単身赴任ママレジデントの日々

 学生時代から目標としていた米国臨床留学。念願かない2009年,ハワイ大小児科レジデンシープログラムにマッチした。05年に結婚,08年に長女を出産していた私にとって,この臨床留学は家族を巻き込んでの一大チャレンジであった。当時,卒後5年目の医師として日本で臨床に従事していた主人は,私の留学を応援してくれてはいたものの,共に渡米することは難しく,私はまだ1歳の娘を連れて単身赴任することとなった。

 小児科レジデンシーは,他科と比べても忙しいと言われている。もともと勤務条件は厳しい上,家庭がどのような状況でも勤務が軽減されることはない。幸い私は,宿泊・早朝保育を頻繁にお願いできるベビーシッターを雇うことで何とか乗り切ることができていた。

 そうしてレジデント1年目が終わるころ,2人目の子を授かった。レジデント2年目は,重いつわりと激務に耐える日々が続いたことを覚えている。幸運にも妊娠経過はまずまず順調で,仕事を休むことなく妊娠末期までたどり着くことができた。主人や家族の暮らす日本で出産するため妊娠36週から産休を取り一時帰国し,次女を出産した。

 出産後は,再び主人を日本に残して産後2か月でハワイに戻り復職。二児と共にレジデンシーに励むことになった。多くの人に助けられながら,毎日必死で仕事と育児をこなした。産休のため1か月遅れではあったが,無事修了できたときはとてもうれしく大きな達成感があった。このような「サバイバル生活」を精神面で支えたのは,それまで自分が出会ってきた,前向きでたくましい米国の女性医師(以下,女医)たちの姿であった。

米国における女性医師の出産・育児事情

 American Medical Associationの調査によれば,過去40年で米国の女医数は6倍以上に増え,2011年には医師全体の30%を占めるまでとなった。米国では,法的権利であるマタニティリーブ(産前産後休暇)に加え,女医のキャリアプランに関するさまざまな調査や方策が進んでいるためか,大多数の医師が出産後に復職する。私は在沖米海軍病院での勤務やハワイ大でのレジデンシーを通じて,たくさんの尊敬する米国人の女医に出会った。出産した医師も多かったが,ほぼ全員が出産直前まで勤務して(中には当日まで働く人も),6-8週間程度の産休後に復職し,産前と同様の業務をこなしていた。皆,エネルギッシュで前向きでたくましかった。

 マタニティリーブは法的権利である一方,それを超えて優遇されることはなく,休暇の前後で埋め合わせの勤務をこなすことが多い。例えば,マタニティリーブを取得するレジデントは,忙しいローテーションを出産前に済ませたり,休暇中に担当する予定だった当直を休暇前後でこなしたりする。義務を遂行する分,産休や育児休暇を申請しやすく,復職もしやすい。

 レジデンシー修了後に出産する女性の場合は,勤務体制をフルタイムからパートタイムに変更することも可能である。パートタイムの職種は充実しており,シフト制で入院患者のケアのみに従事するホスピタリストや,外来のみ担当する医師,夜間当直だけを週に数回する医師,医学部の教員など,いろいろな選択肢がある。

 復職する際には子どもを家族(祖父母や配偶者)やベビーシッター,保育所に預けるのが通常である。配偶者が専業主夫だったり,夫婦が交代で育児休暇を取ったりすることもある。日本と異なり職員用の院内保育所を備えた施設はないので,子どもの面倒を見てくれる人と場所を自力で探す。共働きの夫婦では住み込みのシッターを雇うことも多いようだ。

 「子どもを産み育てることは立派な社会活動」。米国の医療界には,必要な休暇を取り,サポートを受けるのは当然という認識が根付いており,休暇を取得する女医が勤務上の義務を果たすための制度も整っている。そのため,出産・育児が理由で意に反してキャリアを諦める状況は,日本よりずっと少ないと感じられた。

素晴らしき搾乳文化

 米国で感動したことに,多くの母親が搾乳しながら復職していることがある。母親が赤ちゃんから離れるときの一番の問題は授乳である。復職を見込んで粉ミルクに変更する人もいるが,「搾乳派」は多く,搾乳ポンプ・グッズの品ぞろえも日本より充実している。さらに,多くのベビーシッターや保育所が母乳を受け付けており,冷凍母乳を持っていけば適切に保存・解凍して飲ませてくれることには感銘を受けた。日本では衛生面への懸念からか,母親に代わり母乳を与えてくれる施設は非常に少ないのではないだろうか。

 私の周りで出産した米国の女医は皆,小児科医らしく完全母乳への思いが強く,仕事の合間を縫って搾乳に励んでいた。残念ながら職員用搾乳室はなかったため,人前での搾乳が平気な女医はオフィスでカルテをタイプしながら搾乳をしていた。中にはレジデントとのカルテ回診中に搾乳する先生もいた。ご主人が母乳を受け取りにオフィスに来ることもあった。私も次女出産後は人目をはばからずに勤務中に搾乳に励み,生後4か月まで完全母乳栄養で育てた。

 このように搾乳文化が広く受け入れられている象徴ともいえるサービスを,米国小児科学会ナショナルカンファレンス(2011年ボストン)で発見した。ある大手搾乳機メーカー提供の Nursing Mother's Lounge(搾乳室)である。カーテンで仕切られた6つほどのスペースに病院仕様の搾乳ポンプが装備され,母乳をためておくためのボトルやシールドなどが無料でもらえる上,栄養補給のための果実・シリアル・ドリンクバーまである。部屋には管理者がいて,搾乳した母乳を帰宅時まで冷蔵庫で保存・管理してくれる。私企業の宣伝事業の一環であることには違いないが,日本の学会場では搾乳室なるものすら見たことがなかった私には感動的であった。

 日本でも職場での搾乳がもっと一般的になれば,女医の復職の時期も早まるのではないかと思う。将来的に日本の諸学会での託児サービスは増えていくと思われるが,いつかは搾乳室も設置されることを願っている。

これからの日本の女医さんへ

 結婚,妊娠,出産,育児。これらとキャリアを両立させるのはいつだって難しい。しかし,女性が元来長けているというMulti-tasking abilityを生かせば不可能ではない。職場でも家庭でも,女医にはたくさんの「やらなければいけないこと」がある。それらに優先順位をつけて一つずつ実行していけばなんとかなる,というのが実感だ。物事の優先順位は時間とともに変化するので,必要に応じて勤務体制を変えたり,一定期間休職したり,業務を減らすことがあるのも当然だと思う。紆余曲折を経ても,自分のできる範囲で医師業を続けていけばきっと大きな実りになる。重要なのは,プロフェッショナルとして,限られた時間で質の良い(願わくは一流の)仕事をするという心意気。仕事ができないことを家庭のせいにしたり,手抜き仕事をしたりするべきではない。

 私が米国の女医たちからたくさん勇気をもらったように,生き生きと前向きに頑張る女医は周りを元気にする。"Girls, be ambitious!"。仕事にもプライベートにも,「欲張り」な女医がますます増えていくことを願っている。


阪下和美氏
2004年岐阜大医学部卒。初期臨床研修修了後,在沖米海軍病院で1年間勤務。09-12年ハワイ大小児科レジデンシー。レジデンシー修了を機に帰国。専門は,総合小児科,医学教育。米国小児科専門医。二児の母。

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