医学界新聞

書評

2024.03.04 週刊医学界新聞(通常号):第3556号より

《評者》 川嶌整形外科病院理事長
日本医史学会名誉会員

 本書は,前野良沢らが『ターヘル・アナトミア』を翻訳して以来の画期的な解剖書ではないか。評者が居住している大分県中津市は,根来東叔,前野良沢,村上玄水,田原淳など,解剖に関する優れた学者を輩出してきた。日本のヘーゲルとも称される三浦梅園は「解剖なくしては人間と自然とのつながりや有機的な病気との関係は解明されてない」と述べ,また日本最初の人骨図『人身連骨真形図』を描いた根来東叔は「眼球の解剖を知らないで治療をするのは闇夜に光なくして歩くのと同じ」と,解剖の重要性を述べている。そのような中,前野良沢は杉田玄白らと蘭語の解剖書『ターヘル・アナトミア』の翻訳に着手した。翻訳の大半は良沢が担い,1774年には日本最初の本格的な解剖書として玄白が出版した。玄白は序文凡例で「解体は医学の基礎であり,外科では緊急欠くべからざるものである」と述べているが,本書を読むと,まさに玄白と同じ思いを抱くものである。この『解体新書』をきっかけに,解剖を中心とした蘭学の研究は日本全体に広がった。東京,築地の聖路加国際病院前の中津藩中屋敷跡には,良沢らの功績をたたえる碑が今でも残されている。

 あらためて,世界の解剖史を振り返ってみよう。元来解剖というものは,人体という未知のものへの好奇心,真理追求の熱情を持って,実証主義と科学への挑戦を行うことで医学・医療の発展に貢献してきた。しかしながら,古代ローマのガレノス,古代ギリシャのヒポクラテスも,解剖の重要性に気付いてはいたものの人体の解剖まではできなかった。13世紀初頭のイタリアでモンディーノが人体解剖を行い『解剖学』という著書を残したこと,またルネサンス期にレオナルド・ダ・ヴィンチが30体もの人体解剖を行い,779枚もの解剖図を残したことは極めて画期的なことであったが,正確な解剖書としてはアンドリアス・ヴェサリウスの解剖学書『ファブリカ』(1543年)を待つこととなった。評者はファブリカの実物を見た際に,その精密さが今日の人体解剖の水準と大きな差が無いことに驚いた。日本では山脇東洋が1754年に京都で初めて人体解剖を行い,1774年に『解体新書』が出版された。中津では,村上玄水や田原淳などが現在の心電図やペースメーカーの元となる刺激伝導系の発見に至ったことはよく知られている。

 このように歴史的観点からしても解剖学の知見は臨床医学に応用されてきていることは明らかである。本書ではコラムという形式で,解剖学がいかに臨床医学に応用できるかを随所に展開している。さらにはCTやMRI,超音波などの知識も組み込まれており,これから医学・医療を学んでいく学生たちはもとより,すでに臨床に立つ医療従事者にとっても画期的な解剖書であり,極めて実用的なものとなっている。多くの医療従事者たちが熱望していた「解剖学の臨床医学への応用」という意味において,臨床医学の扉を開いたものとして「令和の解体新書」と呼んでふさわしいものではないだろうか。

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