医学界新聞

FAQ

寄稿 中島俊

2024.03.18 週刊医学界新聞(通常号):第3558号より

 私は前職の任期が切れてから現職に就くまでの3か月間(そのうち1か月半は雇用保険を受給),特定の研究機関と雇用契約にない状態で主任研究者(Principal Investigator:PI)をしていました。失業中の研究活動についてはググっても断片的な情報しか出てこず……。

 本稿では同じような状況に置かれた方の少しでも参考になればと思い,当事者としての体験をシェアします。

 私自身,失業中は求職活動とみなされる職業相談の利用や研究ポストへの応募を行っていましたが,受給資格の決定まではハローワークの方に「研究よりも就活しましょう」と言われないか不安を感じていました。実際は,ハローワークの方からそのような指摘を受けることはなく,むしろ皆さん親身に相談に乗ってくださいました。失業認定に関する具体的な手続きはハローワークインターネットサービスの雇用保険のページ1)がまとまっていておすすめです。

 失業認定中の研究活動は失業認定申告書内2)にて,活動として報告しました。ここでの報告は,従事した研究活動が①有償か無償か,②1日4時間以上か,がポイントとなるようです。失業認定の際にいろいろ不安でハローワークの方に相談したところ,「無償の活動であれば,1日4時間以上の研究活動のみ失業認定申告書に記載してください」と教えていただきました。私自身は雇用保険が打ち切りにならないよう1日4時間未満の研究活動としていたため,その範囲で問題になることはありませんでしたが,無償であって4時間を超える研究活動がある程度続く場合には事前に相談したほうが安心かもしれません。

 もう1点不安だったのが,学会参加等で発生する交通費や宿泊費・学会参加費の研究費での支払いでした。私の場合,雇用関係にはないものの,所属する研究機関で科研費を管理していただいていたので,自分で立て替え払いをした後,研究費から支出してもらいました。この場合,実費が後日振り込まれるわけですが,それが収入とみなされないか念のため確認したところ,「収入には該当しない」との回答をいただきました。

雇用保険受給中に就活と並行して研究活動を行っても差し支えありません。ただし一定の条件があるので,不明な点があればこまめにハローワークに相談しましょう。

 


 私は「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に則った研究を行っており,失業にあたって身分を失うことは大きな倫理的問題となります。そのため,研究を継続するためには“研究機関への所属”が必要でした。

 あなたが,これまで参画してきた研究機関内で雇用契約のない研究生や客員研究員の身分を得られる場合には研究倫理申請にて自分の身分を修正申請するだけで研究に従事することができるかもしれません。一方,新しく他機関に所属して研究活動を行う際には少し手間がかかります。具体的には共同研究機関として研究計画書に記載されていない新しい研究機関に所属する場合には新たな機関へのデータの授受が発生する可能性が高く,研究計画書等への共同研究機関の追加と併せて,研究対象者への研究再同意やオプトアウト等を検討する必要があります。

 さらに,あなたがPIの場合にはより複雑な手続きが必要となります。すでに研究倫理申請で承認されている研究課題については退職後の自分の身分で倫理申請上の研究代表者になることができるのかを確認する必要があります。雇用契約のない身分では研究代表者になれない場合には,研究代表者を同一施設内の共同研究者に代わってもらう必要が出てきます。代わりにお願いする方がいない場合には倫理委員会や研究コンサルテーションに状況を説明し,最善の方法を模索する必要があるでしょう。

 また多機関共同研究の場合,一括審査を倫理委員会に依頼することがありますが,一括審査を行った倫理委員会を有する所属を離れる場合には今後の研究倫理申請の手続きなどは倫理委員会に事前に確認する必要があるでしょう。

失業中の身分によっては研究計画書等への共同研究機関の追加や同意書の再取得,さらには研究代表者の交替が必要になる場合があります。

 


 日本では国立研究開発法人や大学におけるデータポリシー策定のためのガイドラインが提案されていますが3, 4),流布しているとはまだ言い難い状況です。そのため,転出または退職する研究者の研究データの扱いについては必ず所属機関での取り決めを遵守した上で(例:東京大学大学院医学系研究科・研究データ保存のガイドライン5)),研究倫理上の必要な手続きを行うことが必要です。国内の大学の研究データポリシーを概観すると,①これまでの機関にデータを残す,②新しい機関にデータを移管する(移管前施設にも追跡可能な記録を残す),③データのバックアップを取って新旧2つの機関にデータを保管する,の3通りが設けられている印象です。

 研究を実施した“後”に所属機関を離れる場合には論文中の注釈で現在の所属機関を記載するルール(科学技術情報流通技術基準6))に則り,研究成果物・データは前の所属に残したまま論文の投稿も可能かもしれません。一方,研究の終了報告前(遂行中)の研究課題を継続して新しい所属先で行う場合にはこれまでの研究成果物・研究データの移管が必要となります。

 私は,研究遂行中の研究がほとんどであったため,研究成果物・データ移管を行うために,所属機関の①知財に関する部署,②倫理委員会,③研究コンサルテーション,④所属機関の上長,の4つのステークホルダーに相談しながら,書面を交わし,研究成果物や研究データの移管を行いました。このような手続きを経ることで時間はかかりましたが,ほとんどの研究成果物・データを新しい所属機関へ移管する許可をいただくことができました。

 科研費などの競争的資金を持っている場合にも同じく移管の手続きが必要です。科研費の移管については,例えば,A機関は雇用関係にないと競争的資金を持つことができない,B機関は雇用関係のない身分であっても競争的資金を持つことができる,C機関は雇用関係にあっても常勤身分でないと持つことができない,など所属機関によって定められているルールが異なるため,あなたが科研費を持っている場合には新しい所属で身分を得る際に科研費を移管可能か事前に確認するとよいかもしれません。科研費で購入した設備備品についても,研究者の求めに応じて移管手続きが可能であることが機関使用ルール7)で定められています。

まずは所属機関での取り決めを確認し,必要な手続きを所属機関のステークホルダーに相談しましょう。科研費などの競争的資金についても同様です。

 


今回は当事者(n=1)としての体験を共有しました。私自身の経験をもとにした手続きのチェックリスト()を共有します。

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 転出または退職する研究者が行うべき手続きチェックリスト

 ただ,こうした手続きの多くは担当者や機関によって回答が異なるようにも感じました。そのため,本記事はあくまで参考程度にお考えいただき,ぜひハローワークや倫理委員会の方々に相談してみてください(想像以上に優しくしてくれます)。私の場合,データ移管の承認までには数か月を要しましたが,多くの方に相談させていただくことで自分一人では考えもしないような点に気づくことができました。また雇用保険の受給に関する手続きや新しいポストに関する情報も,恥を忍んで(本来恥ずべきことではないはずです)いろいろな人に話を伺ったことが良かったと当時を振り返って感じます。今はしんどい時期かもしれませんが,一人で抱え込まず,思い切って相談してみると道が開けるかもしれません。心から応援しています。


1)ハローワークインターネットサービス.雇用保険の具体的な手続き.
2)ハローワークインターネットサービス.記入例:失業認定申告書.
3)内閣府.国立研究開発法人におけるデータポリシー策定について.
4)大学ICT推進協議会.大学における研究データポリシー策定のためのガイドライン.
5)東京大学大学院医学系研究科・研究データ保存のガイドライン.
6)国立研究開発法人科学技術振興機構.科学技術情報流通技術基準(SIST).
7)日本学術振興会.科学研究費補助金の使用について各機関が行うべき事務等(機関使用ルール).

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 准教授

2006年北海道医療大心理科学部卒。博士(医学),臨床心理士,公認心理師。国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター臨床技術開発室長などを経て23年7月より現職。専門は,エビデンスに基づく心理療法。著書に『入職1年目から現場で活かせる! こころが動く医療コミュニケーション読本』(医学書院)。

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