• HOME
  • 書籍
  • 精神科ならではのファーストエイド


精神科ならではのファーストエイド
搬送時サマリー実例付

もっと見る

自傷他害、あるいは事故など、精神科でファーストエイドが必要になった実例をリアルに写真で再現し、いざという時にどう対応するかをシミュレーションするための本。医療的に何をすべきか、とっさの声かけ、望ましい態度、避けるべき言動がわかる。搬送時に送るサマリーの実例付。「精神科」はもちろん「救急」の医療者も必携。
中村 創 / 三上 剛人
発行 2018年06月判型:B5頁:168
ISBN 978-4-260-03589-7
定価 2,640円 (本体2,400円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く

はじめに

 「どうすればいいのだろう」――頭が真っ白になり立ち尽くしてしまうような場面に遭遇することは、看護師であるならば必ず経験します。けれども立ち尽くしていれば事態は悪化します。
 悪化させない、深刻化させない。この本を手に取ったあなたは、そのためにどうすればよいかという知識を求めていらっしゃることと思います。
 本書は、精神科領域において求められる緊急時の手引書として、具体的な対応と考え方を、理論や根拠に基づいて提示しようと試みるものです。

 看護技術は実践の中で磨かれます。しかし精神科の臨床において、大量出血を伴うような急変事例は日常的に生じるわけではありません。ですから緊急場面への実践経験を積む機会がどうしても不足してしまいます。経験の少なさは、いざという場面での動きを鈍らせます。
 その一方で、急変が一度生じれば重篤化する可能性が高いのが精神科です。
 そこで私たちは、起こり得る事象を事前にシミュレーションできる本を作ることにしました。直面するかもしれない困難な状況に、心の準備ができることを意図したのです。


 第I部では、26ケースを挙げました。特に力を入れたのは、緊急場面をできるだけリアルに再現することでした。
 読者の皆さんのなかには、本書にある場面や状況と似たような経験をされた人がいるかもしれません。ここに出てきた場面や状況は、主に私自身や協力をしてくれた仲間たちが見聞きした経験をもとに再現したものです。もし自分がこの状況に遭遇したならばどういう対応をするだろうかと、その気持ちも想像しながら読んでいただければと思います。
 事例の後に、看護として優先的にすべきことは何なのかが一目でわかるような工夫をしました。そして患者さんにどのように声かけをすればよいのか、望ましい態度はどのようなものなのか、逆に避けるべき言動はどういうものか、を紹介しています。

 第II部では、患者さんの自傷や自殺などの強い衝撃に遭遇した家族と看護師へのフォローについて述べています。家族は臨床では置き去りにされがちですが、彼らへの支援も看護師の重要な役割であり、それは患者-看護師関係と同様です。
 最前線で動く看護師もまた置き去りにされがちであり、現状における大きな課題です。強い衝撃に遭遇した看護師に対する支援の重要性と方法について述べました。

 第III部では、救急病棟などへ搬送を要する際に用意するサマリーについてです。すべての情報をひとまとめにする従来のあり方ではなく、2段階に分ける新方式を提案しています。


 臨床現場はさまざまな事象が重なり合って複雑化します。読者の皆さんには、本書をきっかけにご自身のフィールドで精神科におけるファーストエイドをさらに発展させ、適切な方法を検討していっていただきたいと願っています。
 最後に、本書は雑誌『精神看護』での特集や記事掲載を経て本になりました。企画、原稿のとりまとめ、編集に石川誠子さんから多大な支援を賜りました。心より御礼申し上げます。

 2018年6月
 著者を代表して 中村 創


本書には、創傷や患者さんの状態をできるだけリアルに再現した写真が掲載されています。そうした写真が苦手な方はご注意ください。なお、これらは救命救急の現場でシミュレーション訓練用に開発された特殊インク、創傷部位のパーツなどを組み合わせて作り出したものです。モデルに対して実際に傷や損傷を加えたわけではありません。
言うまでもありませんが、これらは医療者がシミュレーションにより対応技術を磨くことを目的に表現されたものであり、患者さんを見下すような意図は一切ありません。

開く

はじめに
「とっさの場面で必要な対応」の基本とは

I いざというときの動き方 応急処置が必要となった26のケース
 1 自傷
  01 体感幻覚による腕への自傷(大量出血の場合)
  02 カミソリで手首を自傷(止血が必要な場合)
  03 パニック発作で手首を自傷。収まったあとに自殺企図
  04 幻聴による命令で箸を鼻に詰めた
  05 幻聴による命令で、腕をバーナー型ライターで焼いた
  [解説1]自分を傷つける─そのとき、患者さんには何が起きているのか
 2 自殺
  06 ナイフで腹部を切って自殺企図
  07 ハサミで首を切って自殺企図
  08 飛び降りて自殺企図
  09 洗剤を飲んで自殺企図
  10 首を吊って自殺企図
  11 大量服薬で昏睡状態に
  [解説2]自殺発生─すぐ動くための5つの心得
  [解説3]自殺未遂をした患者さんとの対話
 3 事故
  12 熱い飲料を入れたペットボトルを持ち続け、手指を熱傷
  13 燃える布団にくるまりながら寝ていた
  14 浴室内で意識消失。水中に沈んでいるところを発見
  15 薬のヒートを誤飲した
  16 オムツを異食した
  17 部分入れ歯を誤飲。咽頭に刺さっている
  18 喉に食べ物が詰まった(意識消失)
  19 喉に食べ物が詰まった(意識あり)
  20 倒れているところを発見。呂律不良である
  [解説4]事故防止につながる疾病理解─せん妄
 4 急変
  21 身体拘束がきつすぎたことによるうっ血
  22 肺血栓塞栓症
  23 アルコール依存症患者の吐血
  24 アルコール依存症患者の離脱症状(振戦せん妄)
  25 多飲症による低ナトリウム血症
  26 悪性症候群による痙攣
  [解説5]アルコール依存症による身体合併症
  [解説6]多飲症について
  [解説7]悪性症候群を防ぐには

II 家族と看護師のフォロー
 1 家族へどう対応するか
  1 家族が持つ心理的負担への理解
  2 望ましい対応とは
  [point]これが遺族へ連絡し、かかわるときの基本姿勢だ
 2 忘れてはならない! 命にかかわる事故に遭遇した看護師のフォロー
  1 自傷・自殺が看護師に与えるすさまじいストレス
  2 看護師は相談しているか?
  3 組織的に「聞き上手」「吐露上手」を目指そう
  4 デブリーフィングのやり方
  [point]第一発見者となったスタッフの「心情」と「行動」を理解するために
  [point]自殺に遭遇した看護師は他者の言葉に敏感になっている

III 搬送時サマリーの書き方
 1 サマリーは2段階で書く!
  1 救命救急側にとって必要な情報でなければ意味がない
  2 Firstサマリーには「手術に関連する身体情報」を
  3 Secondサマリーには「継続看護のための情報」を
  資料1 Firstサマリー|フォーマット解説
  資料2 Secondサマリー|フォーマット解説
 2 搬送時サマリー実例
  体感幻覚による腕への自傷(大量出血)[16頁 ケース01]
  カミソリで手首を自傷(止血が必要な場合)[18頁 ケース02]
  幻聴による命令で箸を鼻に詰めた[22頁 ケース04]
  ハサミで首を切って自殺企図[36頁 ケース07]
  飛び降りて自殺企図[42頁 ケース08]
  大量服薬で昏睡状態に(自殺企図)[52頁 ケース11]
  燃える布団にくるまりながら寝ていた[68頁 ケース13]
  倒れているところを発見。呂律不良である[82頁 ケース20]
  肺血栓塞栓症[94頁 ケース22]
  アルコール依存症患者の吐血[96頁 ケース23]
  悪性症候群による痙攣[108頁 ケース26]

索引

開く

精神科救急に携わる医師,研修医にも読んでほしい
書評者: 犬尾 英里子 (都立松沢病院・検査科(産業医・内科医))
 本を開き,息を飲んだ。あまりにも写真がリアルだからだ。本書は,精神科に勤める看護師向けに書かれた精神科救急の本である。

 精神科では患者自身が行った自傷,縊首,飛び降り,異物の飲み込みなどの院内アクシデントに遭遇することがまれではない。そうしたアクシデント現場の第一発見者となるのは看護師が圧倒的に多い。そんなときに青ざめ立ち尽くしている暇はない。一方で医療処置や患者のメンタル対応を行い,一方で救命救急搬送の段取りを行い,警察へ連絡し,家族や行政へ連絡し,と多くの対応を直ちに判断し,行動をとっていかなければならない。

 第1部「いざというときの動き方」では,応急処置が必要となったケース26例が,リアルに再現した写真とともに解説されている。1つのケースにつき,それぞれ直ちに行わなければならない医療処置,医学的な解説,とっさの声かけ,望ましい態度,避けるべき言動が見開きで完結する構成だ。一目ですべてが視野に入り,大事な所に視覚的に目が行くような本の作りになっている。

 第2部は「家族と看護師のフォロー」である。救急の現場では「救命」が第一になるため,関係者への心理的なフォローアップまではその場では十分かかわることができないことが多い。しかし本来,精神科救急で起きたショッキングなアクシデントが及ぼす心理的ストレスは深刻で,PTSDへつながり適切なフォローがなければ離職を考える人が出てもおかしくない。精神科病院の産業医である私の立場でも,この悩みをスタッフから聞く機会は多いので,必要性を強く感じる。

 第3部「搬送時サマリーの書き方」では,身体治療が必要となった患者を,精神科以外の病院へ搬送する際のサマリーの新方式が提案されている。「Firstサマリー」に病名,服薬情報,転送の理由となった状況,最終バイタル,搬送までに行った処置,キーパーソンを端的に記載する。続いてケアに必要となる情報は「Secondサマリー」に書き,追ってFAXで追伸すればよい,と提案されており,松沢病院のように身体合併症治療のできる精神科病院として患者を受け入れる側としては,確かにそうだとうなずくばかりだ。

 この本で精神科救急のアクシデントの状況を想定し,対応のシミュレーションを繰り返すことで,現実に遭遇した際に適切な行動がとれるであろう。新人看護師にとってアクシデント現場はあまりにもショッキングな場であろうが,本書を活用し,初心の志を打ち砕かれることなく,精神科医療チームの一員として成長してもらいたいと願わずにいられない。

 本書をめぐって松沢病院ではすでに看護師たちの勉強会が始まっているが,この本はぜひ救急医療に携わる医師,精神科医をめざす研修医にこそ読んでほしいと思う。松沢病院では病棟だけでなく,医局や図書館にも本書を入れた。精神科にかかわる全ての人に一読をお薦めしたい。
「いざ」を幾多経験したからこそ(雑誌『精神看護』より)
書評者: 横嶋 清美 (医療法人財団青溪会駒木野病院・精神科認定看護師)
◆よみがえる救急場面

 医療現場では突発的な救急場面に遭遇することがある。看護師であれば、精神科、一般科に限らず必ず経験するのではないだろうか。精神科の臨床現場では患者の命にかかわる場面が日常的に生じるわけではないが、自傷、自殺、事故、急変など、一瞬立ちすくんでしまうような想像を絶する事例に遭遇することがある。特にスタッフの少ない夜勤帯や朝方に突発的な場面は比較的多い。

 私自身も精神科勤務に就き20年近くになるが、突発的な救急場面には何度となく遭遇してきた。例をいくつか挙げる。
前日までお元気だった長期入院中の男性患者さんが朝食もすべて完食をされた後、「看護師さん、お腹が痛いんだよ。薬くれないか」とナースステーションに来られたのだが、まもなくその場に倒れこんでしまい、胃穿孔のよる急激なショック状態に陥り救急搬送となった事例。
練炭自殺を図り救急病院に搬送され、治療が終了したため精神科病院へ転院されたばかりの患者さんだったが、明け方に突然呼吸困難を起こし、酸素投与しても経皮的動脈酸素飽和度が全く上昇しないので、再び救急病院へ搬送。一酸化炭素中毒と診断され一命をとりとめた事例。
夜間の巡回時には睡眠状況や呼吸も確認していたものの、朝方に布団で全身を隠し、コンビニの袋を頭からかぶり自殺されていた事例、など。

 いずれも夜間や明け方に遭遇したものであるが、もちろん日中でもそれらは起こる。
病棟の一番奥の病室から突然「ガシャーン」という大きな音が聞こえたので駆けつけてみると、病室の窓をパイプ椅子で割り3階の窓から飛び降りて、骨盤骨折やその他の多発外傷を起こした事例。
糖尿病のコントロール不良で高血糖続いていた躁状態の激しい拘束中の患者さん。経皮的動脈酸素飽和度が上昇せず(多弁のためと思われていた)、救急搬送先で肺血栓塞栓症と診断された事例、など。

 記憶を辿るとその時の状況が多々思い起こされる。私自身はそういった場面に遭遇する機会は多いほうかもしれない。

◆精神科患者さんとの衝撃的な出会い

 なかでも私にとって鮮明に忘れられない事例がある。

 看護学校卒後、一般病院の手術室に勤務していた初夏のある日だった。1本の救急要請の電話が鳴った。精神科病院に入院中で40代の精神分裂病(いまの統合失調症)の男性が病院を離院し、自身の腹部を包丁で切り自殺を図ったという壮絶なケースだった。男性は腹部を真一文字に切り裂き、飛び出した大腸をも自身で切断し、道路を歩いていたところを通行人が発見し、救急搬送された。病院到着後、そのまま手術となった。

 私にとって精神に障害を持つ患者さんとの初めての出会いだった。救急隊のストレッチャーで手術室までの搬送の間、先輩看護師から患者さんに付き添うよう指示を受けたものの、何と声をかけてよいのか、どうしたらいいのか、困惑したまま傍に付き添っていた。手術が始まり、私の手から離れた瞬間、安堵した記憶がある。この出会いは私にとって衝撃そのものだった。

 手術数日後にこの男性患者さんの清潔ケアにかかわることがあった。閉眼したまま口元で声にならない何かをつぶやく患者さんの顔を見ながら、搬送されてきた日の状況を思い起こし、「あの時、本当に生死をさまよったんだよ。生きててよかったね」と思う反面、「何でこんなことを自分の身体にできたのだろう……こんなことをするほどつらい何かがあったんだろうか……何て声をかけたらよいのだろうか」と複雑な思いをかかえながら、先輩看護師と一緒にただ黙ったままケアに入った記憶がある。

 私が泣きそうな顔をしていたのか、一緒にケアに入った先輩看護師は「精神科の患者さんは突発的にこういうことをする人もいるんだよ。つらいことがあったんだろうね……」と言った。突発的にこんなことを起こしてしまう精神疾患を持つ患者さんがいるのだということに恐怖感や不安を覚え、私は精神科の看護師にはなれないと思うと同時に、患者さん自身もつらかったであろうが、かかわる看護師もその衝撃的な場面においてはさまざまな感情を持つのだと思った。そして看護師はそのような感情を自分自身で解決することも必要なのだろうが、果たして自分はそれをやり続けていけるのだろうかと不安を感じた記憶がある。

 なお、その患者さんは手術の数日後、敗血症を併発し亡くなった。

◆あの時吐露できなければ辞めていた

 それから十数年後、私はあるきっかけで一般病院を辞め、精神科の臨床現場に立つことになった。初めの頃は、患者さんから幻聴や幻覚、突発的に死にたくなる思いが噴き出してくるという話をひたすら聞かせていただいた。実際に自殺企図で「三途の川」を見てきたという患者さんのお話も伺った。十数年の時を経てようやくあの時の男性患者さんの事例を自分なりに昇華することができたように思う。

 もう1人、私にとって忘れることのできない患者さんがいる。後輩の看護師と2人での当直明けの朝食時だった。隔離中の女性患者が朝食のパンを誤嚥し窒息した。発見時、意識レベルは3桁、呼吸抑制もあったが、かろうじてかすかな自発呼吸があった。発見と同時に救急蘇生を行ったが、詰まったパンが気管から搔き出し切れず、気道確保も困難な状況だった。その後、救急病院へ搬送し、患者さんは一命をとりとめたものの、意識が戻ることはなく植物状態となった。

 救命病院への搬送後、ご家族は一次救命処置が適切に行われたのか、なぜパンを誤嚥したのかなどの疑念を持たれ、処置をした医師、看護師(後輩と私)、病院を相手に、処置の是非について法的に訴えるという話が伝わった。当時の隔離室モニターは録画が可能であり、数日後から当直した看護師と医師、上司と共に録画したビデオの検証が繰り返し行われた。この検証の後、後輩看護師は衝撃的な記憶や自責感などから心的外傷のストレスが加わり、検証に立ち会うどころか、一時は臨床現場に立つのもままならない状態になった。私はこの時に行った救命処置はその時にできた最大限の処置だったと今でも思っているが、繰り返される検証は職場の同僚やご家族など周囲から責め続けられているようで、この事故に関して私は周囲から孤立していった。

 最善を尽くしたとはいえ、結果的に患者さんが植物状態となってしまった事実があるのは救命処置が適切ではなかったためか、という噂話が飛び交うようになったことも、私たちの孤立を深める原因となった。職場の同僚も、私や後輩看護師とどう向き合ってよいのか困惑していたと、後になって聞いた。

 私は看護師という仕事から逃げたいと思っていた。あの時あれでよかったのか、何か足りなかったのではないか、他にできることがあったのではないか、そんな自問自答しながら自分自身を責め続けた。しかし職場ではそんな思いを表出できるとは考えられない自分がいた。

 そんなある日、救命救急やICUなどに勤務する看護師の友人たちと会う機会があり、私は心情を吐露する機会に恵まれた。言ってはいけない、言えないと追い詰めていた頃でもあったため、溜め込んでいた感情は、話し始めた途端爆発したらしい。友人たちも臨床現場での経験から「つらかったね。よく頑張ったね」と一緒になって共感し泣いてくれた時に、やっとわかってくれる人がいた、ここから解放されたという思いがした。私が、辞めてしまおうと思っていた臨床現場に今もなお立ち続けていられるのは、この吐露とその後も続いた友人たちからのケアがあったからだと思っている。

◆とりあえず目を通しておきたい

 予測できない突発的な救急場面はその言葉通り、突然やってくる。そのような場面では看護師は患者の命を守ることを最優先するが、同時に患者と医療者の安全の確保、患者の心に向けてのケアと、頭と手と体をフル回転させて行動することが求められる。しかし、精神科の臨床現場では急変事例が日常的に起こるわけではないため、緊急場面への実践経験は不足しがちであることは否めない。

 本書『精神科ならではのファーストエイド』の優れた点は、第I部ではいざという時の対処方法や患者へのかかわりかたが事例ごとによりリアルに記されているため、経験が浅い看護師でも事前にシミュレーションできる構成となっている点。第II部では対象の患者だけではなく、遭遇した看護師や家族へのフォローについても具体的な内容で記されている点。第III部では救急搬送時のサマリーの書き方として、搬送する側、される側双方の切迫した状況に配慮した内容がきめ細やかに記載されている点が挙げられる。

 いざという時はいつ来るかはわからない。その時のためにいつも傍に置いておきたい1冊ではないかと思う。

(『精神看護』2019年1月号掲載)
緊急場面で取るべき行動が明快に分かる1冊(雑誌『看護管理』より)
書評者: 笠原 真弓 (浜松医療センター看護部 看護長/救急看護認定看護師)
◆看護師として忘れられない経験

 看護師になって3年目,救命救急センターのスタッフだった私は,精神疾患を持つ患者Aさんとの関わりで今も忘れられない経験をしました。Aさんは処方されていた向精神薬や睡眠導入剤を多量に服用して救急搬送になり,急性薬物中毒の診断で救命救急センターに入院になりました。
 私は入院時からAさんを担当しました。Aさんは「死にたい」と泣きながら言い続け,目を離すことができない状態でした。看護師経験が浅かったこともあり,私はAさんにどのように話しかければよいか分からず,安全確保のために病室内にあった物を片付けることくらいしかできませんでした。
 そしてAさんが眠っていることを確認し,その間に他の業務を行うために病室から離れ,しばらくしてAさんの部屋の前を通ったその時です。病室の窓から外に出ようとするAさんの姿を発見しました。私は叫びながらAさんのもとへ走り,Aさんの腰を持って外へ出ないように必死に押さえて応援を呼びました。
 飛び降り寸前のAさんの姿は今でも脳裏に焼きつき,恐怖がよみがえります。結局,精神科病棟を持たない当院では対応できないと判断され,Aさんは精神科病院へと転院していきました。私がAさんを1人にしたことでこうした結果になってしまったと,今でも思っています。
 以来私は,精神看護について書籍などで学ぶよう心がけてきました。しかしこれまで,実際の緊急場面をイメージでき,現場での問題解決につながる書籍には出会いませんでした。こうしたこともあり,精神疾患を持つ患者さんへの関わりは,“何が分からないのかが分からない”という不安な感覚のまま,根拠よりも経験を基に続けてきたように思います。スタッフに精神疾患を持つ患者さんへの対応について教育する際も,自信を持ってできたとは言えないように思います。

◆一般急性期病院でも活用できる

 そのような中,本書を手に取って内容を見た時,あまりにリアルな写真とその点数の豊富さに驚き,文章より先に見入ってしまいました。
 本文では,想定される場面や急変場面でまず何をするべきなのか,次にどのように行動すればよいのかが分かりやすく書かれています。特に,代表的な緊急場面において看護師が取るべき行動が,「とっさの声かけ」「望ましい態度」「避けるべき言動」の3つのポイントで明快にまとめられており,本書は「現場で活用できる!」と思いました。
 併せて,精神科病院と一般急性期病院間で活用できる「搬送時サマリー」のフォーマットが付いており,その書き方が解説されています。当院は精神科病棟を持たないため,治療目的で患者さんが精神科病院に転院となるケースがあります。その際のサマリーにどのような内容を記述すれば双方の病院にとってよいのかが分かり,参考になりました。
 本書は,精神疾患を持つ患者さんと関わる機会がある一般急性期病院の看護師にとっても必読の1冊です。「精神看護には自信がない」「不安がある」と感じている人にこそ手にとっていただきたいです。

(『看護管理』2018年10月号掲載)
苦しみの主観的体験への道標に(雑誌『看護教育』より)
書評者: 清水 隆裕 (聖隷クリストファー大学)
 本書を開くと,凄まじい自傷行為の再現場面がありありと迫ってきます。精神科とか急変時の看護実践という視点で眺めると,危機的状況におかれた患者さんの身体的安全を,どう取り扱うのが最善なのかという実践的方法論がていねいに説明されています。現場の看護師には,お守り代わりの一冊となるでしょう。

 さて,看護教育という視点で眺めた場合は,著者が「患者さんの心に向けてどう声かけし対応するかが決定的に大事」と述べているように,自傷や自殺企図をせざるを得ない主観的体験に,思いをはせられるようなこころの醸成に主題があるように見えます。

 教員は自傷や自殺企図という行動自体ではなく,患者さんがそう行動せざるを得なかった体験に向かえるよう,学生に道標を示すことが求められます。そのため私は学生に「自傷しないと,こころの安定が保てない苦しみが想像つきますか?人生に対する絶望とその呻き声が聞こえますか?(少なくとも私には難しい)」と,問いかけます。しかし,学生を苦しみの体験に導くことはとても困難で,言葉だけが上滑りしやすい。

 著者は「精神科での看護経験がある人ならば,(中略)そうせざるを得ない理由があったのだろうと容易に理解することができると思います」と,言っています。学生は,実体験がないからわからないのです。「看護のこころが発展中の学生に,病を抱えた人間の苦悩や苦しみをどうやって伝えるのか?」という難しさです。

 今までの教科書は,「自傷したときの気持ちを受け止める」などと記述されていました。しかし,学生は知識として理解できたとしても,実体験として知っていないため,自傷行為に至るこころがどれだけ凄まじい状況か,想像が追いつきません。

 そうしたとき,画像付きのリアルな状況が見られる本書があれば,疑似実体験として,学生はその心情に思いをはせることが可能になります。そのとき教員から「そうせざるを得ないこころが,想像できますか?」と,問いかけがあれば,学生はどれだけ願っていても,患者と同じ苦しみの地平に立つことは難しいと気づけます。大切なことは,相手の気持ちは完全にはわからないという気づきです。その気づきは,不全感に苦しみながらも努力しつづける信念につながります。その苦悩と忍耐が,患者─看護師関係から,限界を抱えた真の人間同士の出会いを開くのです。そこがこの本書の潜在能力として,今までの本と圧倒的に違うところです。そのとき,強者(ケア者)─弱者(患者)の一方通行の関係から,限界と弱さを抱えた人間同士の相互的な関係性のなかに在ることが培われていくことでしょう。

(『看護教育』2018年9月号掲載)
利用者さん、患者さんの一番の味方になるために(雑誌『精神看護』より)
書評者: 大藪 舞 (株式会社N・フィールド 居宅事業本部 教育専任室 室長・看護師)
◆1人が基本の訪問看護で

 精神科に特化した訪問看護に従事するようになり10年が経ちました。訪問看護の前は精神科単科の病院で3年間ほど、病棟看護師として働いていました。病棟勤務時代は精神状態の急性増悪や、脳梗塞といった身体疾患による急変、窒息事故などがあったものの、すぐに他の看護師や医師が駆けつけてくれたので、私はチームの一員として看護に当たることがほとんどでした。
 訪問看護に従事している今は、精神科ならではの自傷、自殺、事故、急変時に1人で対応しなければならないので、「1人でも冷静に、かつ正しい対応ができるように、もっと知識を深めなければ!」と奮起しながら日々を送っています。
 そんななか『精神科ならではのファーストエイド』に出会い、リアルな写真に衝撃を受けるとともに、丁寧に書かれた「とっさの声かけ・望ましい態度」「そのとき患者さんに何が起きているのか」という解説を読むうちに、過去の自分の経験やスタッフのエピソードが思い出されたのでお話ししたいと思います。

◆皆の前で自殺を図ろうとしたAさん

 20代女性、解離性障害疑いのAさんへ訪問看護を提供していた4年ほど前、当時の地域の支援者たちと、Aさん宅で支援者会議を行うことになりました。当時、Aさんは地域の支援をあまり必要と感じておられず、支援者が自宅に訪ねても不在だったり昼夜逆転で熟睡されていたり、なかなかケアが受けられない状態にありました。そこで本人も交えてご自宅で支援者会議を開催し、本人にとって必要な支援方法について話し合いをしようとしたのです。
 その最中、Aさんにとっては非常に耳の痛い話をする場面がありました。これは本人が自身の障害にどう向き合っているのか、今後どのような人生を歩んでいきたいのかを知るためにも必要な話であり、その話題を進行する支援者は嫌われ役を買って出てくれていました。耳の痛いことを問いかける時は、Aさんを責めず、また、責めていると思われないような口調や声のトーンだったと記憶しています。
 しかし、こちらの意図は届かず、Aさんはみんなに責められていると感じてしまいました(そのように受け止めることが、本人を苦しめる「症状のクセの1つ」でもあったのですが)。話の最中、Aさんはおもむろに台所へ行き、包丁を取り出しご自身の首を切ろうとしたのです。
 支援者たちはあわてて止めに入り、なんとか外傷なく包丁をAさんから遠ざけることができましたが、次に彼女はベランダに出て十数階の高さから飛び降りようとしました。支援者たちの阻止と説得で落ち着きを取り戻したAさんでしたが、その後は泣きながら「誰も味方がいない。皆に自分は必要ないと思われている」と訴えていました。
 今思い返せば、あの時の自分はAさんにとって味方ではなかったことや、Aさんが背負っている障害や生い立ち、価値観、感情の表出方法を十分に把握していなかったこと、本人にとって耳の痛い話を皆の前で伝えるメリットとデメリットについて十分な検討がなされていなかったことなど、反省すべき点がたくさん挙げられます。また、実際に自傷・自殺行為が遂行されてしまったら自分は冷静に対応できていただろうか、これが自分1人で対応していた時に起きていたらどうなっていただろうかと考えると、冷や汗が出る感覚が今でもあります。

◆縊首を発見したスタッフのエピソード

 次は、同じ訪問看護ステーションのスタッフが経験した、私の心に刺さったエピソードです。

 訪問に伺った際、玄関に入ってすぐの階段で、紐で首をくくって利用者さんがぶら下がっている状態を発見しました。体が投げ出された階段は吹き抜け状になっており、自分1人で体を持ち上げられる状況ではありませんでした。マニュアルには、体に触れて救助に努めるなどが書かれていましたが、消防や警察に連絡をするのが精一杯でした。消防や警察は直ぐに駆けつけてくれましたが、心肺停止状態でした。しかし、自殺した時間(首を吊ったのは訪問の20~30分ほど前と思われること)を聞き、自分に何ができたのか、何かできたはず、との思いが渦巻きました。
 消防や警察が到着するまでの間に、自分はもっと何かできたのではないか、と今でも思います。その場でどのような行動を取るべきだったのか、と何度も何度も考えます。
 他の利用者さん宅で、同じような構造の階段を見るたび、その光景がよみがえります。このような状況下で、自分は何ができたのでしょうか。何をしなければならなかったのでしょうか。

 この話を聞き、その時のスタッフの驚きや悲しみ、後悔、そして利用者さんの死ぬほどつらかった状況や絶望感に共振し、いたたまれない気持ちになりました。そして私自身が経験したAさんのエピソードもよみがえりました。力が抜けていくような無力さも感じますが、それと同時に「同じ経験をしない! させない!」と強く思う自分もいます。
 相手の心がデータでは読み取れないのが精神科です。だからこそ、「病気や障害の特性を深く知る」「言葉や動作、生活面、治療状況等から心(精神)の状態を正しく読み取る」「精神科ならではの自傷や自殺、事故、急変した時だからこそ、相手に寄り添い、心の状態をアセスメントしながら迅速に正しい対応をとれるようにしておく」ということが精神科看護師の役割なのだと感じています。そして、この役割を果たしてこそ、利用者さん、患者さんの味方になれるのだと考えます。

◆目をそむけずに、困難な状況に備えたい

 つらい経験があっても、これからも精神科に携わりたい、利用者さん、患者さんの味方でいたい、と思います。この『精神科ならではのファーストエイド』は視覚的なインパクトと共に、とっさの声かけと望ましい態度、発見時はまずどう動くのか、出血量と止血点のポイントなどのおさらいがわかりやすく説明されています。
 さらに、自傷・自殺行為をする患者さんの心理を理解するための解説や、スタッフのデブリーフィングの方法にまで触れられており、今後困難な状況に直面した時に必ず役立つ1冊だと思います。看護師だけでなく、医療にかかわる多職種の皆さんがこの本を学ぶことで、利用者さん、患者さんの一番の味方になっていかれることを願っています。

(『精神看護』2018年9月号掲載)

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。