医学界新聞

対談・座談会

2010.10.18

【対談】

組織で取り組むストレスマネジメント

勝原裕美子氏(聖隷浜松病院 副院長兼総看護部長)
久保田聰美氏(近森病院 看護部長)


 「辞めたい」思いを抱きながら仕事を続けるナース,そうしたナースへの対応に疲れ果て自信を失った師長・主任……。厳しさを増す医療現場で,看護におけるメンタルヘルス対策は急務とも言える。

 看護職のストレス要因は職場環境や自身のキャリアに関連するところが大きいため,セルフケアはもちろんのこと,ストレスマネジメントへの組織的な取り組みも必要となる。また,スタッフだけでなく看護管理者への支援も忘れてはならない。ナースがバーンアウトすることなく生き生きと働き続けられる環境をいかにして創造していくか。看護管理者である2人が語り合った。


勝原 採用試験の際に適性テストをしますよね。この適性テストの妥当性を検証しようということで,先日いくつかの業者から取り寄せて,何人かの看護部長たちで試してみました。そうしたら,私のストレス耐性は外れ値。他のデータから大きく離れすぎていました。

久保田 ストレス耐性が高すぎる?

勝原 そうみたいです(笑)。自分ではストレスを抱えているほうだと思っていたのですが……。

久保田 案外うまく対処できているのかもしれませんね。

勝原 そう考えると,ひと口にストレスと言ってもさまざまですよね。

 「ストレスはない」と言い切る人を,私は個人的に2人知っています。1人は私の母親です。なぜストレスがないかといったら,ストレス要因をいっさい排除するから。嫌なことはやらないので近所付き合いが悪い(笑)。でも,自分にとってストレスにならない人間関係は大事にするので,友だちはかなり多くて社会生活には困りません。

 もう1人は昔の会社員時代の上司です。「何でも真面目にやろうと思うからつらくなる。働くのも“会社ごっこ”と思えば,別にストレスなんかたまらない」と言うわけです。そのときは「変わった人だな」と感じただけですが,その後その人は役員になりました。シリアスに考えすぎて行き詰まるよりも,楽しむくらいの気持ちで余裕を持てということだと思いますが,なかなか「病院ごっこ」とは言い切れませんね(笑)。この2人のようにストレスフリーな人たちを,看護界ではほとんどみたことがないです。

久保田 ナースの場合は多様な価値観を持つ患者さんや他職種とのコミュニケーションが仕事の基盤としてある上に,根が真面目な人が多い。それが「○○をしなければならない」という「ねばならない」症候群に発展してしまうことがあります。そういう人ほどストレスマネジメントが下手で,最後は疲れ果てて辞めてしまう傾向があるように思えます。

勝原 そうですね。一生懸命なのはいいことですけど,気負いすぎるとやはりしんどくなります。

「吐き出し研修」と「いつもと違う」様子への気づき

勝原 そうやって「ストレスがない」「私は平気」と言う人の中には,実はストレスがたまっていて,そのことに気付かない人もいますよね。

久保田 それがいちばん危険です。

勝原 こういうナースに対しては,自分のストレスに気付いてもらう必要があると思うのです。

 当院の新人に対しては,就職して2か月くらいのときに,他の職種と合同の合宿研修があります。別名,「吐き出し研修」と呼んでいて,つらいことや不安な気持ちなどをそこでぶつけ合い,明日に向かう自分のあり方をみつけるものです。ここには,訓練を受けた主に係長以上の病院職員がファシリテーターとして入りますが,守秘義務があり聞き及んだことを研修生の許可なく外部に伝えることはありません。

 また,中堅スタッフくらいになるとそれぞれにストレス対処方法は身に付けてきますが,組織に対する不満はためないように,発言することを奨励しています。もらった意見や苦情に対して適切にフィードバックする管理職の能力も非常に重視されています。当院では職員がイントラネットで直接トップに声を上げて対応を求めるという仕組みもあります。

 看護の仕事は感情マネジメントの連続です。感情をうまくマネジメントできないと,看護師を続けることさえ難しくなるかもしれません。ですから,ネガティブな感情もカンファレンスなどの場で表出して,話し合うことが大事ではないでしょうか。

久保田 真面目で周囲の人間関係に気遣いができるナースほど,自らのストレスに気付かないものですから,そうやって組織的に働きかけて気付きを引き出すだす仕組みは重要ですね。

勝原 一方で,自らのストレスに気付いていて,それでも平気なそぶりをみせるナースもいますよね。そういう人に対しても,ねぎらいの言葉をかけるべきです。例えば,「いつも頑張ってくれてありがとう」とか,「平気そうにみえるけど,本当は大変なのはわかっているよ」という声掛けです。

久保田 ただ実際は,「いつもと様子が違うな」と思う部下がいても,「声掛けしないでしばらく様子をみる」という師長・主任は多いようです。

勝原 そうかもしれませんね。

久保田 「どうかしたの?」とちょっと声を掛ければ,「実はちょっと……」と相談事が始まることもあるでしょうし,上司が気にかけてくれているとスタッフが気付くだけでも違いますよね。そういったスタッフの「いつもと違う」様子に気付いて,声掛けをする。これは,スタッフ一人ひとりの仕事のやり方やコミュニケーションのとり方を把握している師長・主任だからこそできるケアだと思うのです。

 私は長く産業保健師として,メンタルヘルス対策にかかわってきましたが,そこでは(1)セルフケア,(2)ラインによるケア,(3)事業場内産業保健スタッフによるケア,(4)事業外資源によるケア,の4つが重要な枠組みになっていました()。つまり,看護師一人ひとりのストレスへの気付きと対処(セルフケア)だけでなく,師長・主任がラインによるケアを行い,場合によっては産業保健スタッフや事業外資源によるケアにつなげていく。そういう仕組みづくりが求められていて,師長・主任こそが「気付き,つなげる」key personなのだと思います。

 こころの健康づくりの基本的な考え方
中央労働災害防止協会「メンタルヘルス指針推進のためのモデル事業」より

ポジティブ思考のススメ

久保田 自らのストレスに気付かないのとは逆に,最近多いのは「ストレスで胃が痛い」「あの人との夜勤はストレスだ」と口癖のように話すタイプです。そういう人は,何事もネガティブに考える傾向が強いですよね。

勝原 そういうネガティブ思考のナースが患者さんをみるときは,やはり患者さんをひとつの側面でしか評価できないのでしょうか。

久保田 その傾向はあるかもしれないですね。「ナースコールが頻回で対応困難」というラベリングをしてしまったら,「もうあのわがままな患者さんのそばには行きたくない」と結論づけてしまったり。でも,じっくり話を聴いてみると,実はその方なりの思いが背景にあることも多いのですけどね。

 そもそも,ネガティブになるより,ポジティブに考えたほうが楽しいし楽だと思うのです。例えば,院内でクリニカルパスに対して抵抗する医師がいるとします。ネガティブ思考だと「また○△先生がパス委員会にケチをつけて怒っている」となりますが,逆に「これだけ細かいことまで苦言を呈するということは,何も言わない医師よりよほどパスに興味があって,熱心に調べてくれている」と考えることだってできるわけです。

勝原 心理学の領域では,米国のセリグマン(Martin E. P. Seligman)が提案した「ポジティブ心理学」が注目されています。これまでの心理学は,不安やうつなどのネガティブな感情や精神状態に焦点を当てることが多かったですよね。

久保田 確かにその傾向はあったかもしれませんね。

勝原 でもそれだけではいけないということで,喜びや達成感,い...

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