医学界新聞


日高 庸晴氏に聞く

インタビュー 日高庸晴

2024.12.10 医学界新聞:第3568号より

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 患者は一人ひとり多様な背景を持っていて,そのうちの1つに性的指向やジェンダーアイデンティティがある――。26年にわたり性的マイノリティを対象に行ってきた11万人を超える大規模調査のデータや当事者の語りをもとに,医療を必要とする当事者が戸惑うことなく受診できるための実装方法をまとめた書籍『LGBTQ+の健康レポート――誰にとっても心地よい医療を実装するために』(医学書院)を上梓した日高氏。調査から見えてきた当事者の声と,医療機関・医療従事者に求められる対応を聞いた。

――LGBTという言葉を見聞きする機会が増えました。近年は「LGBTQ+」と呼称されるようになったそうですね。

日高 LGBTだと4つの分類(レズビアン,ゲイ,バイセクシュアル,トランスジェンダー)になりますが,その分類に当てはまらなかったり,自らの性的指向がはっきりしない人もいたりします。その後,幅広くさまざまなありようを表現するためQ(クエスチョニングおよびクィア)と,他のセクシュアリティのありようをも含めた+(プラス)が加わりました。調査方法や時代によっても異なりますが,LGBTQ+の当事者は10人に1人の割合で存在すると推定されています。

――どのようなきっかけでLGBTQ+に関する研究を始めたのですか。

日高 もともとは未成年者の健康リスク行動や無防備な性行動に関連があるとされる自尊感情や自己肯定感,それらを育む生育歴に関心を持っていました。その中でゲイ・バイセクシュアル男性を対象とした厚労省のエイズ対策調査に1998年頃から携わり始めたことがきっかけです。その後,米カリフォルニア大サンフランシスコ校への留学を機にトランスジェンダーも含めたLGBTQ+全般が関心の対象となり,現在に続いています。

――日高先生が上梓された『LGBTQ+の健康レポート』では,26年にわたる調査研究で得られたデータの一部がまとめられています()。調査において大事にしてきたことはありますか。

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 LGBTQ+当事者を対象にした調査の概要〔『LGBTQ+の健康レポート――誰にとっても心地よい医療を実装するために』(医学書院)Ⅸ頁をもとに作成〕

日高 当事者の心情を反映した質問項目を綿密に構築することを心掛けてきました。研究当初から変わらずに寄せられるのは,「調査データとしてまとめることで,差別や誤解を受けている自分たちの状況を改善するような社会的働き掛けをしてほしい」といった切実な声でした。そのため,こちらが聞きたいことを聞くだけでなく,当事者の聞いてもらいたい想いもくみ取り,数字として表現していくことを意識してきました。

――当事者たちからは研究を通して社会を動かすことまで期待されているのですね。

日高 はい。実のところ,調査結果を社会に示すことが最も大変だったかもしれません。最初の頃は保健所や教育機関等にアポイントを取って研究結果をプレゼンしていましたが,当時は同性愛や性同一性障害という言葉を聞いたことがあっても,まだ社会的にLGBTQ+の問題の優先度は低く,門前払いされることもありました。

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――最近ではLGBTQ+当事者への理解や,対応が進み始めているように思います。何か転機があったのでしょうか。

日高 2015年に発出された文科省の通知1)は,教育現場に大きな変化をもたらしました。また2023年にはLGBT理解増進法が施行され,医学教育モデル・コア・カリキュラムには「ジェンダーと医療」が,看護師国家試験出題基準には「性の多様性」が加わりました。これからの医療者には,LGBTQ+当事者である患者との適切なコミュニケーションの構築が期待されているのだと思います。

――適切なコミュニケーションとはどういったものを指すのでしょうか。

日高 当事者の方が自分たちの心情に添った対応をしてもらえていると感じるコミュニケーションです。LGBTQ+に関する用語を必ずしも全て知っていてほしいというわけではないのです。例えば,診療の始めに「私の説明でわかりづらい点があれば,遠慮なく仰ってくださいね」「LGBT関係のことでよくわかっていない点も正直あるので」と一言伝えるだけでも当事者たちの印象は大きく異なります。

 他にも,LGBTQ+だと知らなくても性別を限定した表現は避けるべきでしょう。男性患者に就寝時の緊急対応をしてくれる人の存在について尋ねたいのであれば,「夜は奥さんと寝ているのですか」と聞くのでなく,「そばに寝ている人はいますか」と聞けば十分です。これは医療現場だけでなく,教育現場も同様です。グループ分けの際に男女で分けるのではなく,学籍番号で分けるなどの簡単な配慮でも当事者が受け取る印象は変わります。

――個人だけでなく,医療機関として取り組めることもあるのでしょうか。

日高 全スタッフが性的指向やジェンダーアイデンティティの多様性を前提にした認識や対応ができているかを見直すと共に,一定の指針や対応策をあらかじめ定めておくことです。そうすることで対応もスムーズになり,「前例がないから想定していなかった」との理由から受け入れを断ることもなくなるのではないでしょうか。

日高 特にLGBTQ+の当事者が困っていることの一つに,病院が定める家族の範囲があります。診療の同意を取るべき家族として,法的な親族()あるいは少し遠くても血縁関係にある者だけを「家族」とし,同性パートナーを家族として定めている医療機関はまだ限定的です。「本人から申出がある場合には,治療の実施等に支障を生じない範囲において,現実に患者(利用者)の世話をしている親族及びこれに準ずる者を説明を行う対象に加えたり,(中略)家族の特定の人に限定するなどの取扱いとすることができる」2)と記したガイダンスや,「家族とは本人が信頼を寄せ,人生の最終段階の本人を支える存在であるとし,法的な意味での親族関係のみを意味せず,より広い範囲の人(親しい友人等)を含み,複数人存在することも考えられる」3)と言及したガイドラインが厚労省からは公表されています。同性パートナーも含めた「家族」の定義を柔軟に解した対応が求められているので,ぜひ一度「家族」に関する対応について検討してもらいたいです。

――LGBTQ+当事者の困りごとを知る機会はほとんどありませんでした。

日高 LGBTQ+に限った話ではありませんが,「患者に我慢してもらうことはある程度仕方ない」という気持ちがもしもあるならば,見方を少し変えてみるのはどうでしょうか。病院は困ったときに診断・治療を受けに行くところなのに,性的指向やジェンダーアイデンティティについて言い出すことができなかったり,切り出せたとしても差別的な反応をされるのではないかと心配したりなど,診療以外の部分に高いハードルがあり我慢している人が数多くいることが私の研究からも明らかになっています。今すぐに医療機関で多くを取り組むことは難しいかもしれませんが,1つか2つはできることもあるはずです。まずはLGBTQ+当事者が医療従事者に期待することや困りごとについて知っていただきたいです。『LGBTQ+の健康レポート』では国内最大規模の複数の調査データをもとにそれらをお伝えしています。患者は一人ひとり多様な背景を持っていて,そのうちの1つに性的指向やジェンダーアイデンティティがあるといった認識を医療者にも持っていただきたいです。

(了)


:民法725条では①6親等内の血族,②配偶者,③3親等内の姻族を親族としている。

1)文科省.性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について.2015.
2)厚労省.医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス.2024.
3)厚労省.人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン 解説編.2018.

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宝塚大学看護学部 教授

2004年京大大学院医学研究科社会健康医学系専攻博士後期課程修了。博士(社会健康医学)。米カリフォルニア大サンフランシスコ校エイズ予防研究センター研究員,公益財団法人エイズ予防財団リサーチレジデントなどを経て14年より現職。著書に『LGBTQ+の健康レポート――誰にとっても心地よい医療を実装するために』(医学書院)ほか。

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