医学界新聞

FAQ

寄稿 荒木秀明

2024.01.15 週刊医学界新聞(通常号):第3549号より

 腰痛は生涯で成人の約80%の人が経験すると言われています。そのうちの約85%が,神経学的所見が無く,画像所見と一致しない非特異的腰痛とされてきました。しかし,外来通院中の腰痛症320例を対象に詳細な問診,理学検査や診断的ブロックによる鑑別診断を行った研究では,疼痛発生源が確定できなかった非特異的腰痛は70例(22%)であり,250例(78%)は特異的腰痛として疼痛発生源を確定できたとの報告があります1)。このことから腰痛の適切な治療に向けて,詳細な問診と理学検査の重要性が指摘されています。

 Chouらは腰痛診療のアルゴリズムで明瞭に分類しています(2)。レッドフラッグは危険信号を示し,重篤な疾患である原発性脊椎腫瘍,転移性脊椎腫瘍,炎症性疾患,化膿性脊椎炎,椎体骨折の合併等が疑われる腰痛が代表的疾患で,原疾患の特定と治療が急がれます。

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 腰痛診療のアルゴリズム(文献2より)
レッドフラッグありは特異的腰痛であり,原疾患の特定と治療が急がれます。レッドフラッグがない場合,神経症状の有無を問診します。神経症状が確認された場合は特異的腰痛となり,画像検査とレッドフラッグなどの再評価を行います。

 レッドフラッグを除いた特異的腰痛の代表的疾患は,椎間板ヘルニアです。画像検査で確認でき,前屈時痛により前方構成体の障害が考慮され,さらに下肢症状を有する場合もあります。椎間板ヘルニアの治療は自然縮小を目的とした保存療法が柱になりますが,強い麻痺や,耐え難い痛み,膀胱直腸障害がある場合には手術療法が検討されます。

 後屈時痛がある場合は後方構成体の障害が考えられ,代表的疾患は腰部脊柱管狭窄症です。高齢者で後屈時痛と下肢症状がある場合には,まず腰部脊柱管狭窄症を疑います。特に下肢症状として,歩行による痛み,筋力低下,知覚異常,反射異常,間欠性跛行を主訴とします。歩行によって疼痛やしびれが出現する場合は,末梢動脈疾患と鑑別するため,どのような姿勢で症状が緩和するのかを問診で確認します。腰部脊柱管狭窄症では,腰を曲げて休むと楽になるのが特徴です。治療は椎間孔の開大を目的とした4~6週間の保存療法が中心となりますが,中心性狭窄による膀胱直腸障害がある場合には手術療法が検討されます。

レッドフラッグでは重篤な脊柱疾患が疑われ,原疾患の特定と治療が急務です。レッドフラッグがない場合は,下肢症状の有無を確認します。下肢症状と前屈時痛がある場合は椎間板ヘルニアを,下肢症状と後屈時痛がある場合は腰部脊柱管狭窄症を考え,画像検査から再評価を行います。椎間板ヘルニアと腰部脊柱管狭窄症では,強い痛みや膀胱直腸障害が無ければ,4~6週間の保存療法を行います。


 腰痛回復症例(以下,回復群)と,腰痛持続症例(以下,持続群)を対象として,脳内でどのような変化が起こっているかを比較した研究があります3)。回復群では痛みスコアと疼痛・情動系の賦活がともに減少し,健常状態に回復していました。しかし,持続群では痛みスコアが高いままで,感覚・弁別系の視床・島皮質・前帯状皮質の賦活に続いて,疼痛・情動系の扁桃体・内側前頭皮質・側坐核の賦活が認められました。McGill疼痛質問票でも,持続群において患者の負情動(本能的な不安や,恐怖の心理状態)が高く,心理的ストレスの高い状態が指摘されています。

 Hidesらは急性初発の片側腰痛症例を対象に,体幹深層筋の再教育後の再発率を検討しています4)。対象をコントロール群と特異的運動群に分類し,コントロール群にADL指導と薬物療法,特異的運動群は体幹深層筋である腹横筋と多裂筋の単独収縮の再教育を行い,治療1年後・3年後の経過を観察しました。その結果,1年後の特異的運動群の再発率が30%,コントロール群は84%,3年後の特異的運動群の再発率が35%,コントロール群は75%であり,体幹深層筋の再教育の効果が示される結果となりました。

腰痛が慢性化する症例では,腰痛に対する恐怖と不安感が強い傾向にあります。再発予防には,体幹深層筋群の再教育が効果的です。


 非特異的腰痛症例では,中枢神経系が脊椎周囲の体幹筋群を制御しているため,慢性疼痛により姿勢や運動体幹筋を活用する戦略に特徴的な変化がみられます。非特異的腰痛の運動療法は一貫して深層筋群の活動低下と,表層筋群の過活動を伴います。一般的な腹筋運動や脊柱伸展運動では,体幹筋の協調性を回復する可能性は低く,運動の再学習が必要です。運動の再学習では深層筋の活性化と,深層筋・表層筋のシステムの統合によって,正常な運動戦略への移行を確実にするために,さまざまな環境と状況で調整された機能的運動療法を行います。その1つがモーターコントロールエクササイズです。非特異的腰痛症例における初期の目標は,深層筋の単独収縮をフィードバックによって認知させることです。エコーを活用した視覚フィードバックも効果的です。単独収縮が確認できたら,回数と保持時間を少しずつ増やし,多様な姿勢で行えるようにします。

 非特異的腰痛の運動療法時に意識したいのは,neutral spineの保持です。Neutral spineは,腰椎前弯・胸椎後弯・頸椎前弯による生理的彎曲肢位であり,この肢位では脊椎に加わるストレスが最も小さくなります。安定性は体幹筋の機能に依存するため,この肢位で実施することが重要です。また,運動療法は正常呼吸下で行います。

 深層筋の再教育において急性期では,表層筋を収縮させないよう注意しながら行います。亜急性期ではneutral spineを維持しながら四肢の動きを加えて行いますが,neutral spineを維持できない場合には,急性期のプログラムに戻ります。慢性期では,持久力を高めるために,徐々に回数を増やしてください。全ての病期において,疼痛を生じさせないように実施することが重要です。

非特異的腰痛症例の運動療法では,深層筋群の再教育と表層筋群との協調システムの統合が大切です。急性期では深層筋の単独収縮,亜急性期では四肢の動きを追加したneutral spineの維持,慢性期では機能的肢位でのneutral spine維持と,段階的に進めることが重要です。

非特異的腰痛は,詳細な問診から,視診,自動運動テスト,筋機能テスト,疼痛誘発テスト,他動運動テストを行うことで,疼痛発生源を確定します。臨床では,理学療法や徒手療法により,患者自身が,痛みが生じるメカニズムを理解し,疼痛をコントロールできることを認識してもらい,不安感や恐怖心を払拭することが重要です。


1)PLoS One. 2016[PMID:27548658]
2)Ann Intern Med. 2007[PMID:17909209]
3)Brain. 2016[PMID:27190016]
4)Spine (Phila Pa 1976). 2001[PMID:11389408]

日本臨床徒手医学協会 代表理事

1984年熊本リハビリテーション学院(当時)卒業後,成尾整形外科病院に入職する。その後,札幌円山整形外科病院,姫野病院などを経て,2013年より現職。脊柱疾患の保存療法をテーマとして,全国で「日本臨床徒手医学協会」講習会開催中。著書に『非特異的腰痛の運動療法第2版――病態をフローチャートで鑑別できる』(医学書院)ほか。

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