医学界新聞

対談・座談会 林田賢史,森脇睦子,近藤才子

2024.10.08 医学界新聞(通常号):第3566号より

 医療機関のIT化が急速に進み,病院内には多種多様なデータが蓄積されています。看護管理者には,そうしたデータに基づいたマネジメント,看護の質改善を行う能力が求められます。また,データを適切に用いることで課題を解決する能力は,管理者でない看護師にとっても,日々の臨床や看護研究などにおいて役立つスキルであるはずです。一方で,数字やデータに対して苦手意識を持つ方も決して少なくないと思います。この度上梓された『6ステップで実現する看護マネジメント・質改善につなげるデータ分析入門1)(医学書院)は正しい数字の読み取り方や,データの基礎的な分析方法を身に付けるための格好の入門書です。本紙では,書籍著者の林田氏と森脇氏,高度急性期病院の看護部長として大量のデータと日々格闘する近藤氏による座談会を企画しました。座談会を通じてデータ分析における重要なポイントをつかんでみてください。

林田 本日は,データに基づくマネジメント,看護の質改善について,臨床現場からのご意見も伺いながら議論ができればと思います。まずは自己紹介をお願いします。

近藤 私は国立病院機構東京医療センターで看護部長を務めています。当院は病床640床を有する高度急性期病院で,地域医療を支えています。国立病院機構の管理職人事は看護師長以上で施設間異動があり,現在の所属は看護部長になってから3施設目です。院内データに基づくマネジメント,質改善の重要性は日々感じていますので,本日はデータ分析について臨床で実際に困っていることにも触れながら,学べればと思っています。

森脇 私は東京科学大学病院(旧東京医科歯科大学病院)のクオリティ・マネジメント・センターにて,病院運営における可視化や,質改善活動に関してデータの観点からの支援に従事しています。研究活動としては,DPC(Diagnosis Procedure Combination)データを用いた医療政策的な研究,看護管理に関する研究を行ってきました。以前は国立病院機構の本部職員として働いていた関係で現在も研究員として籍を置かせていただいています。そのご縁から,東京医療センターにおける看護研究の指導を行っていました。

林田 司会を務めます産業医科大学病院の林田です。私は看護や医療に関する経済学・情報学をベースに,政策・マネジメントに関する教育・研究,現場での実践に従事しています。最近では,重症度,医療・看護必要度などのデータ分析を通して,医療の質における看護の重要性と役割を明確にするための研究を行っています。本日はよろしくお願いいたします。

 さて,私も著者の一人ですが,看護師に向けたデータ分析の入門書『6ステップで実現する看護マネジメント・質改善につなげるデータ分析入門』がこのほど上梓されました。企画の背景にはどのような問題意識・意図があるのか,森脇先生からお話しいただけますか。

森脇 最近はさまざまな看護管理者研修等の形でデータ分析に基づく質評価に関連した研修に呼んでいただく機会が増えています。そこに業界のニーズを感じています。特に医療機関の電子化が進み,日々の診療等に関する医療実データが院内に蓄積され,それらを活用したマネジメントや質評価が求められていることを実感しています。研修会では,「上司からデータで示せと言われるが,どうすればいいのかわからない」といった声がよく聞かれます。

近藤 私も看護部長として,師長以下の部下に対して「データで示せ」とたびたび口にしています。しかし,実際に根拠となるデータを示しながら要求に応える職員はまれです。

森脇 加えて,数字やデータ分析が苦手で,できれば避けて通りたいとの声もよく聞きます。しかし,業務改善や質評価に関するデータ分析に関しては,小中学生の時に習った算数・数学の知識で正しく,丁寧に数字を読み解くことで多くのことが見えてくるのです。苦手に感じている方にも,寝ていたスキルを起こしていただき,苦手意識を払拭してもらいたいとの思いで今回の書籍を企画しました。

林田 読者対象にはどういった方たちを想定していますか。

森脇 データ分析に基づく質評価を行うのは,ある程度職位が上がってからだと思われがちです。しかし,日々の臨床での疑問点を分析可能な形に落とし込んでいく思考,データをハンドルするスキルは,若いうちに身に付けておくと有効です。現時点で看護管理者の方,もしくは間もなく管理者になる方に加えて,臨床における事柄を数字で表現してみたいと考えている方でしたら経験年数を問わずにお手に取っていただきたいと考えています。

近藤 書籍を拝読しましたが,解説が明快で,登場するデータが現場の看護師になじみのあるものですし,練習問題の難易度がちょうどいいこともあって,非常に楽しく読み進められました。経験年数に関係なく周囲のスタッフにも薦めようと思っています。

林田 初めに,近藤様に臨床での困り事を伺いたいと思います。データに基づくマネジメントや質評価に関して,マネジャー目線で意思決定上の課題だと考えているのはどのような事柄でしょうか。

近藤 人員配置を行うに当たって「忙しさ」をデータで明確に示すことができれば公平性の確保につなげられるのではと考えていますが,どうデータにすればいいのかがわからず困っています。忙しさはどの部署に優先的に人を配置するのかの基準となりますが,忙しさをどのように測ればよいのかが難しいのです。看護師たちから上がってくる負担感についての意見・要望,患者さんから寄せられる「看護師さんが忙しそうで声をかけづらい」といった声に耳を傾けるも,具体的にどの部署がどの程度忙しいのかはわかりません。重症度,医療・看護必要度や病床利用率,新入院患者数,手術件数,超過勤務時間などのデータを比較しつつ,師長たちに確認した病棟の運営状況についての意見も踏まえて最終的には配置を決定しています。ですが,本当に公平な判断が下せているのか,自信が持てていません。

森脇 「忙しさ」の内実を明らかにしたいとの声は,看護管理者研修でも困り事として挙げられることがよくあります。しかし,「忙しさを分析したい」では,データ分析に着手するに当たって,問題のとらえ方が大きすぎます。自分が明らかにしたい「忙しさ」は何なのかを絞り込む必要があります。データ分析に取り組むには,目的や問いを抽象的なイメージから具体的な表現に変換する必要があるのです。改善すべきだと思っている課題や問題をデータ分析可能な形になるまで整理するには,問いについて徹底的に考えなければなりません。いま現在,管理者の方たちが抱いている忙しいという感覚を,もう一段階か二段階掘り下げないといけないのだと思います。

林田 漠然と抱いている印象を,他の人にも伝わる形で言語化したり,具体的な事象としてとらえ直したりする作業が必要になるということですね。そうした作業の具体例はありますか。

森脇 忙しさを可視化した例として,COVID-19感染症拡大下で重症感染患者受け入れのために一般病床を削減した病院のケースを考えてみましょうか。その病院では重症系以外の一般病棟で新規入院患者の受け入れ制限を行って従来の稼働率を落とし,一般病棟の一部を感染患者受け入れ病棟として確保しました。そうした状況の中,現場...

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産業医科大学病院医療情報部 部長

東大医学部保健学科(当時)卒。社会保険中央総合病院(当時)にて看護師として,IT企業にてITエンジニアとして勤務。広島大大学院医歯薬学総合研究科(公衆衛生学)助手,京大大学院医学研究科(医療経済学)助教・講師を経て,2010年から産業医大勤務。博士(社会健康医学)。

東京科学大学病院クオリティ・マネジメント・センター 特任准教授

虎の門病院に看護師として入職。TNS(Toranomon Nursing System)を使った看護師配置がなされる環境下で働いたことを契機に,看護師の適正配置の評価に関心を持つ。2007年広島大大学院保健学研究科健康情報学博士課程修了。15年から東京医歯大病院(当時)クオリティ・マネジメント・センター勤務。21年から現職。

国立病院機構東京医療センター 看護部長

国立療養所東長野病院附属看護学校(当時)卒。国立病院機構に入職後,複数の病院にて看護師として勤務。1999年村山医療センター看護師長,2010年下志津病院副看護部長,15年東長野病院看護部長などを経て,21年より現職。認定看護管理者。

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