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『神経症状の診かた・考えかた 第3版』より

連載 福武敏夫

2023.04.07

病歴を語る患者の言葉からその真意を見極め,神経解剖の知識と照らして原因部位を絞り,それに合わせて適切な検査をオーダーする。日常診療で行われるこの一連の流れの中で何を診て,どのように考えればよいのでしょうか。

このたび刊行された書籍『神経症状の診かた・考えかた 第3版』ではこの疑問に答えるように,長年にわたり臨床の最前線で活躍し,数多の神経疾患を診てきた福武敏夫先生が自身の経験をもとに解説しています。

 

 回転性にせよ浮動性にせよ,「めまい」は頻度の高い訴えであり,神経学的評価や救急受診での対処が求められる。訴えられる症状はしばしば漠然としており不正確であり,診察医が誤った思考回路に導かれてしまうので,系統的な診察が大事なのである1)。嘆かわしいことに,一般医家の外来ではいまだに「(慢性的)めまい」の訴えに対し,病歴聴取抜きにベタヒスチンやジフェンヒドラミンが処方されている。ある若い女性は受診のたびにそのような同じ処方が7年間も出されていた。前庭系の障害であったとして,このような漫然たる処方はその代償機転を損なう恐れがある。

 ありふれた前庭性障害である良性発作性頭位めまい(benign paroxysmal positional vertigo;BPPV)や前庭神経炎は誤診されることが多く,その対処も様々であまりエビデンスに基づいていなかったが,末梢性の前庭性疾患をきちんと診断することで転帰の改善が図れるようになっている。一方,脳卒中や一過性脳虚血(TIA)のような中枢性前庭性疾患を正しく診断することは最重要の課題である。というのは後方灌流での脳血管障害は急性のめまいをきたすことが多く,見逃されるとしばしばよくない転帰をもたらすからである。

A 「めまい」診断の決め手は病歴聴取である

1 「めまい」の誘発因子と時間経過にまず着眼する

 救急的な判断を要するような場面では,最近,患者のはっきりしない表現にではなく,誘発因子(trigger)と時間経過(timing)に重きを置いた診療が推奨されている。そこでは次項B(☞『神経症状の診かた・考えかた 第3版』85頁)で述べるような「めまい」の中味の分析を横に置いて鑑別を進めていく。

 ここでいう誘発因子とは主に頭位や体位の変換によって誘発されることをいうが,どのめまい疾患でも頭位や体位の変換で多少とも増悪するので,頭位性/体位性と診断するのは,めまい(感)の発現(特に初発時)において頭位や体位の変換が明確に影響している場合だけだと意識しておく必要がある。その他の誘発因子としては,周辺の複雑なごたごたした環境によって視覚性に誘発されること(後述のPPPDや前庭神経炎☞『神経症状の診かた・考えかた 第3版』87, 90頁など)や息こらえ(Valsalva手技,Arnold-Chiari奇形など)がある。これに対し,頭位や体位の変換とは関係なく発現する場合を自発性とする。

 時間経過では,まずめまいが初めてか反復性かに着眼する。ここでも,単に症状に変動がある場合を反復性としてはいけない。同じようなめまい発作を繰り返す場合を反復性とする。次いで,発症時の進行様式(突発性,急性,亜急性,慢性)や一峰性かどうか,めまい症状の長さなどを訊き出す。

 以上の誘因因子と時間経過に加えて原因疾患の良性・悪性で分類した簡便な表を示す(表Ⅰ-15)。明らかに浮動性のものもこちらに加えておく。

表1-15.png

2 ERでの「めまい」の背景疾患を知る

 急性であれ,慢性であれ,「めまい」診断の大きな決め手は病歴聴取にある。90%は問診と簡単な診察で診断できる。眼振の知識はそれほど必要ではない。出発点で誤ればその後どんなによい考察をしても正解にたどりつかない。

 「めまい」は外来診療でも救急場面でも最もありふれた訴えの1つであるが,その様相は多様で,病態は多岐にわたる。「めまい」をすぐに前庭(小脳)系に結びつける医師がいるが,そうとは限らないことを最初に理解し,「めまい」の診断にあたっては,「めまい」の内容を明らかにすることが最重要である。そのために,まず,「めまい」を主訴に受診する患者に最終的にどんな診断が下るかについて,米国のER(emergency room,救急センター)での調査をみてみよう*1

 この報告によれば,「めまい」患者はER総患者数9,472名の3.3%を占めたとされ,その約半数49.2%で疾患の診断がなされたが,22.1%は症状診断にとどまったという。末梢性めまい(BPPV,Ménière病,前庭神経炎など)の多さを反映して,やはり耳性/前庭性が多く,1/3を占めている。しかし,それ以外の様々な全身疾患によるものが多いことに気付く。特に,心循環系と呼吸器系を併せて1/3を占めていることに注意すべきである。血圧(高血圧,低血圧),脈拍(頻脈,徐脈,不整脈),呼吸状態(咳,頻呼吸,気道感染,睡眠時無呼吸など),内服薬などが影響していると思われる。

 神経系疾患はそれほど多くなく,脳血管障害は4%ほどを占めるに過ぎない。しかし,神経系だけでなく,「めまい」患者全体の15%が危険なめまいとされ,50歳以上でそれが20.9%に増加したと述べられており,「めまい」は警戒すべき訴えであると思われる。そのためか,他の症状と比べ,「めまい」患者では診察時間が長く(4.0時間 vs. 3.4時間),画像検査が多く施行され(18.0% vs. 6.9%),入院も多かった(18.8% vs. 14.8%)と述べられている。

3 「めまい」の中味を分析する

 筆者が「めまい」と括弧付きで用いる場合は,前項の耳性/前庭性と神経系疾患によるものだけでなく,「めまい感」も含んで,患者の訴えそのものを指す。つまり,広く世間で日常用いられているままの言葉のことである。患者が「めまい」を訴えている時,それは神経学的に「めまい」ではないと説得しても始まらない。「めまい」の鑑別は患者ではなく,あくまでも医師の仕事である

 「めまい」の中には,主に回転性めまい(vertigo),浮動性めまい(dizziness),失神しそうな感じ/前失神(faintness/presyncope),ふらつき/平衡障害(staggering/dysequilibrium)が含まれる*2。もちろん,これら以外の内容を「めまい」と表現している場合もありうるが,個別的に対処するほかない。乗り物酔い(動揺病)における嘔気(気分不快)も「めまい」と表現されることがあるし,「めまい恐怖症」などの心因性疾患も上記各種の「めまい感」を訴える。これらの訴えはしばしば不明瞭で,混在し,疾患の経過とともに変更され,一貫性があるものではないが,診察医としては特徴を少しでも区別するように努力する必要がある。

a. 回転性めまい

 運動(動き)の病的錯覚である。回転感が最も多いが,時に直線的な動きや傾斜するような動きの感覚のこともある。これは前庭神経系の末梢性ないし中枢性の病的不均衡によって生じる。軽度の場合や慢性期には単に浮動感を訴えることもあるので,一歩踏み込んだ問診が必要になる。

b. 浮動性めまい

 中枢神経系における諸感覚の統合不全によると考えられ,首や肩などの体軸からの筋肉感覚と目で見る視覚との統合の不全によるものが多い。肩こりは緊張型頭痛に関連するのみならず,めまい感,特に浮動性めまいの最多の原因である。神経疾患では両側前庭機能喪失(聴器毒性薬物や髄膜炎後遺症)が考えられるが,もっと多くは小脳疾患,Parkinson症候群,脊髄病変,末梢神経障害,多発ラクナ梗塞,軽度の前庭障害などの神経疾患による。これらは他の症候に基づいて鑑別できることが多い。貧血や低血糖,心循環系など様々の全身疾患も原因となる。BPPVなどによる回転性めまいも改善時期には浮動感に変化することが多い

c. 失神しそうな感じ(前失神)

 脳の循環不全を反映しており,原因として脱水,不整脈,起立性低血圧,血管迷走神経反射および降圧薬など薬剤の副作用などがある。ビタミンB12欠乏症は高齢者における起立性低血圧の見逃されやすい原因である。過換気症候群でも血液中の二酸化炭素の減少により脳血管の収縮が生じ,前失神を生じる。起立性低血圧を呈する神経変性疾患としては進行性自律神経不全症(Lewy小体病)や多系統萎縮症(MSA)などが知られている。

d. 起立や歩行に際して訴えられるふらつき

 平衡感覚の障害であり,三半規管からの前庭神経系,手足からの体性感覚系,眼からの視覚系など末梢からの感覚入力の不全による場合と,小脳や大脳の病変による場合がある。高齢者のふらつきはこれらのうちの1つの感覚因子だけで説明できないことが多く,多感覚(多因子)性障害と呼ばれる。

e. 心因性疾患

 上記各種の「めまい感」を訴える。狭い部屋や飛行機などの特定の場所か対人関係などの特定の状況で現れることがある。過換気が関与することもある。

 これら以外にも,非特異的・定義不十分の頭部ふらふら感もあり,これらが実際に訴えられる時の代表的表現は表Ⅰ-16のようである。

表1-16.png

問診のポイント

①単一の急性の回転性めまいでは血管性(内耳性または中枢性)と前庭神経炎が多く,そのほかに外傷性,感染性がある。
②再発性・反復発作性の回転性めまいのうち特定の頭位で誘発されるものではBPPVがほとんどであるが,時に片頭痛性めまいや突発難聴,まれに後頭蓋窩病変のことがある。
③再発性・反復発作性で自発性のものでは片頭痛性めまいが多く,Ménière病,前庭性発作症,椎骨脳底動脈系一過性脳虚血発作(TIA)などが続く。

*1:米国におけるER受診「めまい」患者の疾患割合
耳性/前庭性  32.9%
心循環系 21.1%
呼吸器系 11.5%
神経系  11.2%
(うち1/3は脳血管障害)
代謝系 11.0%
傷/中毒性 10.6%
精神科的 7.2%
消化器系 7.0%
泌尿生殖系 5.1%
感染症 2.9%
(Newman-Toker DE, et al. Mayo Clin Proc, 2008)

*2:主な「めまい」
・回転性めまい
・浮動性めまい
・失神しそうな感じ/前失神
・ふらつき/平衡障害
・心因性疾患

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脳神経内科学の肝である神経症状の診かた・考え方を、本領域の第一人者である著者が、その経験を踏まえてまとめた実践的な教科書。診断への道筋を著者がどのようにたどったかがわかる臨場感のある記載が多くの読者に支持され、 初版以来、幅広い層に読まれた定番書。今回の改訂では、「臨床力とは何か?」「肩こり」の章が追加。さらに新たな症例、知見を盛り込み、全体にわたってアップデート。

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