最新の米国医学・医療の現状-ボストン便り(後編)(日野原重明)
寄稿
2007.04.02
【特別寄稿】
最新の米国医学・医療の現状――ボストン便り(後編)
日野原重明(聖路加国際病院理事長)
(前編)
日野原重明氏は2年に1度は,年末にボストンを訪れ,教育指導者や研究者と会い,今後の米国医学や看護学の研究・教育活動の方向性について情報を得て,国内に報告する機会を持ってきた。
本号では,昨(2006)年も12月26日から5日間にわたって訪米した氏の報告を前編(本紙2722号)に引き続き紹介する。
【12月28日】
David Roberts医学教育主任学部長との面接
午前8時45分にRabkin教授がホテルまで迎えに来られ,彼の車でハーバード大学医学部の学部長室や学生の講義室などのある古い建物へ案内された。カナダ出身のJoseph Martin医学部長は休暇でモントリオールに帰郷中で,私への面接はDavid Roberts医学教育主任学部長(以下,教育学部長)に依頼してあった。
現在のハーバード大学医学部のMartin学部長(前職はマサチューセッツ総合病院MGHの神経内科医であった)は今年度で10年の任期を満了し,次期学部長の選考委員会がすでに発足していると聞いた。その前の学部長のTosteson教授(専攻は細胞生理学)は10年間の学部長任期中,New PathwayというカナダのMcMaster大学の問題解決技法によるグループ学習制をとった。講義はできるだけ少なくし,学生はあらかじめ与えられたシラバスを中心に学習して,授業は世話役のチューターがついてのグループ学習方式をとる。その評価は非常によかったと報告されてきた。
今後はNew Pathwayを刷新
しかし,Tosteson教授の変革によるNew Pathwayもすでに10年以上の実験が済み,2006年度の入学生からはNew Integrated Curriculumにより刷新された教育が行われているとRoberts教育学部長は私に説明してくれた。
学生が臨床医学の学習に入る前のPreclinicalコースとしては,まず8月中旬に入学した学生はIntroduction to the Professionの2週間のコースを受けることで,医師としてのMissionをめざすためのプロ意識が強く生まれる。
日本では,高校を卒業し,理科的科目の偏差値の高い卒業生が6学年課程の医学部に入学するが,それまでのliberal artといわれる教養の学習は受けないままに入学するため,学生は専門の医学には興味を示すが,教養課程には目を向けず,出席率が非常に悪い。そこで教える側は専門医学の基礎となる課程を早めに始めたいので,6年間の医学部在学中は教養が軽視され,医師としての使命感を持つことが失われているのが現状である。
ハーバードの医学生は上記の医師としてのプロフェッションの意義を学ぶ2週間の講義に次いで,医学の基礎としての9か月間の課程のうちのまず4か月間に,(1)分子細胞学の基礎,(2)人体の解剖,生理の大要(モデルやコンピュータを使ってのバーチャル学習)(3)人体遺伝学,(4)医療倫理とプロ意識,(5)患者と医師関係(I)があわせて2か月の間に組まれる。
一方,8月入学後から翌年1月までは「a)臨床疫学と国民の健康問題」,次いで「b)医学の発見の歴史から与えられるもの」,の講義とワークショップが行われる。それに次いで2月から5月までの4か月間,つまり1学年の後半には人体生理,免疫学,微小生理学と病理学,それに社会医学入門と,「患者と医師関係(II)」が続けられる。この患者と医師関係は2学年の後半の3か月と最後の2か月間にわたって第III部として続けられる。
患者と医師関係の学習では,患者との対応,病歴の取り方,診察技術は,指導教官や模擬患者を使ってのワークショップから学ぶ。実際に外来受診の患者を担当させ,その間にプライマリ・ケア医学や内科学一般を学ばせる。
基礎医学といわれてきたものと,臨床入門が統合されていることから,それらがIntegrated Curriculumといわれ,日本の医学部でのような解剖学,生理学,細菌学,病理学などに分割された古いカリキュラムはどこにも見られず,一方,臨床疫学も診断学の中に組み入れられているのが特色である。
3学年ではPrincipal Clinical Experienceとして7月から翌年4月までの10か月間には「患者と医師関係(III)」と「プライマリケア(II)」が組まれ,2学年の5,6,7月になってはじまる内科学に次いで,8,9,10月の3か月間は,婦人科学,産科学,小児科学を直接患者を担当して学習する。次いで3学年の11,12,1月の3か月は外科学を,後半の2月からは放射線学,神経学,精神医学の順で,それぞれ1か月間の外来での臨床実習があり,最後の5,6月にはインターンに準じる責任を持つ臨床参加,または何科かの基礎的研究参与,または何科かの臨床科目の自由選択が行われ,この時期にUSMLE(United States Medical Licensing Examination)IIを受けさせる。USMLEIは2学年中に受けさせる。
最後の4学年では7月から翌年5月までの10か月,Sub-internshipとして入院患者を受け持つか,何かの必須の臨床科に加わるか,何かの選択科目をとらせる。この4学年のときにUSMLEIIを受験してもよい。
医学生の夏休みは1学年の終わりの6月の初めから8月半ばまであるだけで,その間に何かの基礎研究に加わるか,国内外での各臨床科の選択実習が許される。
テネシー生まれのRoberts教育学部長は1990年にメイヨークリニックでカルシウム代謝の研究に入り,1991年からハーバード大学医学部に入学し,呼吸生理学を専攻しつつ,この方面の医学以外に循環器や内分泌系にわたる研究も多いとのことである。
彼は自分の経歴のように,医学部志願の前に文科方面でも理科方面でも何かの研究をやったあとに医学部に入学するのがよいと言っていた。
私は最近人間が腹臥位で夜寝ることが肺機能によい影響を与えるように感じて臨床実験をしていることを話したが,このことに彼は興味を示された。
ハーバード大医学部の入学定員は165名前後であり,うちアジア人は約20%で,その多くはシンガポール,香港,台湾,ベトナムからの留学生である。アメリカ籍の日本人二世の他に日本からの入学者は稀という。新入生の性別は男女がほぼ等しいとのこと。
上述の情報を得た後,Roberts教育学部長は私を医学生が集まる天井の高いアトリウムに案内してくれた。学生は受講以外の時間,ここで休息や食事をとり,そのまわりには学生のクラブ(Peabody club,Holms clubなど古いハーバード医学部の尊敬された教授の名がついている)の部屋があって,それぞれのクラブでは,学年を超えての友好関係の下でそれぞれの特有な部活動が行われている。
学生は授業に出られなくても,授業内容が毎回ビデオに録られているので,自分でそれを見て,シラバスの学習材料にあわせて自己学習ができるという。学生の実習については,16人の学生が1グループを作って行動するそうである。
Simulation Laboratoryを駆使したBIDMCでの研修
Roberts教育学部長の丁重な案内に感謝して午前11時にはここを辞し,学部の本館から離れて,教育関連病院の1つであるBeth Israel Deaconess Medical Center(BIDMC)の外来棟に行くと,学習教育センターのCarl J. Shapiro Instituteがあり,その中にはSimulation Laboratoryがある。そこに行けば医学生や研修医は指導員の下でVirtual simulatorなどを用いていつでも自己学習ができるようになっている。私はこのSimulation Laboratoryを午後1時から見学した。Rabkin教授がこのメディカルセンターの院長をしていた10年ほど前にユダヤ人のShapiro氏の寄付により,その外来棟の一角にこの施設が作られ,年々拡大して今日のような大規模な研究・自習室が生まれたのである。
医学生やレジデントは,Virtual patientのプログラムで病歴や診察所見,選択したラボラトリーテストなどから得られたデータから,どういう考えの下に行動すれば診断や治療が正しくなされるかを学習できるのである。
このラボには手術室もあり,模擬手術の手技を直接,または隣室から見学できる。また自分がOperatorとなり,仮想患者の手術の手技を覚えることもできる仕掛けである。2年前からは内視鏡の手技や,内視鏡下の胆嚢摘出術,膀胱結石摘出術の練習もすることができるようになっている。
このラボ専属の指導教官の下に技師がいて,彼が直接学生やレジデントを指導している。1年前からこのラボで教育を受けた日本人女性は今日本に帰国し,聖路加国際病院附属の(財)聖ルカ・ライフサイエンス研究所内のSimulation Laboratoryで働き,聖ルカ関係の研修医やナース以外に他の大学または病院のスタッフにもここを活用して研修の場を提供している。
午後4時には,BIDMCの中のShapiro研究所の一室で私はアフリカのシュヴァイツアー病院の理事の1人であるDr. Forrow教授(BIDMCのプライマリ・ケア科の教授)と,ハーバード大学医学生であったとき,米国シュヴァイツァーフェローシップから推薦されて,ガボン共和国のランバレネにあるシュヴァイツアー病院でボランティアとして働いた若い3名の医師が集まり,私が2006年7月に現地のシュヴァイツァー病院を訪問したときの印象を語った。その話題をきっかけに,シュヴァイツァー病院の業績や核戦争防止国際医師会議IPPNW(1985年にノーベル平和賞を受賞)について,またその後の活動についての話を聞いた。Forrow教授はIPPNWの発足後からこの団体の議長をされた。米国にはシュヴァイツァー病院を援助するアメリカ・シュヴァイツアー・フェローシップという団体があるが,Rabkin教授は現在その議長,Forrow教授は会長を務められておられる。
2005年10月に行われた広島の原爆60周年の行事で,私が指揮者の小澤征爾さんと共に平和の祈りを込めた私の詩の朗読と450人の合唱付のフォーレの鎮魂の音楽を演奏したとき,Forrow教授もこれに参じて平和のメッセージを朗読されたのであった。私は日本の医学生や研修医が夏季休暇中にも,シュヴァイツアー病院のようなところへ働きながら見学する機会が与えられればよいと考えたが,現地はフランス語しか通用しないので,フランス語が話せない日本の医学生にはなかなか難しいことと思った。
専門性の高いナースの養成
私は今回,MGHを母体としたInstitute of Health Professionという看護やPT・OT,栄養などの専門家を養成する大学院大学での,専門性の高いナースの教育について知りたいと思っていた。ターミナルケアやHIV患者のケアを専門とするInge Corless教授と同僚の2人の教授(Patris K. Nicholas先生とMargery M. Chisholm先生)からNurse Practitioner,Nurse Anesthesist,Nurse Pediatricianなどの専門性の高い技能を持つナース養成のための学科課程について伺うため,海鮮料理で有名なレストランに招いて彼らの経験を語ってもらうことにした。
この大学院では,一般の教養大学を卒業した女性または男性が,2年の修士課程に入ると,在学中に臨床ナースのBachelorの資格を得たうえで,麻酔科や小児科や産科やプライマリ・ケアのNurse Practitionerの資格が同時に得られるという。いわば短期間に医師に準じた臨床を行うことが認められた資格が与えられるのである。
日本では今や麻酔医(Anestheologist)や小児科医,産科医が不足して大問題となっているが,米国やカナダではもう40年も前からNurse Practitionerが内科や小児科医に準じた医療を行うことが公認されており,訪問ナースは,独立して診断や治療ができる資格を持っている。日本では昭和23年に設立された保・助・看法がほぼそのままで今日に至り,4年制看護大学は過去20年間に140校にも及ぶほど大学が増したが,診断や治療を独立して行えず,医師による医療の補助をするに留まっている。それを私は何とか北米式に資格を与えたいと思っており,その教育のノウハウを伺うた...
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