医学界新聞

医学界新聞プラス

『臨床中毒学 第2版』より

連載 上條 吉人

2023.12.08

 著者の経験・知見と最新のエビデンスを惜しみなく注ぎ込んだ中毒診療の決定版!!

  新刊『臨床中毒学 第2版』は,わが国の中毒診療のトップランナーである著者が「臨床現場で役立つ中毒の成書」をコンセプトにまとめた1冊。総論の「急性中毒治療の5大原則」を皮切りに,各論では112種類の中毒物質を取り上げ,詳しく実践的な解説で読者の期待に応えます。
 「医学界新聞プラス」では,本書の中から「No.44 有機リン」(殺虫剤)と「No.103 フグ毒(TTX)」(魚介類)をピックアップし,4回にわたって(各テーマは前編・後編の2回ずつ)紹介します。

第3回からの続き)

臨床症状

 フグ中毒は摂取後3時間以内に発症し,進行は速い.表T-103-2にフグ中毒の重症度分類を示す.フグ中毒の重症度や発症速度はTTXの摂取量による.

 初期症状は口唇周囲や四肢遠位端のしびれ感や異常感覚などの感覚症状だが,Ⅰ度(軽症)の場合は感覚症状のみ,または感覚症状に悪心・嘔吐などの消化器症状を伴う.Ⅱ度(中等症)の場合は遠位筋の筋力低下,顔面筋の筋力低下,球麻痺が生じ,その後に,運動失調や協調運動障害が生じる.ただし,腱反射は正常である.浮遊感を伴うめまいを生じることもある.Ⅲ度(重症)の場合は,全身の弛緩性麻痺,換気不全,失声,眼球の固定または散瞳を生じる.急速に進行して弛緩性麻痺に至ることが多い.ただし,患者の意識は保たれている.Ⅳ度(最重症)の場合は,換気不全に加えて徐脈,血圧低下,および不整脈などの循環器症状,および昏睡が特徴である.

表T-103-2.png

診断

 フグ中毒の診断は,フグの摂取歴と臨床症状による.さらに,残った魚や,患者の血清や尿からTTXが検出されれば診断は確定する.特に尿中からは長時間検出されるので,入院後の24時間蓄尿でTTXを分析するとよい.

治療および予後

 治療としては,注意深い観察と神経学的評価によって,臨床症状を経時的にモニターしながら適切な全身管理をすることが重要である

全身管理

 Ⅰ度の患者は,症状のピークを過ぎるまで入院させて観察する.Ⅱ度以上の患者は,ICUに入院させて,昏睡,換気不全,循環器症状を適切に管理する.換気不全には,気管挿管および人工呼吸器管理を施行する.早期の気管挿管および人工呼吸器管理が生命予後を改善する.人工呼吸器管理は24~72時間必要になることが多い.徐脈にはアトロピン硫酸塩を投与する.血圧低下には輸液療法による容量負荷を施行する.容量負荷に反応しない場合はドパミン塩酸塩を持続静注する.患者は,麻痺があっても意識は保たれ,反応できないことに対して極度の苦痛を感じていることが多いので,適切に鎮静する.

吸収の阻害

 摂取後1時間以内なら胃洗浄を考慮する.中毒量の摂取では活性炭を投与する.

排泄の促進

 有効な方法はない.

解毒薬・拮抗薬

 なし.ネオスチグミンが有効だとするエビデンスは乏しい.

予後

 フグ中毒の致死率は60%にも上るが,主な死因は呼吸筋麻痺による換気不全である.致死的な場合は摂取後1時間以内に発症し,摂取後4~6時間で死亡することが多い.ただし,摂取後17分で死亡したとする報告もある.8時間以降の死亡の危険性は少なく,24時間以上生存すれば回復が期待できる.ほとんどの患者は5日以内に回復するが,Ⅲ度以上ではさらに回復に時間を要することもある.

症例

症例103-1 32歳,男性,会社員

現病歴 X年9月3日,友人が釣ってきたショウサイフグの肝臓をもらい21時頃に焼いて食べた.22時頃より舌,歯肉,口唇のしびれ感を自覚した.怖くなって,指をのどに入れて食べた物を嘔吐して横になっていた.9月4日0時頃になりしびれ感が全身に広がり,しゃべりづらさや,呼吸困難感が生じたため0時40分に妻が救急隊を要請した.救急隊現着時は,意識は清明だったが,呼吸苦を訴え,室内気でSpO2 91%だったため,酸素O2 6 L/分が投与されて搬送となった.

来院時現症 1時20分に病院に到着した際には,閉瞼していたが,呼び掛けに容易に開眼した.発語はできなかったが,質問にうなずくことはでき,全身のしびれ感や,呼吸苦を確認できた.四肢のトーヌスは正常だったが,筋力は左右差なく全体に低下していた.腱反射は全体的に±であった.

 体温36.5℃,血圧148/70mmHg,脈拍71bpm(整),呼吸数27/分(浅い),瞳孔は左右3.0mm同大で,対光反射は緩慢だった.

検査所見


入院後の経過 ただちにプロポフォールの持続静注により鎮静した後に,気管挿管および人工呼吸器管理を施行した.また,胃管より活性炭50gを注入した.次第に自発呼吸は減弱し,3時以降は消失した.その後,自発呼吸が再び回復したため,9時30分にプロポフォールを中止し,10時35分に気管チューブを抜管した.その後は,呼吸苦はなく,全身のしびれ感は次第に改善した.夕方から食事を開始し,翌日の9月5日には歩行も問題なかったため,退院となった.

分析 来院時の血清の定量分析を東京都食品監視課に依頼した.その結果,フグ毒であるTTXは検出されなかった.

解説 フグの肝臓を摂取したこと,および臨床症状よりフグ中毒と診断した.進行性の呼吸器症状を認めたため,早期に鎮静して,気管挿管および人工呼吸器管理を施行した.結果的には呼吸筋麻痺による呼吸停止をきたしたので,この判断は適切だった.患者の血清からTTXは検出されなかったが,診断の確定のためには24時間蓄尿検体でTTXを分析すべきだった.

症例報告103-A
 7月27日12時30分頃に58歳の男性は,フグの肝臓を10匹分摂取した.約10分後に口周囲・舌の異常感覚を自覚し,30分後に2回嘔吐し,1.5時間後に呼吸苦および呂律が回らなくなったため,約3時間後に酸素投与されながら救急搬送された.来院時は補助換気下で酸素化は保たれていたが,呼吸停止に備えて気管挿管されICUに入室した.入室後しばらくして自発呼吸が停止したため人工呼吸器管理とした.その後,臨床的には深昏睡で,瞳孔は両側散大(径5mm)し,対光反射および眼球頭位反射(OCR:oculocephalic reflex)は消失し,四肢は弛緩性麻痺を認め,深部反射は消失し,病的反射は認めなかった.ICU入室20時間後より急速に深昏睡から覚醒し,26.5時間後に自発呼吸が回復したため抜管した.その後,次第に対光反射,散瞳,麻痺,深部反射は回復したが,その経過の中で左半側空間失認(ULN),両側astereognosia(ASG),agraphesthesia(AGE),構成失行,注視方向性眼振,運動失調など種々の中枢神経症状が認められた.第10病日には神経学的脱落症状を残さず退院した(内山伸治,他:救急医15:597-599, 1991).

症例報告103-B
 秋に寿司店でフグ鍋を食べた12人のうち9人に中毒症状が出現し,50歳台の2人は呼吸停止し,救急外来に搬送された.1人は搬送中に心肺停止となったが,到着前に心拍再開し,来院後に人工呼吸器管理を施行した.第3病日の朝のbispectral index(BIS)は30~40と低値だった.午後より体動および自発呼吸が出現したためプロポフォールによる鎮静を開始し,第4病日に鎮静を中止し,意識レベルおよび自発呼吸の改善を確認して抜管し,第8病日に軽快退院した.もう1人は来院後に人工呼吸器管理を施行した.第2病日のBISは30台の低値であった.第4病日でも上肢の神経電気刺激でも収縮は認めなかった.第5病日より自発呼吸が出現しBISは漸増傾向となったためプロポフォールによる鎮静を開始.第9病日に鎮静を中止し,意識レベルおよび自発呼吸の改善を確認して抜管した.その後も倦怠感,筋力低下などの症状が遷延し,第30病日に軽快退院した.2人とも中毒症状が出現してから抜管までの記憶がなかった(松本豊,他:第32回日本中毒学会,2010).

症例報告103-C
 61歳の男性と64歳の女性が,男性の釣ってきたフグを調理して食べた.約20分後,女性は口と手足にしびれ感が出現し,次いで男性も同様の症状が出現したため救命救急センターに搬送された.来院時,2人とも意識レベルはGCS E1V1M1,左右散瞳,呼吸停止,血圧低下を認めた.気管挿管および人工呼吸器管理が施行され,胃洗浄および活性炭の投与が施行された.第2病日に意識レベルは改善し,第3病日に抜管された.女性は第4病日に,男性は第9病日に軽快退院した.なお,2人の胃内容物からTTXが検出された(林卓郎,他:第26回日本中毒学会,2004).

症例報告103-D
 33歳の女性は,男性とボートで性行為中に男性から腟内にフグ(キタマクラ?)を挿入された.その後,気分不良を訴えて倒れたため,マリーナに連絡後帰港した.救急隊現着時,意識レベルはJCS 300,頸動脈は触知できたが,間もなく触知不能となり,CPRを施行されながら救命救急センターに搬送された.来院後,アドレナリン2mgの静注により心拍再開し,循環動態も安定した.入院後に自発呼吸での管理も可能となったが,意識障害(JCS 200)は遷延した.意識レベルの改善なく2か月後に転院し,4か月後に肺炎を併発して死亡した.なお,来院時の血清TTX濃度は58ng/mLだった(西岡憲吾,他:第21回日本中毒学会,1999).

  • ひとことメモ
    フグ中毒死した八代目坂東三津五郎 1975年1月16日に,博識家として知られ,美食家としても有名だった歌舞俳優の八代目坂東ばんどう三津みつろう(1906年生)は京都の割烹料亭でフグの肝を4人前食べ,フグ中毒で急逝した.1973年に重要無形文化財(人間国宝)に指定され,まだまだこれからの活躍が期待された矢先の出来事だった.

    フグ中毒死した関脇沖ツ海 1933年9月30日に関脇のおき海福うみふく(1910年生)は巡業先の山口県の萩市で弟子の調理したフグを食べて急逝した.当時は大関を目前にし,将来は横綱を期待されていた.また,師匠の娘と婚約し,将来は部屋を継承することも決定した直後の突然の出来事だった.

    ハイブリッドフグ 近年,東京湾で釣りをすると,図T-103-11のようにトラフグに交じって「ハイブリッドフグ」と呼ばれる交雑種が釣れることがある.初夏にショウサイフグは産卵のために浅い砂地に集まるが,この時期に釣れるショウサイフグは肉だけでなく,精巣(白子)も美味である.ところが,産卵に集まってくるショウサイフグに交じってトラフグが釣れることがあること,および紋様から,このハイブリッドフグはトラフグとショウサイフグの交雑と推測された.ハイブリッドフグはTTXの体内分布が明らかでないので,遊漁船によっては持ち帰らせてくれない,または肉しか持ち帰らせてくれない.
    図T-103-11.png

    フグの卵巣が食べられる!? フグの卵巣は猛毒だが,図T-103-12に示すように石川県能登半島にある白山市美川周辺では食用としているばかりか,お土産として購入することができる.1980年に設立された「社団法人石川県ふぐ加工協会」が「江戸末期以降,卵巣の糠漬けで中毒死の報告がない」などの実績を国に訴えて「10 MU(マウス・ユニット)以内」という毒素の基準で厚生省から加工免許が下りた.まず,捕獲した(主に)ゴマフグの卵巣を徹底的に水洗いし,1年間塩蔵する.その後塩出しをして,さらに米糠と米麹で発酵させて2年間漬ける.つまり「夏を3回越す」という手間をかけて毒を抜き取る.水洗いと塩漬けによって水様性のTTXのほとんどを浸透圧で抜き取る.軽く糠を落として輪切りにし,日本酒か酢に浸してから食べるのがおすすめである.
    図T-103-12.png

    トリカブト保険金殺人事件(⇒書籍『臨床中毒学 第2版』p 637) この事件では,トリカブトの毒だけでなく,クサフグから抽出したとされるフグ毒も用いられた.両者のNaチャネルに対する作用は正反対で,同時に摂取させて毒性が発現するまでの時間を遅らせ,アリバイ工作に利用したのではないかと推定されている.

 

※付録3では,紹介した推理小説の重要なトリックや結末に関する内容(いわゆるネタバレ)が記載されています.事前の情報を得ずにこれらの推理小説を楽しみたい方は,本項の閲覧はご遠慮ください.

    付録3 毒物を扱った推理小説ガイド ~フグ毒(TTX)~

    今野敏

    『ST警視庁科学特捜班 毒物殺人』
    (講談社,1999)

     渋谷を根城にする不良グループの1人であった杉田英吉と,女子アナ専門のゴシップ・カメラマンであった笹本雅彦はフグの卵巣やキモから抽出したテトロドトキシン(TTX)を飲まされて殺害される.ST警視庁科学特捜班は,SCアカデミーの会長の白鷺勇一郎がTTXを用いて死人を生き返らせてみせることでカリスマ性を得ていたことを突き止める.これについてSTの化学担当の山吹才蔵は「ハイチには現在も,ボコールと呼ばれるブードゥー教の神官が何人もいます.彼らは,黒ミサのような儀式を行い,死者をよみがえらせると言われています.ボコールが儀式を行うときに,通称ゾンビパウダーと呼ばれる粉を使うのです.この粉によって死者を生き返らせると言われています.さて,このゾンビパウダーを分析した学者がいます.1982年のことです.ハーバード大学に勤めていた民族植物学のウェイド・デイヴィスという学者が,ゾンビパウダーを手に入れ,持ち帰って成分を調査したのです.その結果,ゾンビパウダーにはTTX,つまりフグ毒が含まれていることがわかったのです」「フグ毒には,ある際だった特徴があるのです.フグ中毒で死んだと思われていた患者が,翌日息を吹き返したという事例が日本国内でも報告されています.つまりですね,TTXは,致死量に至らず重症の中毒に陥った場合,呼吸の麻痺,心拍数の減少や脳の反射の微弱が起き,仮死状態になるのです.(中略)そして,TTXにはもう1つ特徴があります.致死量に至らない場合は,自然に代謝されてまったく無毒化する性質を持っているのです.つまり,時間が経てば,毒ではなくなってしまうのです.それゆえに,TTXによって仮死状態になった人も,回復すればまったく後遺症なく生活することができるのです.ブードゥー教の神官は,そのフグ毒の性質をうまく利用しているらしい.つまり,一度仮死状態にした人間を後日生き返らせたように見せかけるわけです」と解説している.


    文庫版:講談社,2002

  • 参考文献
  •     1)    Bane V, et al:Toxins(Basel). 2014;6:693-755.(PMID:24566728)
  •     2)    Cestèle S, et al:Biochimie. 2000;82:883-892.(PMID:11086218)
  •     3)    Hille B:Biophys J. 1975;15:615-619.(PMID:1148362)
  •     4)    How CK, et al:Am J Emerg Med. 2003;21:51-54.(PMID:12563582)
  •     5)    Hwang DF, et al:Adv Food Nutr Res. 2007;52:141-236.(PMID:17425946)
  •     6)    Isbister GK, et al:Med J Aust. 2002;177:650-653.(PMID:12463990)
  •     7)    Isbister GK, et al:Lancet Neurol. 2005;4:219-228.(PMID:15778101)
  •     8)    Jal S, et al:J Appl Microbiol. 2015;119:907-916.(PMID:26178523)
  •     9)    Lago J, et al:Mar Drugs. 2015;13:6384-6406.(PMID:26492253)
  •     10)  Lange WR:Am Fam Physician. 1990;42:1029-1033.(PMID:2220511)
  •     11)  Liu SH, et al:Clin Toxicol(Phila). 2015;53:13-21.(PMID:25410493)
  •     12)  MOSHER HS, et al:Science. 1964;144:1100-1110.(PMID:14148429)
  •     13)  Noguchi T, et al:J Biochem. 1986;99:311-314.(PMID:3754255)
  •     14)  Ohno Y:Forensic Sci Rev. 2014;26:139-144.(PMID:26227030)
  •     15)  Sims JK, et al:Ann Emerg Med. 1986;15:1094-1098.(PMID:3740600)
 

臨床家のための「トキシコペディア」。

<内容紹介>わが国の中毒診療のトップランナーとして精力的に活動を続ける著者が、「臨床現場で役立つ中毒学の成書」をコンセプトに、これまでの自身の経験・知見と最新のエビデンスを惜しみなく注ぎ込んだ決定版。 1章「急性中毒治療の5大原則」に続き、2章以降は中毒物質112物質をジャンル別(医薬品、農薬、家庭用品、化学・工業用品、生物毒)にまとめ、フローチャートも交えて解説する。巻末には「近年の中毒トレンド」も掲載。

目次はこちらから

タグキーワード

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook