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『臨床中毒学 第2版』より

連載 上條 吉人

2023.12.01

 著者の経験・知見と最新のエビデンスを惜しみなく注ぎ込んだ中毒診療の決定版!!

  新刊『臨床中毒学 第2版』は,わが国の中毒診療のトップランナーである著者が「臨床現場で役立つ中毒の成書」をコンセプトにまとめた1冊。総論の「急性中毒治療の5大原則」を皮切りに,各論では112種類の中毒物質を取り上げ,詳しく実践的な解説で読者の期待に応えます。
 「医学界新聞プラス」では,本書の中から「No.44 有機リン」(殺虫剤)と「No.103 フグ毒(TTX)」(魚介類)をピックアップし,4回にわたって(各テーマは前編・後編の2回ずつ)紹介します。

103 フグ毒(TTX)

 頻度 💀     毒性の強さ 💀💀💀💀💀

  • Minimum requirement
  •  フグ中毒の死因のほとんどは,呼吸筋麻痺による換気不全である
  •  進行性の呼吸器症状を認めたら,速やかに気管挿管および人工呼吸器管理を施行する
  •  全身の弛緩性麻痺があっても通常は意識が保たれているので,適切に鎮静する

 

概説

 フグ中毒はテトロドトキシン(TTX:tetrodotoxin)を含有しているフグ目の魚を摂取することによって生じる.フグは非常に美味しいが,その一方で,世界で最も危険な海洋生物である.日本では江戸時代の有名なことわざに「ふぐは食いたし命は惜しし」(『吹草ふきぐさ』[松江重頼,編1645年]より)や「ふぐ食う馬鹿食わぬ馬鹿」とあり,中国でもしょく (1037~1101年)は「その味死に値す」とまで表現している.また,俳人の松尾芭蕉(1644~1694年)は「ふく汁や鯛もあるのに無分別」「ふく汁やあほうになりとならばなれ」といった句を残している.

 フグ中毒は主に東アジアから東南アジアで生じているが,中でもTTXを含有している種類の多いフグ目フグ科の魚を好んで食材としている日本での報告が多い.日本では,フグを食べる習慣のある西日本,中でも瀬戸内海沿岸である山口県,広島県,兵庫県での報告が多い.フグ中毒は年間を通じて発生しているが,フグが旬である冬季,中でも12~1月の発生頻度が最も高い.日本でのフグ中毒による死亡者数は,20世紀の初頭には毎年100人にも上ったが,その後,フグの調理や流通に関する法律が整備されてからは減少した.ちなみにフグの調理師は都道府県毎に専門の講習や試験を受ける必要がある.21世紀以降のフグ中毒は20~30件/年,フグ中毒死は0~1件/年の頻度である.ほとんどが無免許の調理師や素人による魚の不適切な処理が原因である.

 フグは危険を感じると豚のような鳴き声を発することから日本名で「河豚」と書く.フグの語源は「(口やエラから水を)吹く」であると考えられている.平安時代にはフク(布久)と呼ばれていたが,江戸時代にフグと濁ったとされている.現在でも山口県下関市や福岡県宗像市では,縁起をかついで「フク(福)」と呼ばれている.また,大阪では「(当時の鉄砲は精度が悪く)時々当たって死ぬ」という洒落から「てっぽう(鉄砲)」と呼ばれている.欧米では興奮すると腹部を膨らませたり,口やエラから水を吹く姿から“pufferfish(膨らむ魚)”や“blowfish(吹く魚)”と呼ばれている.

 図T-103-1はフグ目フグ科のトラフグTakifugu rubripes)で,美味で人気の高級魚である.北海道以南の太平洋,日本海西部,東シナ海に分布し,幼魚は沿岸の浅場や内湾に,成魚は沖合の海底近くに生息する.全長は70cm前後で,体は小さい棘で覆われ,背は黒色で下半分は白色,胸びれの後ろに白い縁取りのある大きな黒斑がある.

 図T-103-2はフグ目フグ科のショウサイフグT. snyderi)で,東北地方以南に分布する.全長は30cm前後で,体表は滑らかで,背側は茶色の地に暗褐色の不定形の紋様がある.腹側は白く,背側との境界に黄色の縦帯がある.外房や東京湾で釣り物として人気がある.釣り上げられた際には興奮して腹部を膨らませているが,口やエラから水を吹き出すと本来の姿に戻る.

 図T-103-3はフグ目フグ科のアカメフグT. chrysops)で,本州中部の太平洋側に分布する.全長は25cm前後で,眼球の周囲が赤く,皮は硬く,口は小さい.背側,体側,ヒレは赤味がかった褐色で,黒斑がある.腹側は白い.

 図T-103-4はフグ目フグ科のコモンフグT. flavipterus)で,北海道以南に分布する.全長は25cm前後で,背側,体側,ヒレはやや茶色で,白くくっきりした斑紋がある.腹側は白い.

 図T-103-5はフグ目フグ科のクサフグT. alboplumbeus)で,青森県から沖縄県に分布し,岩礁域に生息する.目だけ出して砂に潜る習性があるため「スナフグ」という地方名もある.“海釣りの外道”としてしばしば釣れる.全長は15cm前後で,背中は暗緑色で白点が散在し,体中央部に縁取りのない大きな黒斑がある.5月中旬から7月中旬の大潮(新月と満月の頃)の3日ほど前より,満潮の1時間ほど前から背後に山や崖が迫り,真水が浸み出ているような砂浜や砂利浜に膨大な数のクサフグが集まり,水しぶきを上げながら産卵・放精が始まる.産卵のピーク時には海水はオスの精子で白く濁ってしまうほどだが,満潮時を過ぎるとまた静かな海岸が戻ってくる.

 図T-103-6はフグ目フグ科のキタマクラ(Canthigaster rivulata)で,房総半島以南に分布し,沿岸の浅場に生息している.全長は15cm前後で,体側に2本の褐色帯がある.雑食性で海藻,エビ,カニ,ゴカイ,貝,ウニなど何でも食べ,魚の死肉も食べる.“海釣りの外道”としてしばしば釣れる.猛毒を持つため,「死人は北枕に寝かされる」ことが,この名の由来である.

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中毒の特徴

毒成分

 フグ中毒の原因物質は1909年に田原良純によってフグの卵巣から0.2%の純度で単離されて,フグの学名にちなんでテトロドトキシン(TTX:tetrodotoxin)と命名された.すなわち,「tetra(4)-odont(歯)-toxin(毒素)」で上顎に2枚,下顎に2枚の合計4枚の歯を持つフグの毒を意味している.その後,構造の解明のためのさまざまな研究を経て1964年に津田恭介らによって複雑な立体構造をした化学構造式(分子量319,図T-103-7)が発表された.

 フグ科の魚の多くはTTXを有しているが,TTXの濃度は魚の種類,個体,部位,産地,季節によって大きく異なる.魚の部位に関しては,最も濃度が高いのは肝臓と卵巣で,次いで腸と皮である.また,季節に関しては,生殖周期と関連し,最も濃度が高いのは産卵期の12~6月である.表T-103-1にフグ科の魚の部位による毒の強さの比較を示す.図T-103-8にトラフグの,図T-103-9にショウサイフグの有毒部位を示す.

 TTXはフグ固有の毒ではなく,他の生物にも認められる.1964年にMosherらはカリフォルニアに生息するイモリの卵からTTXを発見したと論文で報告した.その後,ヒョウモンダコ(Hapalochlaena fasciata),アラレガイ(Niotha clathrata),トゲモミジガイ(Astropecten polyacanthus),スベスベマンジュウガニ(Atergatis floridus),ツムギハゼ(Yongeichthys criniger),パナマやコスタリカに生息するカエルであるAtelopus chiriquiensisColostethus inguinalisからも発見された.

 TTXはビブリオ属,シュードモナス属,アルテロモナス属などの海洋細菌によって産生され,これらの海洋細菌がさまざまな生物に寄生または共生し,食物連鎖を通じた生物濃縮によって蓄積されて,その生物を毒化すると考えられている.野口らは,TTX保有動物であるスベスベマンジュウガニ,ショウサイフグ,トゲモミジガイ,ヒョウモンダコ,カブトガニの腸内細菌の優先種を単離培養したところTTX産生能があることを報告した.また,石灰藻付着菌にも同様にTTX産生能があることを報告した.このようにしてTTXの起源が細菌であることを示した.ところが,これらの細菌のTTX産生能はごく微量であり,細菌が産生するTTXでは天然のフグが保有している毒の量を説明できなかった.彼らは,毒のない養殖フグおよび無毒魚のイシダイ,マダイ,ボラ,マアジにTTXを添加した飼料を投与したところ,フグは肝臓に速やかにTTXを蓄積して毒化したが,無毒魚は毒化しなかった.すなわち,フグは無毒魚と異なり,TTXに対する抵抗性が強く,さらにそれを吸収・蓄積する能力も保持していることを示した.また,フグの消化管内容物からTTX保有生物を好んで食べる食性を考え合わせ,フグの毒化が食物連鎖による生物濃縮であることを示した.さらに,1万匹のトラフグをTTX保有生物から遮断して養殖したところ無毒であることも示した.

 TTXは水溶性で,弱塩基性である.また,熱安定性で冷凍しても加熱しても不活化されない.TTXは強力な神経毒で,致死率が高い.TTXは解毒薬はなく,免疫は生じず,生体内に蓄積しない.TTXのマウスでの経口LD50は334μg/kgで,ヒトの成人の経口致死量は1~2mgといわれている.

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毒物動態

 ヒトにおけるTTXの薬物動態は十分には解明されていない.TTXは腸管から速やかに吸収され,尿中に排泄される.血清TTX濃度は急速に低下し,摂取後12~24時間で検出できなくなるが,尿中には摂取後5日まで検出される.

毒のメカニズム

 TTXは中枢神経には作用しない.末梢神経のランヴィエ絞輪(Ranvier's nodes)には膜電位依存性Naチャネル(voltage-sensitive Na channel)が高い密度で存在する.図T-103-10に示すように,負電荷である膜電位依存性Naチャネル外孔部分にあるレセプターサイトIにTTXの陽電荷の部分が細胞外から結合する.この結果,外孔が塞がれてNaの流入が妨げられるため,活動電位の発生および興奮伝導が抑制される.この結果,シグナルが筋肉に伝わらずに麻痺が生じる.ただし,フグのNa+チャネルにはTTXの結合部位がないためフグ自身にはTTXは毒性を発揮しない.

(以降の本文は第4回に続く)

  • 参考文献
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臨床家のための「トキシコペディア」。

<内容紹介>わが国の中毒診療のトップランナーとして精力的に活動を続ける著者が、「臨床現場で役立つ中毒学の成書」をコンセプトに、これまでの自身の経験・知見と最新のエビデンスを惜しみなく注ぎ込んだ決定版。 1章「急性中毒治療の5大原則」に続き、2章以降は中毒物質112物質をジャンル別(医薬品、農薬、家庭用品、化学・工業用品、生物毒)にまとめ、フローチャートも交えて解説する。巻末には「近年の中毒トレンド」も掲載。

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