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『看護師・医師を育てる経験学習支援』より

松尾睦,築部卓郎

2023.02.17

 これまでの研究では,人が成長する上で経験から学ぶことが重要であり,優れた指導者は,後輩や部下の経験学習(何らかの「経験」をし,その内容を「内省」し,そこから「教訓」を引き出して,次の状況に「応用」する)を支援していることが明らかになっています。とはいえ,いざ後輩や部下を育てる立場になると,経験学習の重要性は実感しつつも,どのように支援すべきか,悩まれたことはありませんか? 『看護師・医師を育てる経験学習支援 認知的徒弟制による6ステップアプローチ』では,経験学習サイクルを適切に回すために有効な認知的徒弟制の6ステップとそれに則った優れた指導例をまとめています。

 「医学界新聞プラス」では,第1回,第2回で経験学習を支援する認知的徒弟制の概要を示した後,第3回でケーススタディとして新任看護師長を対象にした指導例を紹介します。

1.1 人材成長を決める経験学習

 人材育成の世界では,「70:20:10の法則」という有名なモデルがあります1)。この法則によると,人材の成長の70%は仕事経験によって,20%は他者(上司・先輩)からの指導によって,10%は研修等によって決定されます。このとき,「他者からの指導(20%)」や「研修(10%)」が人材成長に与える影響度合いは,一見すると小さいように感じるかもしれません。

 しかし,図1-1に示したように,上司・先輩からの指導や研修から学んだことを自分の仕事に生かすことで,仕事経験からの学びをより大きくすることができます。つまり,「仕事経験」と「他者からの指導」をセットにした「職場における経験学習支援」は,人材成長の90%を決定し,さらに,職場における経験学習支援をサポートする「研修」も人材育成を進める上で重要な役割を果たすといえます。

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図 1-1 「70:20:10の法則」と経験学習支援
文献1を基に作成

 看護師の経験学習プロセスを検討した研究によれば,「難しい症状を持つ患者・家族の担当」「患者・家族とのポジティブな関わり」「患者・家族とのネガティブな関わり」「患者の急変・死亡」「困難な仕事や業務改善」「職場での指導的役割」「職場の同僚との関係」といった仕事経験が,看護師の成長と関係しています2)。しかし,こうした経験を積んだからといって,人が自動的に成長するわけではありません。

 デイビッド・コルブ(David Kolb)3)によれば,図1-2に示したサイクルに沿って,人は経験から学びます。すなわち,何らかの「経験」をし,その内容を「内省」し,そこから「教訓」を引き出して,次の状況に「応用」するという4つのステップを踏むことを通して学ぶというモデルです。

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図1-2 経験学習支援としてのコーチング・OJT
文献2を基に作成

 例えば,患者からクレームを受けるという「経験」をしたケースをこのサイクルに当てはめてみましょう。自分と患者とのやり取りを「内省」し,なぜクレームにつながったかという理由を考えることで「教訓」を引き出して,別の患者をケアする際に,その教訓を「応用」することで,同じようなクレームが起こるのを防ぐことができます。

 皆さんは,この経験学習サイクルを回しているでしょうか。実際には,「経験→内省」「内省→教訓」「教訓→応用」という各ステップに「カベ」があります。

 例えば,「経験しても,それを振り返らない」。すなわち「振り返りのカベ」です。忙しい業務環境では,振り返りの時間が取れない,ということはありがちです。でも,経験のしっ放しでは,成長にはつながりません。

 また,振り返りはするものの,失敗を思い出して落ち込んで止まってしまい,教訓を導き出せない,ということもあります。いわば「教訓のカベ」です。私(松尾)自身も日々,振り返りをしますが,すぐに教訓が出てこないことがあります。しかし,これも経験的にいえることですが,一生懸命に考えているうちに,ふっと教訓が出てくるものです。つまり,かなり意識しないと教訓は得られないともいえます。

 さらに「応用のカベ」もあります。振り返って教訓を導き出せても,やっぱり同じ失敗をしてしまうようなケースです。

 これらの「カベ」があるため,どこかのステップで止まってしまい,経験学習サイクルをスムーズに回すことが難しいことが多いといえます。このカベを乗りこえさせてくれるのが,優れた指導者なのです。

1.2 どこか曖昧な経験学習支援

 経験学習サイクルは,自分自身で回すことが基本ですが,先ほど紹介した「70:20:10の法則」(図1-1)にあるように,20%は他者からの指導が影響しています。つまり,他者である先輩や上司は,後輩や部下が経験から学ぶことを支援してくれているのです。いわゆるコーチングやメンタリング,OJT(on the job training:オン・ザ・ジョブ・トレーニング,職場訓練)は,職場における「経験学習支援」の手法であるといえます。

 よき指導者は,経験学習における「経験のさせ方」「内省のさせ方」「教訓の出させ方」「応用のさせ方」がうまいのです。優れたコーチやメンター,OJT指導者は,学び手が経験学習サイクルを自分自身で回すのを助けるサポーターといえるでしょう。

 ここで問題となるのは,コーチングやOJTの分野では,さまざまなモデルが提唱されており,理論的な根拠も弱いという点です。それぞれのモデルや研究は,有益で示唆に富むものが多いのは事実ですが,提唱する人によって,指導の内容やステップがバラバラであり,統一された指導方法があるわけではないというのが現状なのです。皆さんも,コーチングを取り入れようと思って調べたものの,数あるモデルの違いや効果,自分の目的にはどれが適しているのかわからず,迷った経験はありませんか。私たちは,コーチングやOJTの世界の,「曖昧」で「モヤモヤ」した状況を整理整頓する必要があると考えました。

1.3 整理整頓のための「認知的徒弟制」モデル

 このような状況を打開し,これまでに提唱されているさまざまな手法を整理整頓する上で,私たちが着目したのが「認知的徒弟制」です。このモデルは,学習研究者として世界的に著名なノースウェスタン大学のアラン・コリンズ(Allan Collins)や,ゼロックス研究所のジョン・シリー・ブラウン(John Seely Brown)らによって提唱されたものです4−8)。認知的徒弟制モデルは,「職場集団に参加することで人は学習する」と考える状況的学習論や実践共同体論9−11)と密接に関係する,信頼できる理論です。

 認知的徒弟制の「認知」とは,「人間が物事を知覚・判断・理解・解釈する認知能力を高める」ことに焦点を当てており,「徒弟制」は,職場において「経験豊富なメンバーが経験の浅いメンバーを指導する」ことを意味しています(図1-3)。徒弟制は昔から人材育成に用いられてきた手法ですが,認知能力を使う「知識労働・頭脳労働」が増え,習得すべきことが複雑化・高度化するにしたがい,伝統的な徒弟制だけでは限界が出てきました。

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図1-3 認知的徒弟制の意味

 例えば,クライアントが抱える問題を診断し,解決策を提供するコンサルタント,ITプロフェッショナル,医療プロフェッショナルを育成するためには「認知能力の向上」にフォーカスした指導が必要になります。そこで登場したのが「認知的徒弟制」です。簡単にいえば,「高度な認知能力を必要とする仕事の進め方を,経験者が非経験者に指導する方法」です。これまで,教育分野だけでなく,高い認知能力を必要とする医療の専門家育成にも活用されてきました。

 これまでさまざまなコーチングやメンタリング,OJTの方法が提唱されてきましたが,それらを統合したモデルが認知的徒弟制であるといえるでしょう。言い換えると,「育て上手」と呼ばれる指導者の方法を構造化すると認知的徒弟制モデルに集約されると考えられます。皆さんが習得してきた指導方法を,認知的徒弟制の観点から「整理」し,「意味づける」ことができるはずです。

1.4 汎用性の高い認知的徒弟制

 本書は,病院組織の中核をなす専門職である看護師と医師に焦点を当て,認知的徒弟制に基づく指導をどのように進めていくべきかを解説することを目的としています。その際,新人や若手だけでなく,中堅クラスの看護師・医師をどのように育成するかについても検討します。

 スチュアート・ドレイファス(Stuart E. Dreyfus)12)の熟達モデル(図1-4)によれば,人は「初心者→見習い→一人前→中堅→熟達者」という順に熟達していきますが,それぞれのステップにおいて認知的徒弟制による指導を応用することが可能です。つまり,認知的徒弟制は,どのキャリア段階にも活用できる「汎用性が高いモデル」なのです。

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図 1-4 ドレイファスの熟達モデルと認知的徒弟制
文献12を基に作成

 組織に入りたての新人,数年の経験を積んだ中堅,管理職に昇進したばかりの新任マネジャーは,それまでに経験したことのない仕事に従事します。そうした状況では,経験のある人が,経験の少ない人へ,認知的徒弟制に基づいて指導することが効果的です。先述した通り,認知的徒弟制は6ステップで構成されます。キャリアごとに6ステップの比重や,指導ポイントは変わりますが,基本となる6ステップは共通なのです。

 教える側も,「若手」「中堅」「ベテラン」「管理職」など,さまざまな立場の方がいることでしょう。私たちは本書を通して,そうした方々に,「後輩や部下をどのように導けばよいか」についてのヒントを提供したいと考えています。特に,「新人の教育は充実しているものの,それ以降の教育は手薄になりがち」という声を聞きますが,中堅期以降の人材育成にも活かすことができるのが認知的徒弟制の利点です。

引用・参考文献

1)Lombardo, M.M., and Eichinger,R.W. (2010). The Career Architect: Development Planner, 5th ed. Lominger International. 
2)松尾睦(編著)(2018).医療プロフェッショナルの経験学習.同文舘出版.
3)Kolb, D.A. (1984). Experiential learning : Experience as the source of learning and development. Prentice Hall.
4)Brown, J.S., Collins, A., and Duguid, P. (1989). Situated cognition and the culture of learning. Educational researcher, 18(1), 32-42.
5)Collins, A. (2006). Cognitive Apprenticeship. In Sawyer., R.K. (Ed.), The Cambridge handbook of the learning sciences (pp. 47-60). Cambridge University Press.
6)Collins, A., Brown, J.S., and Newman, S.E. (1987). Cognitive apprenticeship : Teaching the craft of reading, writing, and mathematics. Technical Report, No. 403.
7)Collins, A., Brown, J.S., and Newman, S.E. (1989). Cognitive apprenticeship : Teaching the craft of reading, writing and mathematics. In Resnick, L.B. (Ed.). Knowing, learning and instruction : Essays in honor of Robert Glaser (pp. 453-494).  Erlbaum Associates, Inc.
8)Collins, A., Brown, J.S., and Holum, A. (1991). Cognitive apprenticeship : Making thinking visible. American Educator, 15(3), 6-11.
9)Brown, J.S., and Duguid, P. (1991). Organizational learning and communities-of-practice : Toward a unified view of working, learning, and innovation. Organization Science, 2(1), 40-57.
10)Järvelä, S. (1998). Socioemotional aspects of students’ learning in a cognitive-apprenticeship environment. Instructional Science, 26(6), 439-472.
11)Lave, J., and Wenger, E. (1991) Situated Learning : Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press.  (佐伯胖訳[1993]. 状況に埋め込まれた認知:正統的周辺参加. 産業図書)
12)Dreyfus, S.E. (1983). How expert managers tend to let the gut lead the brain. Management Review, 72, 56-61. 

 

認知的徒弟制の6ステップで経験から学ぶ力を引き出す!

<内容紹介>「自ら考え、学び、動く人材」を育てるために、後輩や部下の経験からの学びをどのように支援すべきか悩むあなたへ──経験学習サイクルを適切に回す手助けとなる認知的徒弟制の6ステップ(①モデル提示、②観察と助言、③足場づくり、④言語化サポート、⑤内省サポート、⑥挑戦サポート)を解説。新人看護師・新任副看護師長・医師(心臓血管外科医)については、6ステップの優れた指導例とそのポイントを示す。

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