医学界新聞

今井博久氏に聞く

知識をアップデートし,標準化された処方を

インタビュー 今井博久

2024.03.04 週刊医学界新聞(通常号):第3556号より

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 高齢者はプライマリ・ケア領域における診療対象として実に大きな存在だろう。医師は高齢者が罹患しやすい疾患に,診療科を問わず対応しなければならない。他疾患併存に起因した多剤処方(ポリファーマシー)を防ぎ,高齢者の生理機能の低下や疾患に対する最新の医薬品知識に応じた薬剤選択が必要になる。

 この度上梓された『高齢者への薬剤処方 第2版』(医学書院)は,「高齢者に不適切な可能性のある薬剤処方」の基準である米国Beers Criteria(MEMO)の「日本版」をコンセプトに,日本の医療事情に即してまとめられた書籍である。高齢者への薬物治療をめぐる現状と課題,適切な薬剤処方のために医師が心掛けたい点を,本書を編集した今井氏に聞いた。

――『高齢者への薬剤処方 第2版』のコンセプトである「日本版ビアーズ基準」を最初に発表した2008年から現在までに,高齢者の薬物治療を取り巻く環境はどう変化しましたか。

今井 大きく2点あります。1つは高齢化が一層進んだこと,もう1つは治療や療養の場としての在宅が多くなったことです。高齢者の増加はもちろんですが,特に後期高齢者の割合が高まりました。高齢患者は年齢とともに有する疾病数が増え,服用する薬剤数も増加することから多剤併用になる可能性が高くなり,不適切な薬剤処方も増加します。ほとんど全ての診療科で高齢者を診る比率が高まっており,適切な薬物治療をするために薬剤選択および使用方法に留意する必要があります。

――2つ目の在宅への移行は,薬剤処方にどのような変化をもたらしましたか。

今井 医療環境の変化により,薬剤師や看護師ら多職種も薬物治療にかかわる一員となった点です。訪問診療件数がこの15年で4倍に増加しました。在宅での薬物治療の機会が増え,在宅医療にかかわる薬剤師をはじめ多職種連携の場面が増加しています。さらに医師の働き方改革によるタスクシフト・シェアの動きがあり,適切な薬物治療にはチームでのアプローチが必要になっています。

――適切な薬物治療について,医師の問題意識は広がりましたか。

今井 2010年以前は,ポリファーマシーやPIM(potentially inappropriate medication)の問題に医師の関心は高くありませんでした。しかし,日本版ビアーズ基準の紹介や,日本医師会の手引き(2017年)1)の発行,厚労省の指針(2018年)2)によって,高齢者に対する医師の適切な薬物治療の実施に向けた機運が高まりました。

――最近では,地域の医療機関と薬局が連携し,地域レベルで薬物治療の標準化を図る地域フォーミュラリも進んでいます。

今井 厚労省から2023年7月に,「フォーミュラリの運用について」3)の通知が発出されました。いわゆる七夕通知です。私が理事長を務める日本フォーミュラリ学会からも同年,「地域フォーミュラリの実践ガイドライン」4)を発表しました。現在全国20以上の医師会や薬剤師会で取り組みが進んでいます。適正な薬物治療の普及は医師個人だけでなく,地域単位で進める取り組みが広がっているのです。

 地域単位での薬剤選択は災害時にも有効です。能登半島地震を契機に地域フォーミュラリの有用性が注目されています。

――では実際に現場では,何に注意して薬剤選択を行えば良いのでしょうか。起こりやすい不適切処方について教えてください。

今井 わかりやすい例としては,加齢による体重減少や筋肉減少を加味せず成人量の薬を処方してしまうことです...

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帝京大学大学院公衆衛生学研究科 教授

1993年旭川医大医学部卒,北大大学院修了。博士(医学)。国立東京第二病院(当時),米エモリー大研究所リサーチフェロー,国内の大学助手,講師,助教授を経て,2005年厚労省国立保健医療科学院疫学部長に就任し,生活習慣病の予防施策,がん対策,多剤処方改善の研究に従事。17年より東大大学院医学系研究科地域医薬システム学講座特任教授,22年4月より現職。「高齢者に不適切な可能性のある薬剤処方(Beers Criteria)」を開発したMark H. Beers博士との共同研究により,日本の医療事情に合わせた「日本版ビアーズ基準」を08年に開発した。日本フォーミュラリ学会理事長。近著に『高齢者への薬剤処方 第2版』(医学書院)がある。

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