医学界新聞

新年号特集 医薬品開発の未来を展望する カラー解説

寄稿 土井 俊彦

2025.01.14 医学界新聞:第3569号より

 医薬品開発,創薬を行うには,基礎研究から実用化に至るまでの幅広い研究開発能力とともに,社会制度や規制等の構築も含めた国としての総合力が必要である。この総合力を涵養するため,創薬競争の世界でエコシステムを構成する人材,関連産業,臨床基盤に加えて,国の産業支援を最適化し,国際的な視点を踏まえながら,現実的な対策を講じていくことが不可欠となる。近年の新規医薬品開発は複雑化していることから,基礎研究,臨床試験,製造,販売までの一連のプロセスを製薬企業が単独で担う体制から脱却し,新興バイオベンチャーを中心にアカデミア・製薬企業・国といった各ステークホルダーが共同体を形成しなければならない。そうでなければ,高度化したシーズ(医薬品の元となる物質)開発を進められないであろう。人材や資金といったリソースがつながり,最適化された創薬エコシステムが実現した先で,日本がグローバル創薬エコシステムの一翼を担うことが理想的である。

 過去,日本は創薬先進国として画期的医薬品(ファースト・イン・クラス新薬)を創出していたが,今やその地位は低下した。日本が得意としていた,従来の低分子モダリティを中心とした創薬にビジネス的な限界が訪れたためだ。海外のメガファーマは組織再編や事業転換を行い,がんや難病・希少領域疾患薬の開発へと舵をきった。がん領域での分子標的治療薬やバイオマーカー主導の個別化医療は成功例も認めたが,その結果患者数が少なく開発コストの回収が難しいオーファンドラッグ化が進んだ。また,バイオテクノロジーの発達によって武装化抗体,再生細胞医薬などの新しい医薬品ビジネスが生み出され,それらの分野でユニバーサル医薬を作り出そうとしている。そうした新しいスタイルの創薬では,基礎研究・開発研究・製品化・市場化を一貫して行う開発基盤が必要となる。一方で早期からの成功率は高くはないため,投資コストが莫大になる。結果,バイオテクノロジー医薬品は高額となる傾向が強く,対象となる疾患が増えることでコストパフォーマンスが良くなる創薬エコシステムが注目されることになった。加えてここ数年間,COVID-19ワクチンに代表される遺伝子創薬やRNA創薬が注目され,グローバル治験やデジタルトランスフォーメーション,DCT(分散化臨床試験:来院に依存しない臨床試験手法)など,臨床試験・開発手法も大きく変わりつつある。

 日本の製薬企業が自らの創薬力を低下させた結果,海外からのライセンシングに依存する事態を招いた。海外の製薬企業では研究機能をアウトソーシングし,最先端の技術を持つバイオベンチャーを買収することで新薬候補拡充を行う効率化とリスク分散化を進めている。結果的にバイオベンチャーの分業・多様化が進んでおり,ベンチャー設立の目的も自ら株式市場に上場するIPOから,メガファーマに事業を売却するM&Aへとシフトした。日本では,アカデミア発のシーズ導出を目的にベンチャーが設立されてはいるが,出口戦略は国内でのIPOに偏っているのが現状である。日本の創薬環境は世界の中で取り残されているのが現状であり,人材教育,トレーニングの場もないため人材が育たない。創薬エコシステム構築のためにも,他国での経験・ノウハウを有する人材を呼び込む必要があるだろう(図1)。

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図1 創薬シーズが上市に至るまでの流れと各フェーズで日本の創薬が陥っている問題
人材の流動性が乏しいこともあり,製薬企業ニーズや実用化ノウハウを熟知した人材がアカデミアやスタートアップに不在となっている。そのため,早期段階から実用化を見据えた研究が十分に実施されていない。エコシステムの実現に向けて,米国等における実用化ノウハウを有する人材を呼び込む必要がある。外資系メガファーマや米国系VCからの人材・投資の誘致も検討する余地がある。

 海外で開発された新薬の承認が遅れる「ドラッグ・ラグ」,そもそも新薬が国内に入ってこない「ドラッグ・ロス」が日本では深刻化している。2014年以降に欧米で承認・上市された製品のうち,既存モダリティで27%,新規モダリティで35%がドラッグ・ロス状態にある(図2座談会記事参照)。この傾向は今後より深刻になる見通しだ(座談会記事図1参照)。

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図2 日本における直近のドラッグ・ラグ/ロス

 このようなドラッグ・ラグ/ロス問題の原因として,治験・承認プロセスの在り方が挙げられる。具体的には審査期間が長い,体制の違いから国際共同治験に日本を組み入れにくい,薬事・薬価制度の透明性・予見性が低い(特許期間中の薬価引き下げなど)というようにさまざまな原因分析がなされている。特にドラッグ・ラグ/ロス問題が目立つがん領域は行政問題とも言われているが,患者数の多いがん領域での承認が海外に比して遅いわけではないなど,広い視野での冷静な現状分析も必要だろう。

 こうした問題に対し,日本もただ手をこまねいていたわけではない。①医薬品医療機器総合機構(PMDA)審査官の増強,②国際共同治験への参加推奨〔「国際共同治験に関する基本的考え方」(2007年)〕,③日本で国際誕生日(註1)を迎えた場合の薬価インセンティブ〔「新薬創出・適応外薬解消等促進加算(新薬創出加算)」(2010年)〕,④ドラッグ・ラグ/ロスへの直接的対応〔「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」(2010年~)〕,⑤海外治験データの有効利用といった取り組みが行われている。臨床試験・研究・治験基盤の体制整備についても,臨床研究中核病院を位置づけ,治験体制整備による国際共同治験や医師主導治験,早期臨床試験(第Ⅰ相治験)への参加の推進などが進んできた。その結果,ドラッグ・ラグについては改善を認め,特定のがん領域では日本が世界をリードする可能性も見えてきている。

 最近新たに生じているドラッグ・ラグ/ロスの原因は,明らかに様相が異なる。先ほど述べたように現在の開発ターゲットは希少疾患が中心であり,その開発はベンチャーが担う。そうしたベンチャーはビジネス上の観点から審査期間の短い米国(日本に比して7か月ほど短い)を優先し,日本での承認は遅延するか,そもそも治験が開始されない。それによりドラッグ・ラグ/ロスが生じており,従来とは異なる解決方策が必要と考える。

 ドラッグ・ラグ解消に当たっては,その原因となっている開発着手遅延を解決することが1つの最終目標となる。そのための方策はいくつか考えられる。

開発初期段階における情報共有

 開発開始時に日本での承認申請を視野に入れた計画が立案されていれば,問題の解決は容易になる。海外と日本の製薬業界間,規制当局間,産業界―規制当局間の相互協力に加え,研究者間交流,リスクを取るベンチャーや企業へのインセンティブ付与の仕組みを構築することが重要だ。基礎研究のレベルが国際的に見てトップレベルであれば,この問題は理論上なくなることから,基礎研究力向上への投資基盤も必須である。

希少疾患治療薬に対する承認プロセスの体制整備

 日本が早期開発に参入しにくい場合の迂回路も持つべきである。少なくとも,超希少疾患をターゲットにした海外での創薬においては,日本以外のデータのみでの承認申請や仮承認制度の導入が必要と考える。緊急的・早期に患者に届けるべき薬剤については,通常の承認要件を満たすことが困難である状況を想定し,条件を設定した上で早期アクセスを可能とする制度の導入が効果的である。希少疾患治療薬などについては,「未承認薬使用問題検討会議」で海外データの活用により承認申請が行われた薬剤は,「承認条件」として市販後全例調査を義務付けて承認するという仕様もある。審査に当たっては言語の壁もあることから,英文での申請を受け入れて事前審査を行う制度や,仮承認制度設計においても海外との連携が可能かどうかがキーとなる。

希少疾患治療薬の開発に対する支援

 米国では,開発経験の少ないスタートアップ・ベンチャー企業が希少疾患治療薬の開発を行うことが多い。伴走支援を中心とする開発計画支援や助成金交付は初期開発でのインセンティブとなる。他にも豪州や加国,独国ではスタートアップ企業への積極的支援を行っており,とりわけ豪州では,研究開発費の税制優遇措置や輸出市場開発のための助成金,エンジェル投資家への税制優遇,スタートアップビザの発行に加え,FDAの治験新薬(IND)申請の承認免除,白人やアジア人を対象とした臨床試験体制,治験データを欧米での薬事申請に活用できるなどのメリットがある。日本では省庁からの資金援助や,臨床研究中核病院・橋渡し研究プログラムなどに対しての事業費型の支援が進んでいるものの,オーファンドラッグの研究開発促進制度は成功後の還付型で,経済的メリットが少ないなど,優秀な人材を確保・維持できる給与面での優遇措置の対応が不十分である。

未承認薬の人道的使用を認める制度

 他国では承認されているが自国では承認されていない薬剤を一定のルールの下に使用する制度(コンパッショネート使用や拡大アクセスと呼ばれる)が多くの先進国で整備されている。米国では(承認時よりも簡易な)臨床試験を経なければならず,英国では資格を持った輸入業者による通知制(報告のみで承認),仏国では審査・許可制が敷かれている。日本では保険制度の仕組み上,医師の個人輸入によって未承認薬が自由診療で処方されており,その使用について安全性に対する保障がなく,副作用も含めてデータが存在しない。海外で拡大するコンパッショネート使用の考えに基づいた仕組みの構築が日本でも望まれる。

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 冒頭に述べたとおり,創薬(=医薬品開発)には,基礎研究から実用化に至るまでの研究開発能力と,社会制度や規制等を含めた産官学全体のエコシステムが必要である。どのような方策でもって対応すれば良いのだろうか。

創薬モデルの変化に対応したエコシステムを形成する

 米国の研究予算は基礎研究に半数以上が費やされ,産業化に向かって有効に働くダイバーシティが確保されていることがポイントである。日本では,アカデミア側のシーズホルダーは研究活動を維持するための研究費獲得にエネルギーを費やし,産業化の視点を持たないケースが多く,ヒトへの臨床研究での検証,疫学データの利活用などの付加価値導出に向けてのデータ利活用がなされにくい。アカデミア発の創薬シーズの導出先候補となる日本の製薬企業は,自社研究での製品開発への依存度がいまだ高く,アカデミア発のベンチャーなどとの協働も進んでいない。同じ創薬シーズをもとに,アカデミアによる論文化を目的とした科学的ベストの追求,産業界による商品化をめざした研究開発の両者が並走することが望まれる(図3)。

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図3 新興バイオ医薬品における研究とビジネスとの両立モデル
同じ創薬シーズを基に,アカデミアは論文化を目的に科学的なベストを追求し,産業界は商品生産をめざして治験を行う。

 バイオテクノロジー開発品目は多くの技術要素が組み合わさっているため,世界ではカンパニークリエーション(註2)やコワーキングなどで技術の集約が可能なエコシステムエリアが形成されている。創薬力の向上を考える際に,既存のグローバルエコシステムと連携することはもちろん,日本の中に海外と肩を並べ得るエコシステムの共創体制を構築することも考えなければならない。エコシステム形成に向けて,筆者らも小さいながら病院を中心としたプラットフォームの構築をめざし,海外ベンチャーキャピタルと連携を取りつつ,再生医療や放射線医薬,医療機器開発などの共創体制を作りつつある。

創薬を加速するための臨床試験体制

 創薬力を向上させるため,第Ⅰ相臨床試験の中でもヒト初回投与試験体制構築の必要性が叫ばれる中,2023年に厚生労働省が出した日本人に対しての第Ⅰ相臨床試験を原則必須としないという通知1)の効果がここ最近の現場では感じられる。現状,米国での開発とFDA承認を優先することが創薬を進めるための投資を受ける上で合理的な中で,この通知のインパクトは大きい。日本でのPIVOTAL試験(註3)参加は明らかに行いやすくなる。しかし一方で,新興バイオベンチャーやアカデミアの早期試験に関して,資本力のあるメガファーマを除いては,初期段階から日本での開発を行うことに魅力を感じていないのもまた事実である。海外新興バイオベンチャーが日本での開発に投資を行おうとするだけの,魅力的な臨床試験体制を整備するとともに,アピールしていく必要があるだろう。

 世界に通用する臨床試験体制に必要な要素を図4に示す。新規医薬品開発においては規制の整備だけでなく,実施医療機関の受け入れ体制がまずは必要条件となる。バイオ医薬のキーは新規医療技術であり,柔軟な施設体制が必要だ。しかし開発が中止になった場合,施設の設備・ヒトの投資回収ができないリスクもある。

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図4 世界に通用する臨床試験実施体制に必要な要素(施設要件)
世界レベルでの臨床試験を行うには,人,規制,コスト,質の4つの領域にわたって,必要な要素が数多く挙げられる。
HL7:1987年に米国で規格化された保健医療情報交換の標準規格。

 臨床試験体制は欧米のそれと必ずしも一致させる必要はなく,日本における最適解を検討すべきだと思われる。また同時に,日本で国際誕生日を迎えることにインセンティブを与えなければ,日本での早期開発に海外企業は魅力を感じない可能性が高い。

 創薬力を向上させるための対策について,行政・産業界でも議論がなされている。個々の項目は的を射ているが,海外では10年近い年月をかけてエコシステムを構築している中で,海外と同様のエコシステム構築をめざして,仮にそうした体制をこれから数年で達成できたとして,果たして海外と肩を並べることができるのかには疑問が残る。現在開発中のシーズではなく,今後臨床研究開発段階に進んでいくであろうシーズに合わせた基盤構築を見据えて,海外の後追いをするのではなく,より先の将来を視野に入れた体制の構築をめざすべきと考える。


註1:国内ないしは海外で,初めて当該医薬品の製造・販売が認められた日。

註2:ベンチャーキャピタルが自ら主導して,優れた技術を見つけ出し,研究者とともに研究開発計画や事業戦略,資本政策などを練り,ゼロからバイオベンチャーを立ち上げる手法。

註3:医薬品の有効性および安全性を証明するための重要な試験。

1)厚労省.「海外で臨床開発が先行した医薬品の国際共同治験開始前の日本人での第Ⅰ 相試験の実施に関する基本的考え方について」(令和5年12月25日医薬薬審発1225第2号厚生労働省医薬局医薬品審査管理課長通知).2023.

国立がん研究センター東病院 病院長

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