医学界新聞

対談・座談会 宮前伸啓,荒隆紀,安炳文,自閑昌彦

2023.09.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3532号より

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 ER初療に出始めたばかりの頃,研修医の前に立ちはだかる壁はたくさんあります。その一方,研修医を指導する立場にある上級医たちも,タイムプレッシャーがかかりやすい環境下でさまざまな難事に頭を悩ませながら日々診療と教育に当たっています。

 本紙では,この度上梓された書籍『京都ERポケットブック 第2版』(医学書院)1)の責任編集を務める宮前伸啓氏,執筆を務める荒隆紀氏に加えて,京都においてERでの研修医教育に携わる安炳文氏,自閑昌彦氏を迎えた座談会を企画。研修医教育にまつわる悲喜こもごもをお話しいただきました。

宮前 臨床では,少なくない時間を割いて上級医たちが研修医の指導に当たっています。本日は,そこにある魅力ややりがいはもちろん,悩みや困り事についても率直な意見を共有することで,より良い教育環境の醸成につなげられればと考えています。安先生,自閑先生にはERでの教育に携わる指導医の立場から,荒先生にはかつて当院で初期・後期研修を行い,卒前教育とERでの診療のギャップに驚いて『京都ERポケットブック』を上梓された立場から,それぞれお話しいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

宮前 ERでの研修医教育に継続してかかわるモチベーションがどこにあるのかを,まずは伺いたいです。

 研修医は必修科目としてERで12週以上研修を行いますから,必然的に彼らと苦楽を共にする時間が長くなります。それだけの期間をERで過ごしてもらうのならば教育の質を高めたいと,自然と考えるようになっていきました。

自閑 若い人たちと一緒に仕事をしていく面白さは確実にありますね。主訴や重症度に幅がある患者さんが次々に舞い込む不確実性の高いフィールドで一定の期間を共に過ごしていると,人と人とのつながりが深まる実感があります。難しくてよくわからないことに一緒に取り組む面白さです。単純化すると,その楽しさがあるから続けているだけと言ってしまえる気もしています。指導医として何かを授けてあげるというのではなく,一緒に困難を乗り越えてみようよといったスタンスで臨んでいます。

宮前 難しいこと,わからないことがある時のほうが面白いという側面はあるかもしれません。

 ERでは不確実性に向き合う場面が多いという事実が,大変ではあるものの面白さに直結するのは同感です。不確実性ゆえに上級医といえども常に怖さが付きまといます。そうした状況であるからこそ外してはいけない要点は押さえていく。押さえるべき勘どころを研修医に伝える中で,教える側でも言語化が進む楽しさがあるでしょうし,研修医が教わったことをスポンジのようにぐんぐん吸収して変わっていく様を見るのもまた喜びにつながるのではないでしょうか。

宮前 研修医の変化が目に見えるとうれしいですよね。初めは学生の頃の名残りが強かった研修医が,1~2か月すると急に顔つきがしっかりしてきて,苦手だった患者説明が上手くなっているなど猛スピードで成長する様子は,何度見ても良いものです。

宮前 反対に,研修医教育の難しさを感じる点はどのあたりでしょうか。

 診療の忙しさと教育との間でバランスを取ることです。緊急度が高く余裕がなくなると教育よりも救命に集中しますし,その後のフィードバックのタイミングを見失いがちになります。研修医側も内省する時間を十分に取れないことがあるでしょう。一方で,患者さんが少なすぎても勉強量が積み上がらないので望ましくありません。もちろん状況に合わせて調整はしますが,コントロールできない困難さといったところでしょうか。

 また,研修医のキャパシティは個人差が大きいので,その見極めと調整は指導医の腕の見せどころかと思います。総じて,画一的な対応ができないことにERでの研修医教育の難しさがあるのかもしれません。

 タイムプレッシャーがかかると,とにかく手を出そうとするタイプと,はたから見ているしかできないタイプの研修医に二分される印象があります。安先生のおっしゃるように,救命に寄ることで教育が後回しになるのは当然のことだと思いますが,そうした場で研修医は研修医なりに罪悪感を覚えていることも多いはずです。私自身,ERでの研修期間中はどうしようもない無力感に悩んでいました。上級医の仕事を横で見ていて,果たして同じことを自分ができるようになるのだろうか……と不安に思い,先輩から「自分も昔はそうだった」との話を伺って不安が少し和らぐこともありました。

 到達度に関して言うと,「ERで面倒を見るからにはこのレベルには到達させないと」といった思いを以前は強く抱いていましたが,最近はもう少し気楽な考えにシフトしてきました。

宮前 何かきっかけがあったのですか。

 ERでの2か月間は頼りなかった研修医と,その半年くらい後に夜間の業務を共にすることがあったのですが,以前の姿からは想像できないくらいテキパキと仕事をこなせるようになっていて驚いたという体験を契機に,考え方が徐々に変わっていったように思います。無理矢理2か月の間に詰め込もうとしなくても,研修期間は他の診療科を含めて2年間あるわけですから,自分に合ったペースで各自学んでいってくれるのかなと。ある意味で研修医を信頼するということなのかもしれません。

宮前 こちらが押し付けようとしても,そのまま吸収してくれないことのほうが多いですからね。それぞれの学習ペースを尊重するのは大切だと思います。

 加えて研修医の立場からすると,教育を行う側のばらつきも気にかかる点かと思います。救急科専門医がたくさんいる施設ばかりではない中で,医学教育にあまり熱心でない医師が指導に当たるタイミングもあるはずです。そうした場合,研修医側からは質問等をしづらい状況もあるでしょう。ですから,専攻医くらいの年代の医師がどの程度研修医教育にコミットするかが大事なのだと思います。Residents-as-Teachersと言われますが,認知的にも空間的にも近接している先輩が指導医的役割を果たすことで,教育側のばらつきをある程度補完できるのではないかと考えています。

自閑 専攻医サイドにインセンティブが乏しい問題はあるものの,専攻医による指導は効果的でしょうね。というのも,研修医とのジェネレーションギャップを私自身が日々感じているからです。年齢がそう変わらない間は許されていた距離の近いコミュニケーションも,年齢差が開くにつれ難しくなります。指導医側が絶えず調整を図らないといけませんね。

 教える側―教わる側の関係性で言うと,合う・合わないの相性も無視できないファクターです。固定ペアにすると合わない場合に研修医がつらい思いをするので,複数の目が届くような形式にするか,いっそペアを作らなくても良いと考えています。

自閑 相性は確実にありますね。年齢が近いからといってうまくいくわけではないのも難しいところです。

宮前 そうした情報は先生のところに集まってくるのでしょうか。かなり個別的で込み入った情報だと思いますが。

 研修医からは直接言いにくいのでしょう。困り事があれば何でも相談するよう伝えてはいるものの,周囲のメンバーを介して情報が伝わってくることが多いです。情報が手に入れば,もちろん調整を行います。

 私が初期研修をしていた当時の音羽病院では,救急科でのローテーション時は初期研修医と後期研修医がペアを作る制度が敷かれていましたが,組み合わせは日替わりなので一応の逃げ場はありました(笑)。

宮前 当院でもいろいろな形を実際に試してみて,より良い方法を常に模索しています。しかしフォーメーションを決めて診療に当たっても,結局は患者さんが押し寄せて事前の想定通りに動けないこともしばしばです。

自閑 どのような患者さんがいつやって来るのか,ERでは特に読みにくいですからね。

 ペアを作ることに関しては良い側面もあって,教える側―教わる側がうまくマッチした際には研修医の爆発的な伸びが期待できます。研修医が指導医に対して尊敬の念を抱いて,少しでも近づこうと懸命に努力する,指導医もそうした研修医の姿勢を目にして一層仕事に励むようになる。デメリットにも目配せしながら,良い側面を引き出せると良いのかなと思います。

宮前 うまく機能するペアやチームを作るに当たっては,当人たちのキャラクター性や背景を良く知っておくことが必要なのかもしれません。私は新しい研修医がERにやって来た際に,人としてのベースにどういう背景を持っていて,院内ではどのようなローテーションを経てきたのかなど,マンツーマンで1時間ほど話を聞くようにしています。そうすると,一見おとなしい研修医でも,明確な目標を持っていたり,学生時代や社会人生活での経験から自分なりの医療への考え方を構築していたり,その人なりのスタンスが見えてきます。研修医一人ひとりに対する解像度を上げておくことで,他のスタッフとの関係性に問題が生じた際に介入することが容易になるはずです。

宮前 現場教育において難しい点と言えば,振り返り・フィードバックの時間をどう確保するかも挙げられます。やりっ放しにしないためにも必要であることは間違いないのですけれど。

 私が後期研修医だった頃には,当直上がりの初期研修医とそのまま一緒に振り返りを行うことがよくありました。医師の働き方改革が進む昨今,褒められたことではないかもしれませんが……。

 時間が取りやすいのはどうしても業務後になってしまいますね。熱心に振り返りを希望する人もいれば,時間外は対応したくない人ももちろんいて,基本的には時間外を避けながらケースバイケースで対応しているのが実際のところです。ただ,大きな失敗があったケースは直後に振り返ったほうが教育上効果的なはずで,悩ましいです。

自閑 同感です。加えて,失敗後すぐにフィードバックしてあげれば本人の中でもある程度整理がついて,業務後の時間をもやもやしながら過ごさずに済むでしょう。

宮前 全てのケースの振り返りを機械的に行うのは難しいでしょうから,今後は必要なケースに絞って日常業務の中にうまく埋め込んでいく工夫が求められるのかもしれないですね。

 患者さんとのコミュニケーションの指導についてはどうでしょうか。うまく教えるのが難しい領域だと思われます。

 トラブルに直結する部分なので気を遣います。研修医が上級医をまねて患者さんに砕けた口調で話すようになってしまい,修正が難しいことがあります。

 hidden curriculumですね。勝手に背中を見て学んでしまっている。

 そうした場合,私自身が丁寧な言葉遣いで患者さんに接している様子をあえて見せて,研修医が学んでしまったのとは異なるコミュニケーションスタイルもあるのだと示すようにしています。必ずしも全員に響くわけではないので,直接指摘することも時にあります。

自閑 患者コミュニケーションに問題があると思われる研修医がいる場合には,直接的に指導するのではなく個別に面談の場を設けて,まずは本人の話を聞いています。あまり管理的になりすぎないようにとの意識からです。こちらが彼らのことを管理対象として扱うことで対立構造ができてしまっては悲しいです。こうあってほしい研修医像と現実のギャップに苦しむことがよくありますが,それは指導医側が勝手に期待しているだけのことで,研修医は研修医なりに必死にやっているのですよね。例えば研修修了から10年が経過し,ひとかどの医師になった彼らが「そういえばあの時指導医にこう言われたな」と思い出してくれることがあれば十分なのかもしれないと近頃は思うようになりました。

 わかります。指導医としてかかわる以上,成長させてあげなければとつい気負ってしまうのですが,思い入れを強くしすぎることが研修医にとって必ずしも良いとは限らないのだと,本日話をしながら改めて感じました。一緒に学ぶ中で研修医が実力を伸ばすことにコミットしつつ,一方でコミットしすぎずにある程度は流れに任せるようなバランス感覚を持てると良いのでしょうね。緩やかなサポートとでも言うのでしょうか。

 指導医の先生方が葛藤しながらも日々提供している教育は,将来のさまざまなフィールドで生きてくると思います。私は現在,在宅医療のフィールドで管理者の立場にありますが,往診に出る医師を見て,研修医の時点でしっかりとした救急対応を身につけておくことの重要性を日々再認識しています。在宅医療の臨時往診対応ではリソースが少ない中,心理・社会的,個別的な対応を行うために見通しを立てる力が求められ,ER研修はそうした力を養う格好の場です。今後は救急科専攻医の先生方の研修先に当院の在宅医療の場を提供するなどのコラボを実現できればと考えています。

宮前 不確実性の高い中で患者さんの全体を診るというERのフィールドにおいて,他施設でも似たような悩みを抱えながら仕事をされていることが共有できて,勇気づけられました。今後も相互に情報共有しながら,より良い教育環境,実践共同体を作っていければと思っています。

(了)


1)洛和会音羽病院救命救急センター・京都ER(編).京都ERポケットブック 第2版.医学書院;2023.

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洛和会音羽病院 救命救急センター・京都ER 副部長 司会

2006年昭和大医学部卒。浦添総合病院にて初期研修の後,洛和会音羽病院にて救急科,外科後期研修。11年東京都済生会中央病院心臓血管外科研修,15年倉敷中央病院EICU研修などを経て,17年より現職。責任編集に『京都ERポケットブック 第2版』(医学書院)。

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医療法人おひさま会 最高人事責任者

2012年新潟大医学部卒。洛和会音羽病院にて初期研修の後,同院呼吸器内科後期研修。18年関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了,同年より現職。著書に『京都ERポケットブック 第2版』(医学書院),『在宅医療コア ガイドブック』(中外医学社)。

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京都第一赤十字病院 救命救急センター 副センター長

1998年京府医大卒。京都府下で5年間小児科研修の後,国立成育医療研究センターにて小児救急の研修を行う。外傷や外因系疾患の経験を積むために成人のERを志し,2004年湘南鎌倉総合病院,京府医大救急医療学教室勤務等を経て,22年より現職。

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宇治徳洲会病院 心臓血管内科/卒後臨床研修センター センター長

2011年京大医学部卒。宇治徳洲会病院にて初期研修の後,同院にて救急総合診療科,循環器内科後期研修。21年より同院卒後臨床研修センター長。編著に『当直医マニュアル2023 第26版』(医歯薬出版)など。

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