救急受診前から発揮される看護実践
対談・座談会 佐藤 憲明,吉野 暁子,渕本 雅昭,大村 正行
2025.03.11 医学界新聞:第3571号より

救急患者は年々増加傾向にあり,患者に適切な医療を提供するには搬送前・来院前の対応や来院直後のトリアージが重要です。また,高齢患者やウォークイン患者の増加,さらには院内の人的リソースの逼迫から多職種での対応が求められるなど,救急医療を取り巻く環境が変化しています。このような状況における看護師の専門性はどこにあるのでしょうか。日本救急看護学会の理事であり救急看護に長年携わる佐藤氏を司会に,救急看護師として活動する吉野氏,渕本氏,大村氏による座談会から,受診前に期待される救急看護の実践について考えました。
佐藤 超高齢社会への対応や,医師の働き方改革に伴うタスク・シフト/シェアが看護界で議論されています。特に救急看護の領域では,救急救命士をはじめとする他職種や地域と連携した看護実践が求められています。
本日は,3次救急医療機関に従事する吉野さんと渕本さん,人口およそ7万人の岡山県総社市で地域の特徴に応じた1次,2次救急対応を行う大村さんにご参加いただき,救急に求められるニーズと病院・地域の実情に合わせた看護実践について考えていきたいと思います。
地域や病院規模で異なる救急搬送への対応
佐藤 まずは各施設の救急現場の実情について地域性も含めて紹介していただけますか。
渕本 当院は1~3次救急まで対応しています。看護部としても全次で対応できるよう救急看護師は救命センター所属となっています。当院の位置する東京都大田区には救命救急センターがほかにないことに加え,近隣の川崎市や横浜市からの救急車を応需していること,さらには羽田空港に近いため外国人患者も多く来られることから数多くの救急患者に対応しています。
大村 当院は隣接する倉敷市や岡山市と連携しながら,総社市内の1次,2次救急を担っています。3次救急の必要性があれば隣接市の施設に搬送しつつも,市内の救急患者の多くを自院で対応しています。「地域の救急診療体制を整えよう」との院長の想いもあり,地域の救急患者を自施設でさらに受け入れられるような体制を整えているところです。
吉野 当センターはがん,心臓,脳卒中を含む救命救急に特化しており,総合病院機能を持つ近隣の埼玉医科大学病院と診療科ごとに初診を含む患者の受け入れといった面で機能分担しています。また夜間・休日における患者からの困りごとへの窓口として,「患者コールセンター」というダイヤルを開設しています。通院歴のある救急患者からの電話相談に対応する機会が多く,その数は1か月に300件ほどあります。電話相談の内容は発熱,出血などの身体的症状や薬剤の問い合わせ,日常生活における困りごとなど多岐にわたります。
多職種で診療開始前から対応する
佐藤 電話相談ではどのようなやり取りをされているのでしょうか。
吉野 症状や困りごとを聞いて,すぐに受診すべきかを判断しています。寄せられる電話の内容は,退院後の日常生活における相談事が多い印象です。緊急に受診せずに済むケースであっても,看護師が対応することで患者さんが安心して過ごせればと思い,日常生活を意識したアドバイスをしています。
佐藤 それは興味深いですね。と言うのも,多くの病院では患者さんからの電話は事務員がはじめに出て,その相談を看護師や医師が受ける流れになっていると想像します。
大村 当院も基本的には事務員からER所属の看護師につないでもらい,看護師が一通りの問診を電話で行っています。事務員がいない夜間はERの看護師が直接電話を受けることもあります。
現在,ERの看護師は全員が救急医療経験豊富なので電話越しに来院の必要性や緊急性の判断といった臨床推論を行い,医師への情報提供と事前準備につなげることができています。かつては医師が問診を行っていたので,タスク・シフトと言えるでしょう。また幸いにも当院にウォークインで来られる患者さんのほとんどは,市の広報の協力もあり,来院前に電話連絡をいただけています。
渕本 当院は逆で,「ER24時間」と掲げているためか,ウォークインの患者さんのほとんどは事前の電話相談なしに来院し,トリアージ対応を救急看護師が行っている状況です。事前の電話をいただけた場合は院内の管理当直の師長が受け,救急看護師や医師につなぐ運用になっています。
吉野 当院は,夜間に関しては救急外来の看護師と一般外来の看護師が輪番制で電話相談に対応しています。電話相談を受けて受診の運びになった患者さんのトリアージは,緊急度判定支援システムであるJTAS(MEMO)を学んだ看護師が行うという流れです。
佐藤 ウォークイン患者からの電話対応もさることながら,救急車からのホットライン,他施設からの搬送に関する電話対応もあると思います。それらの対応についてはいかがでしょうか。
渕本 他施設からの搬送に関しては医師が対応していますが,状況によっては救急看護師も対応しています。また救急隊からのホットライン対応はよりスピーディーな対応を心がけています。
佐藤 それはなぜですか。
渕本 消防庁の司令室よりヒアリングを事細かに行っていては,病院に搬送されるまでに時間がかかってしまいますし,病院到着時には状態が変わっていることもあります。百聞は一見にしかずで,電話口からの不確かな情報で準備・対応するよりは,自分の目で見たほうがいいとの考えです。具体的には,救急隊からのヒアリング項目を東京消防庁が採用するプロトコルと合わせて,救急隊が患者から聴取する情報のみを転記して医師に伝えています。そうすることで搬送までの時間が大幅に短縮されました。
吉野 当院は多回線多機能電話を採用しています。1次・2次,3次,心臓病,脳卒中で電話番号が分けられており,救急隊長がどこにコールするかを判断しています。3次のホットラインは,専門医以上の救命センターの医師が取りますが,それ以外の対応はさまざまです。脳卒中のホットラインに関しては,私が脳卒中センターの病棟師長をしていた経験と強みを生かして,平日の日中の対応を担っています。
佐藤 救急隊長の判断で異なる電話番号につなげているのですね。その救命救急士は院内職員として活躍されているのでしょうか。
吉野 はい。当院には7人の病院(救急)救命士が在籍しています。かつては救急車からのホットラインと地域のクリニックからの搬送相談は全て医師が対応していたものの,1次・2次の対応は救急救命士へタスク・シフト/シェアしています。これまで他施設からの搬送相談はDoctor to Doctorで患者紹介がなされてきましたが,病院救命士が対応をすることによって医師の負担をより軽減できています。また,地域のクリニックの先生方との新たなる関係性の構築にもつながり「断らない救急」に寄与できていると感じます。
顔が見えない相談者との電話対応の難しさ
佐藤 先ほど吉野さんから話題に挙がったように,来院された救急患者さんに対してはJTASを活用した院内トリアージが,教育体制も含め整備されてきました。救急外来を受診する患者が増える将来を見据えて,電話対応をはじめとした来院前の対応にも看護師の専門性が期待されるものと考えています。一方で,経験の少ない若手看護師にとって電話越しでのトリアージ対応は難しい業務...
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佐藤 憲明(さとう・のりあき)氏 日本医科大学付属病院教育支援室 看護師長
1991年日医大病院に入職後,高度救命救急センターや心臓血管外科の勤務を経て2019年より現職。1999年に救急看護認定看護師資格,2005年急性・重症患者看護専門看護師資格を取得。19年より富山大大学院博士課程に在籍。日本救急看護学会理事。

吉野 暁子(よしの・あきこ)氏 埼玉医科大学国際医療センター救命救急センター 副看護師長
1992年埼玉医大病院に入職。脳神経外科病棟,形成外科外来,皮膚科外来を経て98年より救命センターへ異動。2007年埼玉医大国際医療センター開院に伴い,救命救急センター外来に配属となり現職。06年救急看護認定看護師資格取得。17年看護師特定行為研修を修了する。看護師特定行為研修は急性期領域を中心に受講している。

渕本 雅昭(ふちもと・まさあき)氏 東邦大学医療センター大森病院救命救急センター 看護師長
1996年東邦大大森病院に入職し,救命救急センターで勤務する。2006年札医大助手,07年札市大助教を経て,12年に東邦大大森病院に復帰し20年より現職。札医大大学院保健医療研究科を修了し,12年急性・重症患者看護専門看護師取得。クリティカルケアにおける看護倫理,エンドオブライフケア,敗血症ケア,Rapid Response System,そして看護管理者としてクリティカルケア領域の職場改善などの研究や教育に尽力する。

大村 正行(おおむら・まさゆき)氏 薬師寺慈恵病院 ER看護師長
2006年岡山赤十字病院に入職。救命救急センターで経験を積み,知識やスキルを自らの地元に還元すべく23年より現職にて活動する。20年岡山県立大大学院保健福祉学研究科修了。看護学修士。14年救急看護認定看護師取得。21年看護師特定行為研修修了。日本救急看護学会の救急電話相談トリアージ委員会では,看護師が院内で行う救急電話相談トリアージの実態把握を目的とした全国調査や,研修の企画・開催に尽力する。
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