手術室外の麻酔科管理(NORA)の導入に向けて
寄稿 杉山 大介
2025.02.11 医学界新聞:第3570号より
NORA(ノラ)という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 「手術室外での麻酔科管理」(Non-Operating Room Anesthesia)の通称であり,近年国内の麻酔科領域で注目を集めている概念です。NORAは狭義では「手術室外での侵襲を伴う治療に際して,麻酔科が患者の管理を行うこと」を指し,広義では気管挿管が難しい患者の気道確保や無痛分娩に関与する行為なども含め「麻酔科医が手術室外で麻酔を扱う行為」の全てが該当します1)。本稿では主に狭義のNORAに焦点を当て,その概要と意義について,当院の取り組みも交えながら解説します。
手術室外の「手術的」治療の増加が孕むリスク
現代では世界中で何十万件もの手術が手術室の中で毎日行われています。しかし,患者の呼吸状態や循環状態が急変して手術自体が最後まで終了できなかったというケースは非常に少ないと思います。もちろんこれは執刀医が手術適応を見定め適切な手術を行っているためですが,それに加えて麻酔科医が縁の下の力持ちとして麻酔薬の調節と呼吸・循環を管理し,急変を防いでいるからに他なりません。
一方で,手術室外ではどうでしょうか? 医療の発展に伴い,特に急性期の病院では手術室外でも手術に準じた治療的手技や処置を実施するケースが増加しています。例としては消化器内視鏡治療,脳血管内治療,アブレーション治療などが挙げられます。これらはいわゆる外科が行う「手術」と比べれば身体へのダメージ(侵襲)は小さいですが,治療中に患者が置かれているのは手術と同じような状況です。しかしこの手術室外での「手術的」な治療が行われる範囲の拡大はあまりに急速に進んでいることもあり,ほとんどの病院では治療を行う担当科が患者の管理を自分たちで行っている現状があります。
こうした現状で危惧されるのは,これら手術室外で行われる「手術的」な治療においては,治療時間が長くかかったり,患者の身体が動いてしまい手技を行いにくくなったりすることもあり,ミダゾラムやプロポフォールなどの鎮静薬を使用する場合があることです。状況によってはペチジンなどのオピオイドが使用されることもあります。これらの薬剤は意識を低下させるため患者は治療中眠っている状態になりますが,ほぼ必発で中枢性に呼吸抑制を伴い,ひどければ呼吸停止してしまうこともあります。その結果,最悪の場合は重篤な低酸素や命にかかわる事態になり得ます。つまり,手術室外での「手術的」治療が急速に拡大しているにもかかわらず,実際には患者の呼吸や循環の状態が危険なまま適切に管理されず治療が実施されるケースが日本中で存在しているのです。
高まるNORAの重要性
もともと麻酔科医は身体に対して大きなダメージ(侵襲)を伴う外科的手術に際しての呼吸・循環管理を得意とする医師集団です。しかし,前述のように手術室外での「手術的」治療は増加しており,そこで麻酔科が全身管理を行うことの需要は非常に高くなっていると言えます。
NORAの何よりのメリットは,手術室外での治療をする時の安全性が飛躍的に高まることです。さらにはNORAによって治療が行いやすくなることで治療時間の短縮化,治療効果の向上が見込まれるほか,意識が低下し呼吸・循環抑制が起こっている患者を自分たちだけで管理するという不安からも解放し,治療チームの心理的安全性を担保する効果もあります。NORAの導入は患者だけでなく,治療を行う医師やスタッフにとっても,安全性・効率性の面からメリットが見込まれるのです。
亀田総合病院での運用体制とその成果
現在,亀田総合病院の麻酔科では下記の治療で積極的にNORAを導入しています。
・消化器内科:内視鏡治療
・脳神経内科(外科):脳血管内治療
・放射線科:IVR
・循環器内科:アブレーション治療
・呼吸器内科:クライオ生検の一部
・呼吸器外科:CTガイド下治療
・集中治療科:ICU患者のCTやMRI検査
・その他:ER・ICU・小児科での困難気道管理(Difficult Airway Management:DAM)対応や管理
これらNORA導入の成果の一例として,循環器内科のアブレーション治療は麻酔科による全身麻酔管理に切り替わってから,患者不動化による手技時間の短縮,造影室滞在時間の短縮,放射線被曝量の減少が認められています。このように患者の安全性が高まるだけでなく,前述したような各治療部署の効率化にも一役買っているので,担当科や治療部署スタッフからは大変好評をいただいているように思います。麻酔管理料に加え全身麻酔を行った場合には診療報酬として算定できている症例も多いため(これは地域によりどこまで算定できるかが異なると思います)病院の収益増加にもつながっています。
NORA導入の方法論と乗り越えなければならないハードル
「そこまでメリットが多いのであれば,どの病院でも麻酔科によるNORAを行ったら良いじゃないか」と考える方が出てくるのも当然でしょう。けれども実際のところNORAは麻酔科医にとって簡単な仕事ではありません。そもそも人員に余裕がないと手術室の外へ人員を派遣できません。多くの病院では,麻酔科医不足がNORAを拡大できない最大の要因となっています。
また普段と異なる環境や道具で麻酔行為を行うことに加え,普段あまり接しない内科の先生方との段取りや日頃からコミュニケーションを取っているわけではない他部署スタッフとのやりとり,手書きでしか麻酔記録を作成できない環境などが理由となり,NORAの担当になることを敬遠する麻酔科医も多いはずです。これらの事情は麻酔科医のパフォーマンス低下の原因にもなるため,「麻酔科が管理するから安全性が高まる」というそもそものNORAの概念から外れてしまうことにもつながり,麻酔科医にとっての心理的安全性の低下やストレスになり得ます。
そこで,亀田総合病院ではNORAの需要がある部署をできる限り手術室と同じ環境に近づけるよう整備しました。具体的には,NORAを行う各部屋の配管工事,部門システム端末のLAN敷設とPC・部門システムの導入,手術室と同じ麻酔カートを設置し,記録も手術室と同じように電子的に作成できる環境にしました(写真)。また,NORAを実施する際のマニュアルやフローチャートを作成し,依頼科や他部署スタッフと共有しました。ちょうどコロナ禍で院内のIT化が急速に進んだこともNORAの拡大を後押ししてくれたように思います。病院経営陣からも患者の安全性向上のために積極的に行ってほしいとの全面的なサポートがあり,麻酔科のマンパワー増強や設備投資までを短期間で行うことができました。

生体モニターをスタンド設置することにより,狭い空間でも麻酔器の移動ができるようにしている。他にも麻酔器の設置場所,麻酔器周辺の器具の配置は環境に合わせて工夫する。
多くの施設でNORAの必要性は理解されてきている反面,麻酔科医不足という根本的な問題と,麻酔科医にとってNORA担当が少なからずストレスを感じる仕事であるという厳然たる課題があり,どの病院でも同じように行うのは難しい現状があると推測します。それらの点が診療報酬や保険点数の改定などで今後改善され,NORAがどの病院でも拡大しやすいようになることが望まれます。
参考文献
1)Curr Opin Anaesthesiol. 2021[PMID:34074883]

杉山 大介(すぎやま・だいすけ)氏 亀田総合病院麻酔科 / アイオワ大学麻酔科 Clinical Associate Professor
2004年群馬大医学部卒。初期臨床研修修了後,06年から信州大病院麻酔科蘇生科で専門研修を行いつつ同大にて博士課程修了。博士(医学)。14年米アイオワ大麻酔科への研究留学を経て,19年より亀田総合病院麻酔科部長を務める。25年より米アイオワ大麻酔科。X ID:@sugiyama5525
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