医学界新聞

取材記事

2024.04.09 医学界新聞:第3560号より

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 第88回日本循環器学会学術集会(会長=神戸大・平田健一氏:右写真)が3月8~10日,「未来につなげる循環器学――循環器病克服への挑戦」をテーマに神戸コンベンションセンターにて開催された。本紙では,薬剤師が中心に登壇したセッション「心不全療養指導士と考える最新の薬物治療の理想と現実――エビデンス/ガイドラインとのギャップは何か」(座長=慈恵医大・志賀剛氏,聖マリアンナ医大・木田圭亮氏)の模様を報告する。

 

 左室駆出率の低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)の標準的薬物治療としてアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),β遮断薬,ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)の併用療法が確立してから20年以上が経過した一方で,「日本人の心不全患者の生命予後は本当に改善しているのか」と問題提起したのは本セッションのイントロダクションを担った志賀氏だ。

 氏らの報告によれば,日本における上記3剤を用いた場合の心不全再入院の累積発生率は,2000年代に比較し2010年代で低下しているものの,心血管死の累積発生率はほとんど変化していないとされる(PMID:32199751)。背景には3剤が目標用量まで増量されていないunderuseの問題があると指摘し,不適切な低用量療法では標準治療の根拠となったランダム化比較試験で示された効果が得られないとする文献を紹介した(PMID:28329163)。近年はSGLT2阻害薬の心不全への適応拡大もあり,従来3剤による標準治療で限界であった心不全患者にとっては朗報がもたらされた反面で,「薬の選択も重要だが,まずは適切な用量で加療・継続することが必要だ」と心不全診療に携わる医療者へ訴えた。

◆薬物治療の効果を最大限に引き出すための工夫を

 続いて登壇した大橋泰裕氏(淡海医療センター)は,HFrEFでの使用が強く推奨されるACE阻害薬/ARB,MRAといったレニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系阻害薬について,薬理学的な視点を交え服薬フォローアップのポイントを次のように挙げた。

血圧低下:めまいやふらつき,立ちくらみ,倦怠感など,症候性低血圧を想起させる自覚症状の有無を評価。患者の自己判断に伴う中断も多いため,投与目的や治療目標を患者と共有する。

腎機能低下:RAA系阻害薬は輸出細動脈を拡張させる作用により腎血流量の低下を引き起こすため,投与開始・増量時に血清クレアチニンの大幅な上昇がないかを確認。加えて,腎血流量を低下させるRAA系阻害薬,利尿薬,NSAIDsの3剤併用はトリプルワーミーと呼ばれ,急性腎障害や慢性的な腎機能低下を招きかねないために注意すべき(PMID:34845649)。

高カリウム血症:RAA系阻害薬投与や腎機能低下,カリウムの過剰摂取,便秘などはカリウム上昇の原因となることから,管理栄養士や看護師と連携し生活指導を行う。

シックデイ:下痢,嘔吐,感染症などによって食事が十分に摂取できないときのことを指し,副作用リスクが上昇する。セルフケア指導を行う際に体調不良時の受診勧奨などシックデイの対応についても普段から指導しておく。

 上記を踏まえた上で大橋氏は,エビデンス/ガイドラインと現実とのギャップはあるが,多職種の力を結集し患者さんの情報を共有して適切なフォローアップを進めていくことが何よりも大切であるとの考えを示し,発表を終えた。

 国内外の心不全診療にまつわるガイドラインにおいてSGLT2阻害薬使用の推奨度は高い。にもかかわらず,「慢性腎臓病患者や高齢者,認知症患者など,副作用の懸念からSGLT2阻害薬を『なんとなく』導入しにくい患者はいないだろうか」と問い掛けたのは武田真央氏(川崎市立多摩病院)である。同氏は,副作用マネジメント時に参考にしやすい,日本腎臓病薬物療法学会より発表された「SGLT2阻害薬患者指導箋」の内容を紹介しつつ,「なんとなくの副作用に対する懸念によって導入を見送るクリニカルイナーシャ(臨床的惰性,)から目をそらないことが重要」と述べた。

 この他,超高齢社会における心不全薬物治療と服薬アドヒアランスについて石井聡一郎氏(広島大病院)が,自院の取り組みとともに心不全における標準的薬物療法の実施と心不全療養指導士の役割に関して大舘祐佳氏(玉川病院)がそれぞれ発表を行った。座長を務めた木田氏は最後に「ぜひ今日の内容を振り返り明日からの診療に役立ててもらいたい」とまとめ,セッションを締めくくった。


:治療目標が達成できていないのに治療強化をしない,あるいは使用が推奨とされる薬剤を使用していないことを指す。

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