医学界新聞

対談・座談会 栗原健,小西竜太,田中和美

2024.02.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3553号より

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 患者の安全確保は診療時に最も優先される事項であるものの,人は誰しも間違えるものであり,特に研修医は知識・技術,経験が十分とは言えないことから,潜在的にエラーを生じさせやすい集団とも表現できます。しかも多忙な日々を送る研修医が,患者安全を体系的かつ効率的に学ぶ機会は乏しいのが現実です。

 そこで本紙では,研修医が技術の研鑽に励む際に「安全性を担保した上で質の高い研修をどう実現するか」について具体的な指南を行う新連載「レジデントのための患者安全エッセンス」を4月よりスタートさせます。同連載で編集を務める栗原氏を司会に,研修医が患者安全を学ぶ意義と方策を共有してもらいました。

栗原 週刊医学界新聞では,「レジデントのための『医療の質』向上委員会」という連載が約10年前に掲載されていました。それから時が経過したものの,その内容は今でも色あせていません。そこで同連載で紹介された患者安全に関する基本理論をもとに,4月より開始される新連載「レジデントのための患者安全エッセンス」では,経験が浅いにもかかわらず責任が重くのしかかる研修医に対して,「安全性を担保した上で質の高い研修をどう実現するか」を端的に伝えることを狙いとしています。本日は,前回の連載に携わられた小西先生,また患者安全の国際動向および医学教育に造詣の深い田中先生に参画していただき,患者安全マインドを研修医に根付かせるための方策を検討していきます。

栗原 議論を始めるに当たって,まずは患者安全を取り巻く問題がどう変化してきたのかを振り返りたいと思います。日本の場合,医療事故の発生を一つのきっかけとしてさまざまに対策が講じられてきました。その端緒は1999年に横浜市立大学病院で起こった患者取り違え事故,また都立広尾病院での薬剤の誤投与による死亡事故でしょう。

小西 私は,それらの医療事故が発生して間もない2002年に医学部を卒業したこともあり,頻繁に注意喚起がなされていた当時の様子をよく覚えています。医療訴訟の件数の全国的な増加も相まって,訴えられないための「ディフェンシブな対応」を医療者は心掛けるようになっていました。

田中 2000年代は医療者自身の身を守るための教育が展開されていましたよね。その頃に私も医学部に入学したので記憶に残っています。カルテの書き方一つとっても,訴訟に耐え得ることが条件の一つとして細かく指導されました。

小西 そうした考え方がだいぶ薄れてきた2010年代,QI(Quality Indicator)指標が意識されるようになり,先々の医療の質を改善していくための,どちらかと言えば「オフェンシブな対応」へとシフトしてきました。この変化は,患者安全にまつわる診療報酬加算の充実や医療事故情報収集等事業などの制度面の改革にも後押しされたのだと考えます。

栗原 時代を経て,少しずつ患者安全に対する考え方も変わっていることがわかりますね。

小西 ただ,本質的な意味でのアウトカムの変化はあまりなかった印象を持っています。

栗原 なぜそう感じるのですか。

小西 診療報酬加算の取得をめざすとなると,アウトカムの向上ではなく「加算をどう獲得するか」というストラクチャーの整備に主眼が置かれてしまうからです。この問題は出来高払いである診療報酬の仕組みに鑑みると致し方ないのですが,アウトカムに意識が向きづらくなっている現状があります。また,そもそも患者安全のアウトカムを評価するための研究があまりなされていないことも課題と言えるでしょう。

田中 別の背景もあると思います。例えば10年,20年前と医療水準が変わっていないのであれば,現在の医療提供体制は極めて安全なものになっていたはずです。しかし医療技術の進化によって,より高度で複雑な医療を提供できるようになったことから,相応のリスクが新たに発生しました。高齢化による患者層の変化も同様の新たなリスク要因となっています。さらなる医療の発展,高齢化が見込まれる今後を見据えると,訴えられないための患者とのかかわり方を前提に考えているようでは恐らくこの先必ず行き詰まります。患者と共に互いに納得のいく医療を実現するための共同意思決定(SDM)の流れが近年でき始めたことは,従来の医療提供の形から脱却してきたことを表しているのではないでしょうか。

栗原 まさにその通りですね。そうした変化は卒前教育にも影響を及ぼしており,2024年度の入学者から適用される「医学教育モデル・コア・カリキュラム」(令和4年度改訂版)1)では,安全な医療の実践が診療技能における学修目標であることと明確化されています。すなわち,これからを生きる医療者にとっては,より必須のマインドになっていくと言えそうです。

栗原 では一体,研修医に患者安全の何を学んでもらいたいのか。何らかの事案が起こった際に病院がどう動くかのスキームを知ってもらいたいと私は考えています。例えば自身の提出したインシデントレポートは院内でどう活用されているのか。こうしたスキームを把握することは,長い医師人生を送る中では重要な要素だと思っています。

田中 同感です。当院では,医療の質・安全管理部をローテーションで回る研修体制と,他の診療科で研修をしながらスポットで医療の質・安全管理部の事例ミーティングに参加してもらったり,リスクマネジャー会議に出席してもらったりする並行研修の体制を整備しています。事例検討の中ではインシデントをベースにさまざまな疾患や手技に関する話題も飛び交いますので,「勉強になる」と研修医からは好評です。また,ディスカッションの様子を目にすることで,「インシデントレポートを読む側が何を重視しているかが理解でき,書く際の要点がわかりました」と口をそろえて話してくれます。

栗原 まさにスキームを学ぶことで視点が変わり,患者安全マインドを育むきっかけになった実例ですね。

小西 研修体制の整備と併せて,日常業務をこなしながらも自然と患者安全を学べるような風土・環境を構築していく必要もあるでしょう。以前勤めていた施設では,入院診療計画書が発行されるタイミングで深部静脈血栓症のリスク評価をするチェックシートが印刷されるよう設定していました。すなわち,リスク評価をしなければ入院手続きができない仕組みにしたのです。そうすることで,入院時に必ず行わなければならない業務だと覚えてもらう。似たような仕組みを病院の至るところにちりばめておくと,本人も知らず知らずのうちに実行できるようになります。

栗原 ナッジの手法を応用するのは興味深いです。

小西 若手の時にルーチンで行っていた業務はベテランになっても継続して取り組んでいることが多いですよね。やらないとむずがゆくなる感覚です。患者安全の手法を学んだ人が増えていけば,組織としても自然とボトムアップしていきます。

田中 その上で私としては,業務の中で「何かおかしいな」と感じたことがあれば,研修医側からも発信をしてほしいとの思いがあります。例えば診療科や病棟ごとに異なるローカルルールです。当院では病棟によって異なっていた注射オーダーに関するルールがローテート中の研修医の報告をきっかけに標準化されました。差異の存在は,不慣れな環境で働く研修医にとってはインシデントの種であると同時に,患者安全に貢献できるチャンスでもあります。研修で複数の診療科を回る研修医には,このような違いの発見にも一役買ってもらえればと思っています。

栗原 長年働いている医療職ではなかなか気付けないことも多々ありますので,新鮮な目線で違いに気付きやすい研修医が院内の文化を変える可能性は大いにあり得ます。

田中 研修医は声を上げにくいと思いますが,勇気を持ってチャレンジしてほしいです。また,その報告を受けた周りの医療者の対応も重要です。「指摘してくれて助かったよ」と言えるか,「そんなことはどうでもいいことだ」と適当にあしらうかで,その後が大きく変わります。間違いなら間違いだったでいいと思うのです。その時は間違いの理由を丁寧に教えてあげればいい。些細な指摘をポジティブな成功体験として研修医の記憶に残せると,同じように感じた時にまた声を上げてくれるようになります。

小西 皆が自由に発言できる雰囲気づくりは大切です。指導医をはじめ中堅・ベテランスタッフの意識を変えていく必要があるでしょう。率直に言い合える職場は組織として強いです。

栗原 当院では,今話題に挙がったオープンなコミュニケーションができる組織文化の醸成に向けて,教員・指導医クラスを対象とした患者安全の講習を行ってきました。重要性が徐々に理解されつつある印象を受けていますが,まだ道半ばですね。

田中 ヒエラルキーをなくそうとの医療界全体の動きはあるものの,いまだに残り続けていることは否めません。言い出しづらいと考える他職種も多いと思います。そのため研修医だけにフォーカスを当てるのではなく,チーム全体で誰もが声を上げられるような心理的安全性を担保した環境を作っていくべきなのでしょう。海外では,ICUスタッフがチームワーク研修を行ったところ,研修前と比べてICUの在室日数が50%減少したとの報告もあり2),今後ますますチーム医療の在り方に注目が集まっていくはずです。

小西 心理的安全性が担保された組織でなければ研修医も安心して研修ができないと思います。疑問を持った時に質問できないような施設では萎縮してしまいますから。

栗原 どの部門でもローテートする研修医は初学者ですので,うまく巻き込んで研修体制を構築できるかが大事です。研修医が安心して伸び伸び育つ研修環境は,患者安全の観点からも良い組織と言えます。研修医だけではなく,指導医側,それから病院組織全体としても考えを改める必要があるでしょう。

田中 一方で難しいと感じるのは,患者安全マインドの重要性をいかに伝えるかです。従来の「訴えられないように」という危機感をあおる方法では核となる理念の部分が欠落して伝わってしまう恐れが高い反面,「患者さんの安心・安全のために患者安全を意識してください」と訴えても,関心を持ってくれる方は少ないです。

栗原 患者安全への意識を高めるための工夫が必要ですよね。

小西 医師となり研修が始まると,新しい医学的知識や技術習得に誰もが追われます。そのため患者安全については個人の関心・努力に頼らざるを得ないケースが多々見受けられ,問題を察知する感受性にバラつきが生じています。このバラつきをいかに抑えるかが患者安全を効果的に実装していくための鍵でしょう。こう考えるようになったのも,『組織で生きる――管理と倫理のはざまで』(医学書院)という本との出合いがきっかけです。患者に何か問題が起こった時におかしいと気付ける倫理的感受性があるかどうかが重要と,著者の勝原裕美子さんが述べられていました。感受性を養っていくにはやはり個人の努力だけでは難しく,個人を取り巻く環境の整備が求められると考えます。病院の総合力が試されていると言っても過言ではありません。

 米国のメモリアル・ハーマンヘルスシステムという病院グループでは,患者に対する回避可能な害をゼロにするZero harm活動を推進しています。ある病棟で転倒・転落の件数が100日間0件であったならば,それを記念しスタッフ全員で喜びを分かち合うなど,不確実性の高い医療の中でも「皆で努力すれば難題を乗り越えられる」とのポジティブな文化を院内で構築しているのです。医療安全の分野では,褒めるというフィードバックがしづらい中で,患者安全に関する情報提供をポジティブに取り扱っていることは大変勉強になりました。

栗原 田中先生が策定にも携わられたWHOによる「世界患者安全行動計画2021-2030」3)でも,Zero harmがビジョンとして掲げられていますよね。

田中 ええ。策定に当たってZero harmの概念を取り上げるかどうかは議論になりました。もっと現実的で達成可能な目標にしたほうがよいのではないかとの考えからです。しかしゼロをめざさない限り事故の件数は減らないはずだとの結論に落ち着き,限りなくゼロに近づけていくことが計画に盛り込まれる形となりました。

栗原 Zero harmを達成することは難しいかもしれませんが,理念を掲げ,病院全体が患者安全の実現に向かって努力していくことは大変意義のあることです。「世界患者安全行動計画2021-2030」は田中先生を中心に日本語訳がなされ無料で公開されていますので,多くの方にご覧いただきたいです。

田中 私が現在最も意識しているのは地域連携です。患者は大学病院,市中病院,そしてクリニックなど地域のかかりつけ医と,さまざまな施設を行き来し,同じように研修医もさまざまな施設で育っていきます。けれども大学病院でしかできない患者安全,市中病院でしかできない患者安全というものは存在しません。患者安全マインドを涵養していく意義は変わらないはずです。だからこそ地域全体で連携を取りながら共に患者安全マインドを作り上げていくべきだと思っています。今後はより一層,普及・啓発の活動に励んでいきたいです。

小西 病院は研修医を守る医療安全システム・風土をつくる一方で,研修医自身には安全への感受性や患者への思いやりなど自律的な力を醸成してもらいたいです。私個人としては,今後は企業で経験した視点をもって,医療機関の質安全に貢献していきたいですね。

栗原 座談会を通じて,研修医への安全教育の核の部分は不変であるが工夫の余地があること,研修医を育む研修環境と安全文化は密接にかかわっていることを改めて感じました。これから巣立つ研修医は,医学部入学時から病院内に安全管理体制が当たり前に存在する世代です。そのような研修医により一層,患者安全マインドを育んでもらえるよう,全国的な普及・啓発活動は今後も重要だと思います。そして,患者安全マインドの醸成と共に,何を行うべきかの明示も重要です。新連載では研修医自身が安全な医療を提供する上で研修中に何を学べばよいか,何を行うべきかについても具体的な内容を伝えていきたいと考えています。

(了)


1)モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会.医学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版.2022.
2)J Crit Care. 2003[PMID:12800116]
3)WHO,田中和美(他訳).Global Patient Safety Action Plan 2021-2030 日本語版.2023.

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名古屋大学医学部附属病院 患者安全推進部

2015年日医大卒業後,同愛記念病院で初期研修,浦添総合病院で内科後期研修を修了する。米ミシガン大へ留学中に医療の質・患者安全の領域の重要性を意識するようになり,帰国後は浦添総合病院でホスピタリスト部門の立ち上げに携わる傍ら,最高質安全責任者CQSOプロジェクトを修了。名大病院患者安全推進部を経た後,厚労省に入省し,医療安全施策を担当する。23年より現職。4月より本紙で開始される連載「レジデントのための患者安全エッセンス」では編集を務める。

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エム・シー・ヘルスケアホールディングス株式会社CSO/CMO

2002年北大医学部卒。沖縄県立中部病院,沖縄県立南部医療センター総合内科,関東労災病院医療マネジメントフェロー。米ハーバード大公衆衛生大学院に留学し,医療政策・管理学修士号取得。帰国後は関東労災病院にて救急総合診療科部長,経営戦略室室長,卒後臨床研修管理室室長を担い,19年より三菱商事を経て現職。現在は医療流通や医療経営支援,病院DX化等のヘルスケアビジネスに従事する。

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群馬大学大学院医学系研究科 医療の質・安全学 教授

1998年東大薬学部卒業後,同大大学院薬学系研究科修士課程を修了。群馬大医学部へ学士編入し2004年に卒業する。同大病院にて消化器外科医としてのキャリアをスタート。シミュレーションセンター「スキルラボセンター」の責任者に任命されたことをきっかけに,患者安全の世界に足を踏み入れることに。19年には学内に設置されたWHO協力センターを通じてWHO本部へ派遣され,「世界患者安全行動計画2021-2030」の策定にも携わった。23年より現職。

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