医学界新聞


田尻 達郎氏に聞く

インタビュー 田尻 達郎

2025.02.11 医学界新聞:第3570号より

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 外科医不足を何とかしたい――。外科医の魅力を伝えるため日本外科学会は2024年11月17日(日)に日本科学未来館(東京都江東区)で高校生以下を対象にした市民講座「オペスル――ほんもので学ぼう! 触れる手術室」を開催した。ガウンを着用しての手技体験や外科医とのトークイベントなどが催され,親子連れも含めた639人が来場し,成功裏に終わった。しかしながら,1つの疑問が残る。それは,なぜ参加対象を高校生以下にしたのかという点だ。市民講座を企画・運営した日本外科学会情報・広報委員長の田尻氏に,狙いと今後の展望を聞いた。

――日本外科学会主催の市民講座「オペスル――ほんもので学ぼう! 触れる手術室」は,高校生以下を対象に外科医の魅力を伝えるという新たな取り組みで,多くのメディアの注目を集めました。高校生以下を参加対象とした理由を教えてください。

田尻 外科医不足を何とかしたいという思いがあるからです。外科は3K(きつい,汚い,危険)と言われ敬遠される傾向にあり,なり手不足の問題が顕在化しています。手術によって人を助けるという仕事の魅力とやりがいを伝え,将来外科医になりたいと思うきっかけづくりになればと考え企画しました。たとえ参加してくれた子どもたちが外科医とならなくても,このイベントをきっかけに「医療者になることが将来の夢」と思ってもらえれば,十分に成功だと考えています。

――参加された子どもたちの反応はいかがだったのでしょうか。

田尻 非常に好評でした。本物の電気メスで豚肉を切ったり,縫合体験したりするコーナーは特に人気があり,何度も並ぶ子がいました(写真)。現役の外科医から直接教えてもらえることもあり,楽しむだけでなく真剣に取り組む子どもが多かったのも印象的でした。また,外科医は子どもたちに怖いイメージを持たれることが多いので,リアルな外科医の姿を知ってもらえたのも良かったと振り返っています。

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写真 紐を用いた縫合体験(左)と,外科医とのトークイベント(右)の様子(写真提供:日本外科学会)

田尻 今回は主に一般のお子さんを対象に開催しましたが,将来的には日本外科学会の定期学術集会と併催して,学術集会に参加される外科医のお子さんにも多く参加してもらえるイベントができないかと考えています。

――医師をめざす子どもの親が医師であるケースが多いと言われていることも背景にあるのでしょうか。

田尻 そういった狙いもありますが,外科医として働く学会員を大切にしたいという気持ちが大きいです。働き方改革も進んでいますが,帰宅が遅かったり,休日に家を空けていたりと家族に負担をかけている面が少なからずあるはずです。全国各地で毎年開催される定期学術集会と併催することで,旅行も兼ねて家族で参加したり,お子さんに手技を教えられたりと家族サービスにもつながるのではと考えています。

――普段とは異なる格好良い親の姿も見せられそうですね。

田尻 ええ。仕事を知ってもらうことは,子どものみならず親にとっても重要だと考えています。子どもから「医師をめざしたいけれども,親と一緒の外科医は嫌だ」と言われては悲しいですからね。また学術集会と併催できれば医療機器展示をさらに充実させられるのではないかと期待しています。今回も協賛企業の皆さまのおかげで内視鏡機器などは展示できたものの,手術ロボットといった大型機器は搬入面のハードルから実現しませんでした。学術集会では大型機器も展示されていることが多いので,そのまま市民講座にも活用することができないかと考えています。他にも併催によるメリットはあり,講師となる外科医の充実や,会場費などのコストダウンにもつながります。

 一方で,今回のように単独での市民講座の開催には,外科となじみの少なかった子どもたちを対象にしやすいメリットもあります。春に学術集会との併催,秋に今回のような単独開催とし,年に2回開催できたら理想的ですね。

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――今回の市民講座の情報公開は開催のおよそ1か月前からだったにもかかわらず,639人が参加されました。これほどの人数を集められたのはなぜでしょう。

田尻 SNSを効果的に活用できたことが大きな理由だと考えています。日本外科学会の情報・広報委員会ではSNS活用ワーキンググループ(WG)を発足し,SNSを通した情報発信に力を入れています。今回の市民講座も,WGメンバーの山本健人先生(北野病院)と山田敏之先生(名古屋市立大学医学部附属みどり市民病院)を中心に企画され,SNS活用により情報公開から間もなく事前予約が必須のセッションは申し込み枠が埋まりました。

――まさにSNSの拡散力ですね。

田尻 はい。参加者にイベントを知ったきっかけをアンケート調査したところ,SNSと回答された方が群を抜いて多かったです。日本外科学会のX(@jss1896)フォロワーは外科医を中心に医療者がほとんどではあるものの,SNSの拡散力によって知ってもらえたのだと思います。私自身,情報・広報委員会でSNSを運用し始めるまでSNSに関心を持っていませんでしたが,SNSの拡散力とその重要性を再認識しました。

 またサイエンスに関心を持つ子どもが多く来場する日本科学未来館で開催できたのも良かったと振り返っています。事前予約制のセッションだけでなく,当日参加者も体験できるブースを設けたことで,別の目的で日本科学未来館を訪れた子どもが,「何か面白そうなイベントやっている。行ってみたい」となって来てくれたケースも多くありました。

――医療界に進むか否かも含め幅広い選択肢をもつ高校生以下を対象に外科医の魅力を伝えることの意義は大きい一方で,「外科医不足」を直接的に解決するには医学生へのアプローチが効果的ではないでしょうか。

田尻 おっしゃる通りです。日本外科学会としても医学生へのアプローチをさらに積極的に行っていきたいと画策しています。一つは学術集会への招待です。2025年から,日本外科学会が旅費を支給する形で各大学より3人を上限に招待する予定です。これまでも学術集会への参加は無料でしたが,開催地から近い学生の参加がほとんどであり,門戸を広げようという狙いです。学術集会で最新のトレンドやトップランナーによるディスカッションに触れてもらい,外科を深く知れる機会を提供したいと考えています。

 加えて,オペスルで来場されたお子さんへの指導役として医学生を全国から募集できないかと考えています。医学生には外科医と一緒の時間を過ごしてもらえますし,外科医体験をして生き生きとした子どもたちの表情を見ると外科医の魅力もさらに伝わるのでないかと考えています。

――外科にかかわらず担い手不足と言われている診療科において,医学生や高校生以下を対象とした日本外科学会の施策は今後モデルケースになっていくものだと感じました。

田尻 外科医不足の問題はすぐに解決できるものではありません。今後も積極的に続けていきたいですし,医師だけでなく看護師やセラピストといった医療界全体で取り組めると理想的です。日本外科学会が医療界全体を引っ張っていく姿をみせることで,それを見た医学生が外科医は素晴らしいと思い志すきっかけになればさらにうれしいです。

(了)


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日本外科学会情報・広報委員長 / 九州大学大学院医学研究院小児外科学分野 教授

1988年九大卒業後,同大病院小児外科,福岡市立こども病院等で小児外科研修を積む。その後,米フィラデルフィアこども病院研究員,九大小児外科准教授,京都府立医大小児外科教授などを経て21年より現職。19~21年日本小児外科学会理事長。20年より日本外科学会理事を務め,同年より情報・広報委員長を担当している。編書に『標準小児外科学 第8版』(医学書院)。