医学界新聞

寄稿 北村温美

2024.02.05 週刊医学界新聞(通常号):第3552号より

 2001年に米国医学研究所(当時)が21世紀医療でかなえるべき6つの目標の1つとしてpatient-centeredを掲げて以来1),患者の価値観を尊重することは世界中で重視されてきた。昨今は病院で治療を受ける「患者」としてだけでなく,日々の暮らしを病と共に生きる「一人ひとりの生活者」としてとらえるperson-centeredという言葉が用いられる。Person-centered careとは単に患者の意見を優先することではなく,「個人への尊厳,共感,敬意の念をベースとした統合的で個別化されたケアであり,enabling careである」と英国では定義され2),人々がそれぞれ持つ強さと力に気づき,自律的で充実した人生を送るため(ウェル・ビーイングのため)の力をエンパワメントするものであると説明されている。

 医療が進歩し多様な治療選択が可能となり,社会的・身体的変化の中で長期にわたり治療を継続しながら生活を送る現代において,このperson-centered careの考え方はますます重要視され,研究や診療の目標として各分野で取り入れられている。筆者が長年携わってきた腹膜透析医療においては,数値目標ではなく「患者の人生のゴールをかなえること」を治療目標とする画期的なガイドライン(至適処方に関するガイドライン)が2020年に国際腹膜透析学会から発表された。

 Person-centered careの指針は各種あるが,いずれにおいても共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)のプロセスを経て,患者に自身の価値観を言語化してもらい,患者の暮らし・生きがいを守るための治療・ケアを共に考えることで,患者が治療に前向きに取り組む患者参加(patient engagement)を支援することが不可欠とされている。筆者は腎不全診療における患者参加をめざしてSDMに取り組んできたが,この実践は臨床現場では非常に難しいことを感じていた。医療者とは考え方の異なる患者のマインドを理解し,患者自身の価値観を引き出した上で柔軟に治療法を提示することには,経験に基づくスキルや知識,十分な時間が必要であるからだ。長時間の説明後に了承を得て開始した治療であっても,「こんなことになるとは思っていなかった」と患者に言われた経験は多くの医療者が有するのではないだろうか。

 透析療法には血液透析(HD)と腹膜透析(PD)があり,いずれを選択するかにより生活スタイル等が大きく異なる。透析が必要と主治医に言われ,喪失感と透析への拒否感でいっぱいの患者・家族に透析療法に関するSDMを行うことは容易でない。そこで筆者らは,患者参加を促す方法として,腹膜透析診療において患者同士の情報共有の場を積極的に設けている。以下に実践例を提示する。

◆透析療法選択時のMeet-the-Experts

 当院では定期外来受診の先輩患者・家族と,透析療法選択のため受診した後輩患者・家族とが対面で自由に話し合うMeet-the-Expertsと称した取り組みを日常的に行っている。同じように透析導入前の不安な時期を乗り越えてきた先輩患者から真の共感を得て,また透析療法を行いながら家事,仕事等を元気に続けている先輩の姿を見て,後輩患者・家族の不安が軽減し(時には笑いも生じ),自身の透析療法について前向きに考えることができるようになる。医療者からの説明だけでは成し得なかった患者参加が,先輩患者との面談で一気に進むことをスタッフは皆実感している。

◆PD Café

 PDを継続中(あるいは検討中,あるいは終了しHDに移行した)の患者・家族を対象に,PD Caféという患者会を年に1回開催している。2008年から16年まではレクチャー形式で患者会を開催していたが,参加者から「もっと他の患者さんと話がしたい」との声が寄せられたことから,17年からは参加者5~6人が1つのテーブルを囲んで経験を話し合うワールドカフェ形式(写真)に変更した(20年からの3回はCOVID-19の影響で休止)。

3552_0201.png
写真 ワールドカフェ形式で行われるPD Caféの様子

 同方式は,3つのテーマ(なぜPDを選んだか,困っていること,教えてあげたい工夫など)について20分ごとに席替えをしながら話し合い,共有されたアイデアや意見をテーブルクロス代わりに敷いた模造紙に書き留めるもので,短時間で参加者全員のアイデアが共有できるというデザインである。参加後のアンケート結果から次の5つの効果があることがわかった。①患者・家族はそれぞれが持つオリジナルの経験知を集約的に学習できること,②共感を通じてつながりを実感できること,③先輩患者の話などから少し先のことを想定し備える力を得られること,④先輩患者にとっては自身の体験を他者に伝えることが新たな生きがいとなること,⑤医療者にとっては患者・家族の持つ力の大きさに驚き,person-centered careの重要性を学習する場になることである3)

 Meet-the-Experts,PD Caféのようなpeer-to-peerのネットワーキングは,治療法選択時を含め,治療開始後も大小の擾乱と意思決定の連続である腎不全患者にとって,具体的な解決法だけでなく精神的サポートを得られる重要な機会であり,患者の望むpatient journeyを支援するものになると考えられた。

 腎不全以外の疾患領域でもpeer-to-peerなつながりが有用かを調査するため,われわれは令和元年度厚生労働科学研究費補助金地域医療基盤開発推進研究事業における「患者・国民の医療への主体的な参加を促す患者つながりサポートシステムの構築」(研究代表者:中島和江)の一環として,当院通院中のがん,糖尿病を含む慢性疾患患者111例を対象に,ピアサポートのニーズと効果に関するアンケート調査を実施した。結果,約6割の患者が不安な気持ちの共有や経験に基づく具体的な助言を求めて,同疾患の他患者と話がしたいと回答している。実際に同疾患の患者と対話した経験のある患者(46人)は,対話により安心感が得られ,治療に前向きに取り組む意欲が出たとの回答を得ている(論文投稿準備中)。これらの結果はいずれの疾患群においても同様であったことから,ピアサポートは広い疾患群で有用な可能性がある。ただし,同じ疾患群でも予後や治療効果が個々の患者により大きく異なる場合には,対面相手の選び方や場の設定,ワールドカフェのテーマの選び方などに配慮と工夫が必要になると思われる。

 筆者らのpeer-to-peerネットワーキングの取り組みやアンケート調査結果,また海外の文献4)から,仲間同士のつながりは患者の不安を軽減しエンパワメントする効果があると考えられる。患者間の情報共有の方法として,オンラインや対面での対話,WebやSNSでの情報共有等,さまざまなスタイルがあり,個々の好みや状況により求められるピアサポートのスタイルは異なると思われるが,将来的には仲間とのつながりを必要とする患者が安心して必要時にアクセスできるよう,peer-to-peerネットワーキングの機会がさまざまな形で日常的に提供される仕組みづくりが望まれる。はじめの一歩として今すぐに医療者が取り組める重要なことは,「どの患者も固有の経験知を有し,障壁を乗り越える強さと力を持つ」ということをしっかりと認識すること,そしてピアサポートを求めている患者と先輩患者をつなげてあげることである。


1)Institute of Medicine Committee on Quality of Health Care in America. Crossing the Quality Chasm:A New Health System for the 21st Century. National Academies Press, 2001.
2)The Health Foundation. Person-centred care made simple. 2014.
3)Kitamura H, Nakajima K. Peer-to-Peer Information Sharing for a High-Quality, Autonomous and Efficient Health Care System. Braithwaite J, et al(Eds.). Resilient Health Care Muddling Through with Purpose, Volume 6. CRC Press;2021. pp. 137-46.
4)Psychooncology. 2022[PMID:34981594]

3552_0202.jpeg

大阪大学医学部附属病院中央クオリティマネジメント部 助教

1999年阪大医学部卒。同大病院,大阪府立病院(当時)にて研修後,りんくう総合医療センター市立泉佐野病院腎臓内科。2004年阪大大学院医学系研究科博士課程へ進学。08年に修了後,同大大学院医学系研究科腎疾患統合医療学寄付講座特任助教などを経て,14年同大病院中央クオリティマネジメント部。21年より現職。04年より同大病院にて腹膜透析診療に携わる。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook