精神科の症状は心が張ったバリア機能なのかもしれない
対談・座談会 中村創,西将希
2024.02.26 週刊医学界新聞(看護号):第3555号より

精神科の病気は目に見えないため理解しにくい面があるが,実は疾患ごとに患者さんの内部で起きていることや経験していることは大きく異なる。この違いを理解し,その人の中で起きていることがわかると,どう接し,どうかかわるとその人にとって助けになるのかが初めて見えてくる。
このたび,精神科看護師としての臨床経験20年,精神看護専門看護師でもある中村創氏が,『そうだったのか! 精神科の病気』(医学書院)を上梓した。本書では,精神科の主要な9疾患の核心を解説した上で,患者さんと身近に接してきた中村氏ならではの経験談,そして支援のコツと根拠が示されている。
臨床で働きながら当事者のリカバリーに着眼してきた西将希氏と共に,本書の臨床での活用方法を紹介してもらった。
中村 本日はどうぞよろしくお願いします。西さんとは何度か研究会や学会でお話しする機会があり,ぜひ議論を深く交わしたいと思っていました。
西 こちらこそよろしくお願いします。『そうだったのか! 精神科の病気』を拝読しましたが,今まで肌感覚で感じ取っていたそれぞれの疾患の特徴が理論立てて説明されていて,これまでの看護実践と知識とが結びついたように感じました。
中村 ありがとうございます。本書は患者さんの症状を目の当たりにした時,その人に何が起きているのかを把握し,その現象が起こっている理由を理解することで,ひと呼吸おいて患者さんとかかわれるようになることをめざして執筆しました。
幻覚・妄想の訴えに耳を傾けてみる
西 最初にうなずきながら読んだ部分が,統合失調症についての章です。「統合失調症の幻覚・妄想は聞いてはいけない,否定も肯定もしてはいけない」という“迷信”は今も根強く残っていますが,私は新人の頃からそれに違和感を持っていました。幻覚・妄想というのは患者さんの関心事に直結しているはずなのに,その話を聞かずに寄り添うなんてできるのだろうかと。そのため自分は新人の時から,患者さんが幻覚・妄想が原因で困っていたら,可能な限り意識して話を聞くようにしてきました。そうすると患者さんが落ち着きを取り戻したり,安心してくれることがあるんです。今回本書で「統合失調症の幻覚・妄想の奥には,その人の願望や希望が存在する」と書いてあり,自分がやっていたことの裏付けが取れたような気持ちです。妄想・幻覚の訴えに耳を傾け,奥底にある願望や希望を共に探っていくことが,回復への道なのですね。
ところで中村さんは,幻覚・妄想は聞いても良いのだ,とどうして気づかれたのですか。
中村 そもそも,私にとっては幻覚・妄想は聞くのが当たり前だったのです。私は看護師になって最初に働いたのが浦河赤十字病院であり,浦河べてるの家には足しげく通っていました。そこでは,メンバーたちが「当事者研究」という形で,自分が困っていることを発表するミーティングがあります。当然,その話の中には幻覚・妄想の話題も含まれます。聞いているメンバーたちは,発表に対して自分の経験を話したり,時には意見を言ったりしてフィードバックをします。そうして発表者の困りごとがどのようなメカニズムやパターンで生じているのかをみんなで探っていくのです。これは「否定も肯定もしない」という従来の在り方とは異なるアプローチですよね。
発表者にとっては,周りのみんなが自分の窮状を知ってくれてほっとするのと同時に,自分の困りごとをみんなで考えてくれるので,心強く感じられるのです。
西 自分ひとりで対処しきれなかったことをオープンにできて,安心するのでしょうね。妄想は,確信度はともかく,ご本人の中では現実ですからね。
私にも似たような経験があります。ある女性患者さんのケースです。嫌いだった同級生や前の病棟の男性スタッフが自分のことが好きで追いかけてくるという恋愛妄想にかき立てられていました。不安が高まると廊下で大きな声を出してしまうのですが,そういう時私は,彼女の隣に座って話を聞くようにしていました。彼女が話す内容は妄想に基づくものが多いので,どうしてもその話の「中身」自体には共感はできないのですが,それでも,それを経験している彼女の「不安」には共感ができるので,「そうなんですね。もし私が〇〇さんのような経験をしていたら,私も不安になると思います」と伝えると,10分前後で落ち着いてくれることが多かったのです。
中村 素晴らしい看護だと思います。もしかすると,医療者の中には「患者さんの言っている出来事が理解できなければ共感できない」と思っている人がいまだに多いかもしれませんが,今の例で言えば,出来事は理解できなくてもいい。しかし相手の「感情」には,私たちは理解を示すことができます。中井久夫先生もそのことをこんなふうに言っておられます。「急性統合失調症状態を無理に“理解”しようとする必要はない」「人間は理解できないものでも包容することはできる」1)と。
精神科の症状とは何なのだろう
西 私はこの患者さんの妄想から,中村さんが今回の本で紹介されていたブロイラー(註1)の「両価性」,つまり同一の対象に相反する感情や考えが共存している状態を感じたのですが,どう思われますか。
中村 そうですね。「自分が嫌っている人が,自分を好きで追いかけてくる」というのがどんな心境を表現しているものなのか,その患者さんのことをよく知らずには言えませんが,少なくとも「自分は好かれたい」という願望や,「自分は誰にも好かれていないかもしれない」という寂しさや悲しみ,あるいは「好かれるのは怖い」という恐怖など,いろいろな可能性があるわけですよね。
シュナイダー(註2)もそのことを,「幻覚の内容によく注意して患者と一緒に耳を傾けると,この病気の思考過程の性質についてたくさんのことがわかってくる」「幻聴は患者の願望を満たす手段になっている」と述べています。
西 中村さんは,患者さんがどうして自分の感情を,妄想や幻覚といった形で表現するのだと考えていますか。
中村 全ての例に言えるかどうかはさておき,患者さんとかかわる中で思うのは,何かしら受け入れがたい自分を見るよりは,例えば「嫌いだった同級生が自分を好いて追いかけてくる」「前の病棟の男性スタッフが自分のことが好きで追いかけてくる」という妄想の中で困っているほうが,現実のつらさに直面しないで済むという面がありますよね。そう考えると,妄想はこの人を守ろうとして出てきたものであるとも言えるのではないかと。つまり心が健全に動いた結果なのですね。
西 中村さんの今回の本全体から,私は「妄想も含めて,精神科の症状というのは,その人を助けようとして生じたものなのだ」とのメッセージを受け取りました。
それはうつ病の解説においてもそうでした。中村さんは,抑うつ症状のことを,「脳が“これ以上追い込まないで”と察知し,最後の手段として,その人の危機を救うために出してきたものなのだ。だから抑うつが出てきたということは,その人は回復に向かう途上にいるのだ」と解説していて,ああなるほどと膝を打ちました。このとらえ方をしたらスタッフはずいぶん楽になるだろうなと。うつ病の患者さんの経過は変化が見えづらくて,スタッフがつい働きかけを急いで失敗することがあるのですが,抑うつ症状がある患者さんはすでに回復過程にいるのだと思えれば,もっと信じて待つことができそうだからです。
中村 そのメッセージを受け取ってくださってうれしいです。私は,症状というのは,もしかしたらキツすぎる現実に直面しなくて済むように,心が張ったバリアの
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中村 創(なかむら・はじめ)氏 株式会社 N・フィールド事業管理本部 広報部 部長
2003年日赤北海道看護大卒。浦河赤十字病院,デイサービス北海,千歳病院閉鎖病棟での勤務経験を経て,2019年より現職。精神看護専門看護師。現職場では訪問看護業務,広報業務,教育役割,コンサルテーションに携わる傍ら,複数の看護系大学院,大学,専門学校の非常勤講師を兼務。著書に『精神科ならではのファーストエイド』『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』『そうだったのか! 精神科の病気』(いずれも医学書院)がある。

西 将希(にし・まさき)氏 帝京大学医療技術学部 看護学科 助教
2014年新見公立大看護学部卒。医療法人社団碧水会長谷川病院,株式会社EQUALITYたんぽぽ訪問看護国領で精神科看護の臨床経験を積む。精神障害を持つ方が生きにくさを感じる世の中に大学生時代から疑問を抱き続け,看護師としてできることを模索するために大学院へ進学。2022年筑波大大学院看護科学学位プログラム博士前期課程修了,同年より大学教員の道へと進む。現在は,精神障害を持つ方のリカバリーおよび偏見の払拭に着眼しながら,教育・研究活動を行う。
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