医学界新聞

医学界新聞プラス

『看護師・医師を育てる経験学習支援』より

松尾睦,築部卓郎

2023.02.24

 これまでの研究では,人が成長する上で経験から学ぶことが重要であり,優れた指導者は,後輩や部下の経験学習(何らかの「経験」をし,その内容を「内省」し,そこから「教訓」を引き出して,次の状況に「応用」する)を支援していることが明らかになっています。とはいえ,いざ後輩や部下を育てる立場になると,経験学習の重要性は実感しつつも,どのように支援すべきか,悩まれたことはありませんか? 『看護師・医師を育てる経験学習支援 認知的徒弟制による6ステップアプローチ』では,経験学習サイクルを適切に回すために有効な認知的徒弟制の6ステップとそれに則った優れた指導例をまとめています。

 「医学界新聞プラス」では,第1回,第2回で経験学習を支援する認知的徒弟制の概要を示した後,第3回でケーススタディとして新任看護師長を対象にした指導例を紹介します。

2.1 基盤としての伝統的徒弟制

 「徒弟制」という言葉を聞いて皆さんが思い浮かべるのは,「職人的な世界における人材育成」ではないでしょうか。実際,伝統的な意味での徒弟制は,職人だけでなく,熟練従業員の訓練1),リーダーの育成2),医師の育成3,4)において応用されてきました。伝統的な徒弟制による育成は,次の3つのステップを踏んで行われます5,6)

モデル提示 指導者が仕事の進め方を示す
観察と助言 学習者の仕事を指導者が観察し,アドバイスする
足場づくり 学習者が一人立ちできるよう徐々に支援を少なくする

 例えば,見習い大工がベテラン大工にノコギリの使い方を教わる場面を想像してみてください。まず,ベテラン大工がノコギリで木を切って,手本を見せます(モデル提示)。次に,見習い大工にノコギリを使わせてみて,「そうそう」「力が入りすぎている」などフィードバックします(観察と助言)。そして,未熟な段階では,手本やアドバイス,補助といった「足場」を多めに提供し,上達してきたら支援を少なくし,独力でノコギリが使えるようになるまで指導します(足場づくり)。

 「観察と助言」と「足場づくり」は,双方とも助言を提供するという意味でオーバーラップしていますが,「足場づくり」の狙いは,徐々にサポートを少なくして「一人立ちさせる」ことにあります。

 看護師の注射技術や医師の縫合技術も,同じようなアプローチで指導することが可能です。実は,こうした伝統的徒弟制の3ステップは,認知的徒弟制の一部なのです。つまり,伝統的徒弟制のアプローチは,認知的徒弟制の「土台」になるといえます。

2.2 認知的徒弟制の特徴

 認知的徒弟制は,伝統的徒弟制だけでは対応できない「複雑で見えにくい高度な技術」を伝授するために生まれてきました6)。例えば,注射技術や縫合技術のように観察可能な技術の場合には,伝統的徒弟制の3ステップで教えることができます。これに対し,患者のアセスメント,後輩や部下の指導,他職種との調整,チームマネジメント等,高度な認知スキルを教える場合には,伝統的徒弟制だけでは限界があります。認知的徒弟制の「認知的」という言葉は,こうした抽象的で複雑な業務に必要となる「認知能力」を高めるという意味合いが込められています。

 具体的には,前項で紹介した伝統的徒弟制の3ステップに加えて,以下のような3ステップの指導を行うのが認知的徒弟制です6)

言語化サポート 学習者が考えていることを言葉にするよう促す
内省サポート 他者と比較させ,強みや弱みの振り返りを促す
挑戦サポート 学習者が独力で新しい問題を解決するよう促す

 「言語化サポート」と「内省サポート」は,双方とも学習者の考えていることを言葉で表現させたり,学習者の能力や熟達レベルを意識的に把握させるための指導であり,認知的徒弟制の「中核」となる指導です。まず,学習者の思考内容を言語化させて,その上で,より深い内省を促すというアプローチです。こうした指導を通して,問題解決できる能力を養い,独力で新しい目標に取り組むように指導するのが「挑戦サポート」です。

 中堅看護師にチームマネジメントを教える場面を想像してみてください。まずは,伝統的徒弟制の3ステップによる指導です。

指導者が自らチームを率いているところを見せる(モデル提示
中堅看護師がチームリーダーとして活動しているところを観察し,「あの発言はいいですね」「こういう言い方をしたらどうでしょう」とアドバイスする(観察と助言
徐々に,中堅看護師が独力でチームを率いることができるように,サポート量を減らす(足場づくり

 次に必要なのは,学習者に「考えさせる」認知的な指導です。具体的には,

「どのような点に気をつけて指導したのか」「悩んでいる点はないか」などの質問することで,中堅看護師に語らせる(言語化サポート

優れた先輩看護師のチームマネジメントと比較させることで,中堅看護師が「できていること」「できていないこと」を理解させる(内省サポート

しっかりしたマネジメントができるようになった段階で,「より高難度の業務改善リーダー」など,レベルの高い目標にチャレンジさせる(挑戦サポート

という指導方法です。

2.3 認知的徒弟制の6ステップ

 以上の説明をまとめたのが,図2-1です。前半部分の「モデル提示→観察と助言→足場づくり」は,伝統的徒弟制と共通している部分で,課題が観察しやすい場合に適しています。後半部分の「言語化サポート→内省サポート→挑戦サポート」は,認知的徒弟制に特有のプロセスであり,複雑で観察しにくい課題遂行を指導する場合に有効です。

fig2_1.png
図2-1 認知的徒弟制に基づく指導プロセス
文献6を基に作成

 このとき,前半部分❶❷❸と後半部分❹❺❻が全く切り離されているわけではないことに注意してください。例えば,指導者が,手本を見せた(モデル提示)後で,「あなたはどう思う?」というように学習者に説明させたり(言語化サポート),「ベテランのAさんとあなたのやり方を比べてみて,どこが違うかな?」などと内省を促すこともあるでしょう(内省サポート)。

 また,学習者が成長するに従い,徐々にアドバイスや支援を減らして,独力で業務を遂行できるようになった(足場づくり)後には,さらにレベルの高い目標に取り組むように促す(挑戦サポート)こともあります。このように,認知的徒弟制の前半部分と後半部分は密接に関係し合っていて,6つのステップを「行ったり来たりしながら」指導するというのが実態です

 つまり,認知的徒弟制は,伝統的徒弟制をアップデートする形で開発された手法といえるでしょう。複雑で高度な業務を指導する場合に,前半部分(❶❷❸)の指導だけでは不十分であり,後半部分(❹❺❻)の指導を実践することが必要になるのです。

2.4 認知的徒弟制の6ステップの用語について

 ここで,用語について補足します。本書では,認知的徒弟制の研究で使用されている用語を「わかりやすい言葉」に置き換えています。図2-2に示したように,オリジナルの用語は,①モデリング(modeling),②コーチング(coaching),③スキャフォールディング(scaffolding),④アーティキュレーション(articulation),⑤リフレクション(reflection),⑥エクスプロレーション(exploration)です。

fig2_2.png
図2-2 本書とオリジナル研究における用語比較
文献6を基に作成

 こうした横文字の用語は,内容を想起しづらかったり,誤解を与えるおそれがあるため,よりイメージしやすい用語に変えました。例えば,モデリングやコーチングは,心理学や人材開発論において,より広い意味で使用されていますが,認知的徒弟制では限定された意味で使われています。なお,スキャフォールディングの訳語の定番は「足場づくり」であることから,本書でも採用しました。

2.5 認知的徒弟制と経験学習

 次に,認知的徒弟制に基づく指導を,成人教育において重視されている「経験学習」の面から考えてみたいと思います。第1回と重複する部分もありますが,認知的徒弟制と経験学習の関係に注目しながら読んでみてください。

 図2-3に示したのは,コルブが提唱する,代表的な経験学習サイクルです。このモデルによれば,人は,「経験する」→「内省する」→「教訓を引き出す」→「応用する」という4つのステップを繰り返すことで経験から学びます7)。例えば,患者とのコミュニケーションを学ぶとき,ある患者から「あなたが担当でよかった」と褒められた経験をし,その後,「どのようなケアがよかったのだろうか」と内省し,「親身になって話を聞いたのがよかったのだろう」という教訓を得て,新しく担当する患者に対しても「傾聴の姿勢を大切にしよう」と得た教訓を応用するという形の学習です。図2-3では,この経験学習サイクルに,認知的徒弟制の6ステップを重ね合わせてみました。

fig2_3.png
図2-3 経験学習サイクルと認知的徒弟制
文献6,7を基に作成

 第一に,学習者は,指導者のお手本を見た後(モデル提示),自分で業務を遂行してみて,指導者から助言を受ける(観察と助言)という経験をします。第二に,学習者が頭の中で考えていることを言葉にし(言語化サポート),優れた先輩と自分を比較することを促された結果(内省サポート),「内省→教訓」というステップが深まります。第三に,学習者が進歩するにつれて,徐々に指導者からのサポート量が少なくなり(足場づくり),より挑戦的な業務に取り組むように促されます(挑戦サポート)。

 こうして考えると,認知的徒弟制の指導は,学習者が経験学習サイクルを適切に回すための支援となっていることがわかります。図2-3の三角の破線で囲んだ「内省する」「教訓を引き出す」というステップは,外からは見えにくい「認知的プロセス」であり,この部分と関係するのが,認知的徒弟制の中核である「言語化サポート」と「内省サポート」,およびそこから生まれる「挑戦サポート」です。伝統的徒弟制が扱いきれていなかった「認知能力の向上」にフォーカスを当てているのが,認知的徒弟制の特徴なのです。

引用・参考文献

1)Ayentimi, D.T., Burgess, J., and Dayaram, K. (2018). Skilled labour shortage : a qualitative study of Ghana’s training and apprenticeship system. Human Resource Development International, 21(5), 406-424.
2)Antal, A.B., Debucquet, G., and Frémeaux, S. (2019) .When top management leadership matters : Insights from artistic interventions. Journal of Management Inquiry, 28(4), 441-457.
3)Beane, M. (2019). Shadow learning : Building robotic surgical skill when approved means fail. Administrative Science Quarterly, 64(1), 87-123.
4)Coget, J., and Keller, E. (2010). The critical decision vortex : Lessons from the emergency room. Journal of Management Inquiry, 19(1), 56-67.
5)Collins, A., Brown, J.S., and Newman, S.E. (1987). Cognitive apprenticeship : Teaching the craft of reading, writing, and mathematics. Technical Report, No. 403.
6)Collins, A., Brown, J.S., and Holum, A. (1991). Cognitive apprenticeship : Making thinking visible. American Educator, 15(3), 6-11.
7)Kolb, D.A. (1984). Experiential learning: Experience as the source of learning and development. Prentice Hall.

 

認知的徒弟制の6ステップで経験から学ぶ力を引き出す!

<内容紹介>「自ら考え、学び、動く人材」を育てるために、後輩や部下の経験からの学びをどのように支援すべきか悩むあなたへ──経験学習サイクルを適切に回す手助けとなる認知的徒弟制の6ステップ(①モデル提示、②観察と助言、③足場づくり、④言語化サポート、⑤内省サポート、⑥挑戦サポート)を解説。新人看護師・新任副看護師長・医師(心臓血管外科医)については、6ステップの優れた指導例とそのポイントを示す。

目次はこちらから

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook