医学界新聞

FAQ

寄稿 杉田陽一郎

2023.11.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3541号より

 神経診療で最も重要な点はいきなり病名に飛びつくのではなく,病歴と神経所見から①「神経解剖のどの部位が障害されているのか?(病巣はどこか?)」,②「どのような機序か?(病因は何か?)」という2点を推定することです。この作業なくしていきなり「〇〇病」という鑑別を挙げると診療が混乱し,またキーワードから病名を連想するという短絡的な思考回路は誤診のもとになります。本稿では「いかに病歴を聴取するか?」という点に絞って解説していきます。

 問診で患者さんが話した言葉をそのままカルテに記載するのはディクテーションであり,病歴聴取ではありません。患者さんは前日まで健康であったが当日昼から調子が悪いことを「突然」とよく表現しますが,医療用語の「突然発症(sudden onset)」は発症起点が何時何分と特定できる状況を指します。このように患者さんが使う言葉と医療用語の意味に乖離を認める場合が多々あるため注意が必要です。

 このように患者さんが「突然」と表現したからといって「突然発症」と医学的に解釈して良いわけではありません。では,どうすれば発症起点をとらえられるでしょうか?

 ここでのポイントは「何をしている時にどのような症状が出ましたか?」と具体的なエピソードを尋ねることです。例えば,皿洗いの最中にそれまで普通に洗えていたにもかかわらず急に右手に力が入らずお皿を落してしまった場合は,発症が何時何分と特定可能なので「突然発症」と客観的に判断可能です。しかし,何をしている時かは思い出せないけれど気が付いたら何となく右手が動かしづらいという病歴では発症起点が特定しきれないので「突然発症」とは断定できません。

 このように患者さんの使う言葉の表現や形容詞を詰めていくのではなく,「発症時に何をしていたのか?」という具体的なエピソードを引き出していく作業こそが病歴聴取です。得てして病歴聴取が患者さんの言葉をそのままカルテに記載するディクテーションになってしまっている場合があるので,注意が必要です。

患者さんの言葉をそのままカルテに記載するのはディクテーションであり,病歴聴取ではありません。突然発症の病歴かどうか判断するためには「何をしている時にどのような症状がでましたか?」と具体的なエピソードを尋ねることが有用です。

 


 慢性経過の疾患(代表的なのは神経変性疾患)では,「いつからどのような症状が発症したのか?」を把握することが極めて重要です。前述の突然発症の病歴であれば発症時のエピソードが比較的拾いやすいですが,慢性経過の場合は把握が難しいです。

 特に難しいのが「最初のごく軽微な障害をいかに病歴でとらえるか?」という点です。ここで「力が入りづらいのはいつからですか?」という漠然とした問いを投げても有用な回答は得られないことが多いです。発症初期のごく軽微な障害は日常生活動作の負荷ではわからないことがあり,その場合は運動習慣,趣味,仕事という負荷が高い3つの状況からアプローチします(図1)。例えば,日常生活では問題ないけれど「趣味の太鼓で右手が遅れるようになってきた」というように,負荷の高い動作のほうが,発症点と症状が同定しやすくなります。これらが何もない患者さんの場合も,日常動作で負荷の比較的高い動作(例えば買い物や階段昇降)から話を聞いていくことができます。つまり,実際に目の前の患者さんの生活をイメージして,「こういう状況ではどうですか?」と積極的に質問していくことが良い病歴聴取につながります。患者さんの生活歴や趣味,習慣など「人を診る」ことが病気の理解にも非常に重要だということです。

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図1 軽微な症状を拾い上げるヒントとなる負荷の高い動作〔『病態生理と神経解剖からアプローチする レジデントのための神経診療』(医学書院)8頁を参考に作成〕

 また,その病歴と対応する神経機能を考えることも重要です。例えば蛇口を上手くひねりづらい,服のボタンをかけづらい,ペットボトルのキャップを開けづらい,小銭を財布から取り出しにくいという症状はいずれも上肢遠位筋(特に手内筋)による巧緻運動障害を示唆する病歴です(図2)。このように「その症状は一体どこの神経機能の障害と対応しているのか?」を考えながら病歴を聴取していきます。

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図2 上肢遠位筋の障害を示唆する症状〔『病態生理と神経解剖からアプローチする レジデントのための神経診療(医学書院)9頁を参考に作成〕

 これまでの話からわかる通り,「こうすれば誰でも良い病歴がとれる」というテンプレートがあるわけではありません。患者さんごとに考えながら病歴を聴取する必要があるということです。こうした病歴聴取のトレーニングをぜひ研修期間に行っていただきたいです。

運動習慣,趣味,仕事といった身体負荷が高い動作から病歴を聴取すると,慢性疾患の病歴聴取もしやすくなります。患者さんの生活背景を踏まえて問診していくことが重要です。

 

近年,画像診断の進歩などにより病歴聴取がないがしろにされがちな場合が多々あります。しかし,正確な診断において病歴聴取の重要性が揺らぐことは決してありません1)。フィリップ・A・タマルティ先生の「詳細な病歴聴取と診察ほど患者にとって良医であることをはっきり示すものはない」という言葉が全てを物語っていると思います2)


1)塩尻俊明(監).杉田陽一郎(執筆).病態生理と神経解剖からアプローチする レジデントのための神経診療.医学書院;2023.
2)フィリップ・A・タマルティ(著).日野原重明,他(訳).よき臨床医をめざして――全人的アプローチ.医学書院;1987.

東京ベイ・浦安市川医療センター神経内科 医長

2015年東京医歯大卒。武蔵野赤十字病院で初期研修修了し,東京医科歯科大学医学部附属病院脳神経内科などで後期研修を修了。22年に東京ベイ・浦安市川医療センターに神経内科を立ち上げ現在に至る。医學事始というホームページで医学情報の発信を行う。著書に『病態生理と神経解剖からアプローチする レジデントのための神経診療(医学書院)ほか。

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