医学界新聞

寄稿 柴田綾子

2023.08.21 週刊医学界新聞(レジデント号):第3529号より

 2022年11月にFIGO(国際産婦人科連合),WATOG(世界産婦人科専攻医連合),IFMSA(国際医学生連盟)より「全ての医学生に避妊と中絶に関する教育を」という声明が発表されました1)。避妊や中絶は女性の健康において非常に重要であり,基本的人権に含まれる「リプロダクティブ・ライツ2)」()です。日本では産婦人科の専門領域だと考えられてきた避妊や中絶を「全ての医療者に必要な知識」として医学部で授業する必要があると考える理由を本稿で解説します。

1)妊婦に対する禁忌薬と,確実な避妊法の理解

 近年,妊婦に禁忌とされる薬(降圧薬のACE阻害薬やARB,COVID-19治療薬のゾコーバ®やラゲブリオ®等)が,「妊娠に気づかずに」処方された例が報告されています。また,服用時は確実な避妊法が推奨されるバルプロ酸において,わが国ではその処方時の避妊法に関する啓発が不十分であると言われています3)。このように内科で処方する薬にも避妊法()の指導が必要なものがあります。

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 各避妊法とその避妊効果(文献4をもとに作成)
わが国における避妊法を抜粋した。各避妊法における年間当たりの妊娠数をパーセントで示す。

2)避妊法や中絶法の選択肢の増加

 2019年に緊急避妊薬のオンライン診療が承認され,23年5月には経口の人工妊娠中絶薬が承認されました。さらに現在,緊急避妊薬のスイッチOTC化が議論されています。

 しかし,わが国の義務教育における学習指導要領に避妊や中絶はなく,医学部入学までにこれらの知識を十分に学んでいません。避妊や中絶は「一部の人だけの問題」ではなく,全ての女性とそのパートナーにとって重要な知識のため,医学部でも教育が必要です。

3)社会と生き方の多様化

 以前は「女性は結婚して妊娠,出産するものだ」というジェンダー役割の決めつけがありましたが,今は必ずしもそうではありません。これはリプロダクティブ・ライツの視点からも重要です。医療者として女性患者を診療する際,無意識にジェンダー差別をしてしまわないよう,リプロダクティブ・ライツを学ぶ必要があります。

 私たち医療者は,個人が持つリプロダクティブ・ライツを尊重し,性の在り方や生殖(避妊・妊娠・出産・中絶)についての自己決定権を支援する必要があります。産婦人科医の有志団体リプラのHPでは,リプロダクティブ・ライツに関する文献を翻訳し,無料で公開しています。明日からの診療や医学部教育にこれらの教材を活用し,リプロダクティブ・ライツの理解が深まることを期待しています。


:避妊,妊娠,中絶について,誰からも強要されずに自分自身で決めることができ,関連する情報や医療サービスを受けられる自由と権利。1994年の国際人口開発会議で提唱された。

1)FIGO. Joint statement of support for the inclusion of contraception and abortion in sexual and reproductive health and wellbeing education for all medical students. 2022.
2)UNFPA. Programme of Action. 1994.
3)Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2019[PMID:30854762]
4)Trussell J, et al. Efficacy, safety, and personal considerations. In:Hatcher RA, et al. Contraceptive technology. 21st ed. Ayer Co Pub;2018.

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淀川キリスト教病院 産婦人科

2006年名大情報文化学部卒。世界遺産を巡って15か国ほどを旅行した経験から母子保健に関心を持ち,群馬大医学部に3年次編入する。11年に卒業後,沖縄県立中部病院での初期研修を経て,13年より現職。女性の健康に関する情報発信やセミナーを中心に活動。著書に『明日からできる! ウィメンズヘルスケアマスト&ミニマム』(診断と治療社),分担執筆に『レジデントのための急性腹症のCT(連続スライスで学ぶ)[Web付録付]』(医学書院)など。

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