医学界新聞

FAQ

寄稿 小川吉彦

2023.10.02 週刊医学界新聞(通常号):第3535号より

 感染性微生物の薬剤耐性化は世界的に問題となっている。それに対してさまざまな新薬が開発されている一方,その新薬に対しても耐性を持つ菌がすぐに見つかっているのが現状である。また,獲得した耐性遺伝子の種類によっては,感受性検査結果のみを根拠に治療した場合,治療が失敗につながる場合がある。失敗を避けるには,検出された菌がどのような機序で抗菌薬に耐性を持つかを理解することが重要である。安定した感染症治療・対策を提供するために,院内で広げない感染管理と,適切な抗菌薬治療提供の2つの柱を組み合わせて実践する必要がある。

 感染症治療において,患者が良くなるには一定の時間が必要とされています。例えば尿路感染症で抗菌薬加療が実施されているのに,翌日CRPなどの炎症性マーカーが上昇するといったことは度々経験されます。「患者が良くなるためにどれだけの日数を要するのか」という平均的な時間軸を知っておくことは重要です。 さらに,熱が出ていても,CRPが上昇していても,患者の循環動態や意識状態が改善に向かっているかを考えることも重要です。

 筆者は,感染症治療がうまくいかない場合は3つの“ない”を軸に考えるようにしています。それは①行かない②足りない③(そもそも)感染症ではないの3つです。

 ①行かない,は抗菌薬が届かないことを指します。抗菌薬の種類によっては中枢神経移行性や膿瘍移行性が限られていることがあり,その場合には治療が奏効しないと考えられます。

 次に②足りない,は投与量が足りないということだけでなく,膿瘍形成などがあり,抗菌薬の投与量と比べて菌の量が相対的に多い場合も該当します。後者の場合には積極的な膿瘍ドレナージなどの外科的な処置を実施する必要があります。

 また基本に立ち帰り,その発熱・病態は③(そもそも)感染症ではない,ということは多々経験されます。これとは別に,感染症がほとんど間違いなく,菌名も判明している中で患者がいったん良くなったのに再度発熱が認められたなどの場合には,抗菌薬起因性腸炎や薬剤熱,結晶性関節炎などの原因のほうが耐性菌を新たに獲得するよりもあり得ると考えます。

 他方,Enterobacter属などの特定の菌では,耐性の獲得ではなく,抗菌薬の使用で耐性遺伝子の発現が誘導される場合があります(染色体性AmpC型β-ラクタマーゼ産生菌など)1)。残念ながらそうした菌は記憶するより他ないので,内科や細菌検査室への相談が重要となります。

耐性獲得を考慮するよりも先に基本に立ち返って,3つの“ない”(①行かない,②足りない,③感染症ではない)をベースに考えるのが肝要です。ただし,検出菌によっては抗菌薬使用により耐性化したように見えることがあります。


 抗菌薬曝露が耐性化の原因になる場合と,そうでない場合があります()。そうでない場合というのは,病院内の他の患者や環境を介して,耐性遺伝子を獲得してしまう場合がその中心です。具体的な例としてはメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)の治療をセファゾリンで行っている患者です。セファゾリンの使用が原因でメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)になるようなことはありませんが,院内の環境や医療者の手などを媒介として,新たにMRSAを獲得してしまうことがあります。

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 耐性化の原因別対処法〔『ケースで学ぶ抗菌薬選択の考え方――耐性と抗菌メカニズムの理解で深掘りする』(医学書院)24頁より転載〕

 ただし,薬剤耐性機序は1つに限らず,複合的な因子によることが多いです。そのため「不要な抗菌薬投与を行わない」ことも重要です。耐性菌を増やさないためには,抗菌薬の使用を考えることと,病院内の感染対策を実施することのどちらも大切な要素です。

抗菌薬使用により耐性化する場合と,医療環境を介して耐性菌を獲得してしまう場合の2つがあります。それぞれに対策が必要です。


 CRE(カルバペネム耐性腸内細菌目細菌)は,カルバペネマーゼという広域のセファロスポリン系抗菌薬のみならず,カルバペネム系抗菌薬も分解可能な酵素を出す遺伝子を獲得したCPE(カルバペネマーゼ産生腸内細菌目細菌)と,それらの獲得型耐性遺伝子によらない機序によりカルバペネム系抗菌薬に耐性のnon-CPE(獲得型カルバペネマーゼを有さずカルバペネム耐性の腸内細菌目細菌)に分けられます。non- CPEがカルバペネム耐性となる機序は,AmpC型β-ラクタマーゼやESBL(基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ)などによる抗菌薬の加水分解に加えて,細胞外膜の変化やefflux pumpなどの耐性機序の組み合わせでカルバペネムへの感受性が低下するといった,複合的な要素によるものです2, 3)

 一方で,厳格な感染対策が必要なのはカルバペネム分解酵素を発現できる遺伝子を獲得したCPEとなります。というのもこの耐性遺伝子は菌から菌にプラスミドという修飾遺伝子によって伝播していき,世界的なアウトブレイクにつながっているためです()。

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 プラスミドを介した耐性遺伝子の伝播〔『ケースで学ぶ抗菌薬選択の考え方――耐性と抗菌メカニズムの理解で深掘りする』(医学書院)27頁を改変〕
薬剤耐性遺伝子のプラスミドは性線毛を通して細菌間を伝播する。性線毛の機能の詳細については出典を参考されたい。

 わが国でも諸外国と比べてその頻度は高くないものの,アウトブレイクの報告が後を立ちませんので,患者の管理は厳格に行う必要があります。なお,耐性遺伝子を保有しているかは感受性検査結果だけでは確実なことは言えないため,追加の検査が必要です3)。追加の検査を実施しない場合には全てのCREに対して一律の厳格な対応が求められます。

獲得型のカルバペネマーゼを有する菌が検出された場合には厳格な対応が必要となります。

感染症診療には感染症検査の実施が不可欠です。つまり,検体の提出なくして感染症診療の実施は困難を極めます。診察のうえ検査を実施したのちに,グラム染色や培養検査を通じて細菌学的特徴をとらえることが,より良い感染症診療を提供できる重要なツールであると考えます。加えて,抗菌薬耐性菌の理解が難しいのは,その機序が複数にわたることにあろうかと思います。おおまかな耐性機序を理解することで,適切な抗菌薬治療が提供できれば,患者のアウトカムにも貢献できるのではないでしょうか?


1)Clin Microbiol Rev. 2009[PMID:19136439]
2)Steven M, et al. Molecular mechanisms of antibiotic resisitance in bacteria. In:Bennett JE, Dolin R & Blaser MJ, editors. Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 9th edition. Elsevier;2019. pp222-39.
3)藤原麻有,他.病院におけるカルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(CPE)検査方法.IASR.2019;40:22-4.

堺市立総合医療センター感染症内科部長

2006年大阪市大医学部を卒業後,同大病院研修医。その後,国立病院機構大阪医療センター,大阪市立総合医療センターを経て,12年奈良医大感染症センター診療助教。19年より現職。著書に『ケースで学ぶ抗菌薬選択の考え方――耐性と抗菌メカニズムの理解で深掘りする』『トップランナーの感染症外来診療術』(いずれも医学書院)など。

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