医学界新聞

書評

2023.11.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3541号より

《評者》 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター特命部長

 誰もが経験済みのことだと思うが,ゴミ出しをしようとしているところに「ゴミを出せ」と言われて,すっかりスネ夫になってしまった。逆にやるかやるまいかと迷っていると誰かの一言でにわかにやる気満々になったなど,言葉掛けのタイミングや投げられた言葉によって思いも寄らない方向にこころが動かされることがある。言葉掛け1つでこのようにこころが動くのならば,医療における言葉掛けがどれだけ患者や医療スタッフのこころに影響を及ぼすかは自明のことである。もしかすると,患者の治療動機や治療継続性を高めるための特効薬は,医療スタッフ側のコミュニケーションスキルそのものなのかもしれない。

 米国の医療現場で発生した訴訟問題の分析結果を見ると,訴訟問題の約7割は患者と医療スタッフ間の人間関係問題であり,内容的には「配慮がない」,「話を聞いてくれない」,「情報を適切に渡してもらわなかった」など,大半はコミュニケーションの問題だとされている。米国は訴訟社会と言われる通り,医療現場で起こる問題が訴訟という形で表面化しやすいのだろう。一方日本は「和を以って貴しとなす」の国であり,コミュニケーション問題は表に出づらいのかもしれない。しかし,見えないすなわち問題なしではなく,患者や医療スタッフが傷ついているのにもかかわらず,「我慢すべきだと思う」,「周りとの不和を避けたい」などの理由から表面化しないのだとしたら,ケアの観点から,その背後には巨大で深刻な問題が横たわっていることになる。

 今回,『こころが動く医療コミュニケーション読本』が医学書院から出版された。まさに前述の問題に真っ向から取り組んでいる本であり,週刊医学界新聞に連載されて好評を博した内容をまとめたものでもある。著者の中島俊先生は評者が過去に職場の同僚として働いた人物で,学術的な面だけでなく,臨床的にも信頼できる。本を手に取ってみると,サイズ的には厚過ぎず薄過ぎずで,ちょうど良い分量である。文体も読みやすく平易なですます調で,実際の対話例などが漫画チックに載せられており,構えて専門書に取りかかるといった堅苦しさは感じない。この領域のテーマの海外の翻訳本は得てして分厚くて,文字ばかりで扱いづらい。「コミュニケーションの本がわかりづらい」ということになれば,それこそお話にならない。しかし,本書にはイラストや図解などが豊富に用いられ,読者が理解しやすいようにと施された仕掛けがそこここに見つけられる。例えば,随所にQRコードが載せられており,そこからさまざまな資料を入手することができる。つまり,本の厚さ以上の情報が紙面に盛り込まれていることになり,それを手軽に持って歩くことができる工夫は素晴らしい。また気楽に読めるコラムが散見され,コラムを拾い読みするだけでも面白い。

 中をのぞいてみると,第1章では職業人として押さえておくべき「医療者がもつべき倫理観・態度」に触れて土台固めをした上で,第2章で「コミュニケーションの基本的なスキル」を紹介する。医療者の誰もがもっていなければならない基本スキルについて解説した後に,第3章では「状況に即したコミュニケーション法の選択」を扱っている。ここでは,特に最近注目されている共同意思決定(SDM)や動機づけ面接(MI),今回のコロナ禍でのコミュニケーションの問題点,オンライン診療での注意点など,最新のホットトピックスを網羅的に,そして具体的に取り上げている。締めくくりの第4章は「共感力を高めるために医療者ができること」,つまり個人が自身の共感力を鍛えるためにできることを紹介している。基本的なスキルは当然のこととして,ますます腕を磨くための自己鍛錬の方法ともいうべき部分である。

 本書は医療コミュニケーションの全体像をつかむためのテキストとして,必ず読んでおきたい一冊である。同時に近年注目されている重要スキルについて触れている点もありがたい。つまり,一冊で基本から応用,そしてこれからの成長について知ることができる“一石三鳥”の本である。さらに初学者だけではなく,より詳しく学びたい読者のために充実した引用文献がリストされている点は特筆すべき点である。日本の医療コミュニケーションの学術的な発展を考えたときに,大いに貢献してくれる部分だと思う。日本の医療教育は世界的にも優れていることは間違いないが,人とかかわる基本手法であるコミュニケーションスキルの訓練についてはどうなのだろうか。人とかかわる達人をめざすのであれば,今からでも決して遅くない。そしてそういう医療スタッフを育てたいのであれば,その第一歩を本書からスタートする。そうすれば,こころが動くこと請け合いである。


《評者》 社会医療法人宏潤会大同病院常勤顧問

 日本肝胆膵外科学会が認定する「高度技能専門医」を取得することはなかなか難しい。術者として50例以上の肝胆膵高難度外科手術の経験が必要である上,手術記事などの書類審査も厳しく,何より3人の審査員によって合否判定が下される手術ビデオ審査(ビデオ編集不可)が難関である。過去5年(2019~23年)の合格率を見ると,51.0%(53/104),35.0%(49/140),41.9%(62/148),46.7%(77/165),52.5%(93/177)と,50%以下のことも少なくなく,大多数の一般外科医が取得できる,日本外科学会が認定する「外科専門医」や日本消化器外科学会が認定する「消化器外科専門医」とは一線を画している。本書,『肝胆膵高難度外科手術[Web動画付] 第3版』は,この「高度技能専門医」をめざす外科医を主たる読者対象にし,日本肝胆膵外科学会が編集・刊行した公的テキストである。

 第3版で最も変わったのは35本もの動画が収載されたことである。“百聞は一見に如かず”ではないが,文章や図での説明よりはるかにわかりやすいので,第4版では動画のさらなる充実が望まれる。また,「I章 技術認定取得の心構え・留意点」として「新しい術式を行う際の倫理的留意点」「手術記録の書き方」「ビデオの上手な撮り方」「安全管理委員会からの提言」など読者がまさに知りたいであろう事案を独立させてまとめたのは画期的であり,本書に対する編集委員会の並々ならぬ熱意が感じられる。さらに,VI章として「腹腔鏡下・ロボット支援下肝胆膵手術」が取り上げられているが,50ページとかなりの分量がこれに充てられていて,今後ますます本手術が肝胆膵の分野でも発展していくことが予想される。

 さて,肝胆膵高難度外科手術を過不足なく行うには,肝・胆道および膵の局所解剖を正しく理解することが求められる。やや乱暴な言い方になるが,膵の解剖は二次元,肝・胆道の解剖は三次元であり,後者はより複雑である。特に,門脈・肝動脈・胆管のいわゆるPortal Triadは,お互いが絡みつくようにグリソン鞘内を走行しており,局所解剖,特に肝門部領域の解剖をより複雑にしている。門脈にも破格は存在するが,この太い血管は解剖のland markであり,肝動脈や胆管は門脈に対してどのように走行しているのか? すなわち,頭側か尾側か? あるいは腹側か背側か? といった脈管相互の空間的位置関係を正しく理解することが必須である。今回,書評執筆のため本書を精読したが,残念ながら図の解剖学的な誤りが10か所ほど(全て肝・胆道に関する記載)認められた。これまで出版された手術書や論文などにも解剖や手術の図の誤りはしばしば認めるが,読者の方々は誤りに気付かれたらこれを指摘していただき,本書がbrush upされることを願っている。


《評者》 東京ベイ浦安市川医療センター総合内科部長

 神経診療は難しく,苦手意識のある医師は多い。なぜ難しく苦手と感じるのか。一つに,神経領域の幅広さがあると思う。解剖学的にも,脳,脊髄,末梢神経,神経筋接合部,筋などと多彩であり,病態的にも血管障害,感染症,自己免疫,変性など幅が広く,その組み合わせで膨大な疾患が存在する。誰しもその疾患数や領域の広さに圧倒され,特に神経内科を専門領域とするもの以外にとってこれを全て勉強しきることは無理だ,専門科に任せようという気持ちになるのもわからなくはない。

 ただ一方で,救急外来や一般内科外来に,脳卒中や意識障害,痺れの患者は受診するものであり,全てを神経専門家にコンサルトすることは現実的でなく,非専門医もそうした患者のマネジメントを適切に行えねばならない。

 著者の杉田陽一郎医師は,2022年より神経内科の一人医長として東京ベイ浦安市川医療センターに着任された。エビデンスに基づいた豊富な知識をもとに内科専攻医や研修医に対して熱心に神経診療を教育してくれ,病院全体の神経診療のスキルアップに多大な貢献をされ今ではなくてはならない存在となっている。本書にはまさに,彼が日々実践,教育されている神経内科診療のエッセンスがまとめられている。第1章の「神経診療の基本」では病歴と診察から病巣と機序をつかむ,という最も重要な基本技術について丁寧に解説されている。非専門医であっても,できる限りその基本技術を習得してほしい,自身で診断仮説をもった上で専門医にコンサルトしてほしい,という強い想いが伝わる内容である。

 第2章では,運動,感覚の障害について病巣ごとの特徴がまとめられている。特筆すべきは,オリジナルのイラストやたとえなどを豊富に用いて,わかりやすく解説されている点である。神経内科は総論である神経解剖や診察方法を習得しないと鑑別に進めないが,ここの部分でつまずかないよう(習得を諦めてしまわないよう),大変に工夫されている。

 第3章では,意識障害,けいれん,脳梗塞,頭痛,髄膜炎など神経領域で多く遭遇する病態,疾患について標準的な診療手順に基づいて解説している。同じく,豊富なイラスト,表でわかりやすく記述されている一方で,いずれも多数の国際的なレビュー論文やガイドラインが参照されており,一つひとつの章が非常に優れたレビューとなっていて指導医レベルが読んだとしても勉強になる内容である。

 また,合間に臨床に役立つクリニカルパールが随所にちりばめられている点も秀逸である(例:先行感染+蛋白細胞解離=ギラン・バレー症候群,などキーワードから診断しようとすると誤診する,神経救急では脳を見たら心臓を見るなど)。

 本書はまさに神経診療のエッセンスを臨床現場のGeneralistへ届ける,最適な本だと感じている。初期研修医や内科専攻医が「神経診療」を学ぶための最初の一冊として,強くお薦めしたい。豊富な内容ながら読みやすく工夫されており,ぜひ通読した上で,当該の疾患や病態を経験したときにもう一度そこを読み直す,というように深く愛用していただくのが良いのではないかと思う。評者自身は卒後16年目の総合内科医師ではあるが,通読用の書籍版と病棟普段使い用の電子書籍版双方を活用しており,すでにベッドサイド教育の心強い相棒となっている。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook