医学界新聞

新年号特集 医薬品開発の未来を展望する

インタビュー 桜井 なおみ

2025.01.14 医学界新聞:第3569号より

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 医薬品開発に当たっては,エンドユーザーである患者当事者の声にも耳を傾けなければならない。創薬プロセスに患者・市民の声を取り入れる取り組みは1990年頃から欧米を中心に進められてきた。日本でも,2019年に『患者・市民参画(PPI)ガイドブック――患者と研究者の協働を目指す第一歩として』1)をAMED(日本医療研究開発機構)が公開して以降,PPI(Patient and Public Involvement:患者・市民参画)は徐々に広がり,根付きつつある。乳がんの治療を体験する中で患者当事者として声を上げ続けてきた桜井氏に,創薬に対する思いを聞いた。

――まずは,桜井さんご自身のがん罹患経験をお聞かせください。

桜井 2004年6月に乳がんの診断を受け,翌月すぐに治療を開始しました。当時は37歳でしたから,最近の言葉で言うところのAYA世代(註)ですね。術後はホルモン剤による継続治療を行い,3年目に再発したものの寛解し,今に至るといった具合です。術側が利き腕側だったこともあり,リンパ浮腫のリハビリテーションも受けていました。

――患者当事者としての活動はどのように始まったのでしょうか。

桜井 入院している間は,時間だけはあるのでよくテレビを眺めていました。当時はがん対策基本法(2006年成立)の立ち上げに当たって,がんの特集番組が毎日のように放送されていたんですね。私はもともと環境・緑化分野の設計事務所で働いていまして,都市計画や街づくりに関しては国全体の国土計画がまずあることを知っていました。ですから,がん対策に関しては基本計画であるマスタープランがなぜ存在しないのか,不思議に感じました。NHKにその疑問をぶつけてみたところ,番組に出演しないかとお声掛けいただいたことが当事者としての活動のきっかけです。番組収録の場には,道を切り開いてきた患者会の面々がまだ存命でいらっしゃって,「これは人権問題なんだよ」と言われました。驚いたのを覚えています。当時の私は医療の課題としか考えていなかったものですから。

 その後,体調が落ち着いてきたところで,同世代のがん患者とつながりを持ちたいとの思いから自ら患者会を立ち上げました。

――今回の特集テーマは「医薬品開発の未来を展望する」です。桜井さんの考える“良い薬”とはどのようなものですか。

桜井 薬の良し悪しを判断するには,人を幸せにしているのかどうか,に視線を向けてみる必要があると思います。新薬の開発によって治療が大きく前に進むことは確かです。例えば乳がんでは,以前はHER2陽性は予後不良でしたが,HER2蛋白に対する分子標的治療薬であるトラスツズマブの登場により予後が改善したことで,今では患者の受け止め方も変わってきています。しかし同時に,患者の生活に目を向けたとき,新たな治療薬の登場によってQOLが上がっているのかと言うと必ずしもそうではありません。

 手術や投薬の副作用による身体的負担である「身体毒性」がまずあります。また,高額な治療費のために支出は増加する一方で,がんの影響や治療の副作用,通院のために仕事を継続できず,収入源が途絶えてしまうことも少なくないです。日本には高額療養費制度がありますし,傷病手当金や障害年金が利用できる場合もあるものの,がん患者は経済的に苦しい状況に追い込まれがちです。いわゆる「経済毒性」ですね。加えて,通院や入院に時間が割かれて社会から離れることになる「時間毒性」もあります。

――そうした医療技術の効果や影響について,医学的な側面だけでなく,社会的・経済的な側面からも評価しようという動きが見られるようになりました。

桜井 HTA(Health Technology Assessment:医療技術評価)ですね。先ほど申し上げた「人を幸せにしているかどうか」を考慮に入れるために必要な考え方だと思いますし,適正に社会的合意を形成していくためのツールとして有用なはずです。

――HTAプロセスの中に,患者・市民の声を取り入れていくということでしょうか。

桜井 はい。その手段の一つとして,PRO(Patient Reported Outcome:患者報告アウトカム)があります。臨床アウトカムの一つで,自身の抱える症状やQOLについて,患者が判定し,医療者を含めた他者がその結果に介在しないという評価方法です。患者の感じる症状の変化をとらえることが大切な疾患が主な評価対象となります。包括的尺度としてはSF-36,EQ-5D,疾患・症状特異的尺度としてはVAS,WOMAC等が挙げられます。こうした評価は患者でなければできない評価であり,臨床評価とは乖離することもあります。PROによって得られたデータを患者支援に生かすことで,QOLの向上,OS(Overall Survival:全生存期間)の伸長といった結果が得られたとの研究2)も出てきました。

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桜井 PPIを推進していくには,声を上げる患者側にも患者を代表する者としての振る舞いが求められます。私は患者会を始めた2007年にたまたま機会に恵まれて,米国でアドボケイトトレーニングを受けることができました。陳情活動のトレーニングです。その中で,全米の患者団体の中でもかなり大きなグループであるNBCC(National Breast Cancer Coalition)によるロビイングに参加することができました。そこで教えられたのは,主語を“I”ではなく“We”にして話せということ。そして,“We”を主語にして話すのならそれは公衆衛生の問題ということになる。であれば,政策につながって税金が投入されることになるのだから,数字を使って説明しろとも教えられました。何人に対してどういう介入をしたら何人が良くなったのか,具体的に数字で示せと。臨床研究でよく用いられるPICO(Patient,Intervention,Comparison,Outcome)のフォーマットですね。

――日本の患者団体のトレーニング状況はどうなのですか。

桜井 まだまだ道半ばです。でも,成果は出てきています。患者の代表としての意見出しができるようになってきた人をガイドライン作りのレビュアーに推薦するなど,少しずつ前進しています。参加者の裾野を広げ,多様性を確保していくことが大切です。

――先ほどの“I”ではなく“We”で発言するというお話について,“I”での語りもそれはそれで大切な気がします。「今私はこのことで困っている」という語りです。

桜井 そうですね。先日参加したESMO(欧州臨床腫瘍学会)の場で,初めて学会に参加する患者当事者が自分の病気を何とかしてほしいとの気持ちで発言することは当たり前のことだと感じました。誰しもが最初から代表的にものを言うことはできません。さまざまな人の意見を集約した代表的な発言,今まさに困っているのだという語り,両者を組み合わせた形で伝えていくのが良いのかもしれません。

桜井 私がいつも医療者の方たちに言っているのは,「私たち抜きに私たちのことを決めないで」ということ。これは,障害者権利条約に関する議論の中で基本的な考え方として位置づけられた言葉ですが,PPIの基本は,このひと言に尽きます。エンドユーザーの声を取り入れて,共創し,社会をより良くしていく姿勢こそが重要です。

 以前街づくりの仕事をしていたときのことです。階段に取り付ける手すりって,劣化しにくくメンテンナンスが楽で,単価も安いステンレスを使いがちなんですね。でも,ある施設のユーザーである老人から「冬は冷たくて手袋なしではつかめない。夏は熱くて火傷しそうになる」と言われました。ユーザーのことを考えずに管理者側の都合で作っていたわけですね。木製の手すりはとげが刺さったとのクレームが入りやすいのですが,それは注意喚起やメンテナンスで回避できます。

――若い人だと階段を上るときに手すりを使わないから気が付かないですよね。

桜井 そうなんです。だから,いろいろな属性のエンドユーザーから声を拾い上げることは大切です。これが本当の意味でのインクルーシブな多様性というものですね。自分では発見しづらい気付きを含んだ多様な声に,「新しい研究のヒントをもらってやろう」くらいのポジティブな気持ちで,創薬に携わる医療者や研究者の方たちが耳を傾けてくれることを願っています。

(了)


:思春期(Adolescent)から若年成人(Young Adult)を指し,国民全体の約25%を占める。AYA世代に発症するがんは,成人がんに比較すると発症頻度はまれであるものの,年間2万人程度が新たに診断されている。

1)AMED.患者・市民参画(PPI)ガイドブック――患者と研究者の協働を目指す第一歩として.2019.
2)JAMA. 2017[PMID:28586821]

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全国がん患者団体連合会 理事

大学で都市計画を学んだ後,コンサルティング会社にてまちづくりや環境教育,排出権取引や費用対効果などを担当。がん罹患後は患者・家族の支援活動を開始,現在に至る。一般社団法人CSRプロジェクト代表理事。キャンサーソリューションズ代表取締役社長。技術士(建設部門),社会福祉士,精神保健福祉士,産業カウンセラー。

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