医学界新聞

寄稿 柏木秀行

2023.07.24 週刊医学界新聞(通常号):第3526号より

 近年,急性期医療での緩和ケアが注目されている。特に集中治療領域では,人工呼吸器などの生命維持治療の差し控えや中止といった,医療現場の切実かつ倫理的な問題と合わせて議論される場面が増えた。私の所属する飯塚病院連携医療・緩和ケア科では,急性期緩和ケアチームを結成し,これらの問題に整備・対応していく体制を作っている。このたび,米国病院の緩和ケア部門を視察する機会をいただいた。視察での学びと合わせ,今後日本でさらに重要となるであろう,急性期緩和ケアについて述べる。

 われわれが結成した急性期緩和ケアチームのメンバーは,私を含む連携医療・緩和ケア科の3人の医師で構成されている。実働を担うのは救急医としての経験を有する医師と,急性期内科診療を中心にトレーニングした医師である。急性期緩和ケアの実践の難しさの一つが複雑な医学的側面の検討にあり,ある程度の急性期医療の経験を持つ医師の存在はチームの強みになるためだ。特に治療強度を高めたり治療を継続したりすることによって回復が期待できるのか,それとも回復は期待できず,むしろ中止することも妥当な医学的状況なのかを判断するのは難しい。明らかに後者と言える場合はあまり判断に迷うことはないが,実際には複数の医療者間で意見が異なる場合も多い。また,人工呼吸器など高度な医療機器の管理も急性期の緩和ケアには必須のスキルとなる。

 急性期緩和ケアチームの主な役割は,①ICUなど重症患者の倫理・緩和ケアに関するカンファレンスへの参加,②心不全患者の緩和ケアの診療体制づくり,③若手医師に対する急性期緩和ケアの教育活動,④主治医としての診療やコンサルテーションの4点である。④では,ICUで集中治療を行っているものの回復が困難な患者を引継ぎ,緩和ケアを中心とした診療を行う。また,あと数時間で亡くなる状態で救急へ搬送されてきた患者を,症状緩和など看取りを視野に入れたケアを目的として入院させる際は,連携医療・緩和ケア科の医師が主治医として対応している。

 全国的にみても,疾患を問わない急性期医療における緩和ケアを実践していると自負するわれわれであるが,課題は山積している。最も大きな課題は「人材が量的にも質的にも不足している」という点である。これは医師だけでなく,看護師およびその他全職種に共通する点だ。緩和ケアが悪性疾患だけでなく,非がん疾患や診断早期にも提供されることの重要性が叫ばれ,どのように日本の臨床現場に幅広い緩和ケアを実装していくか議論されている段階である。発展途上の段階ではまだこの分野を支える人材の教育やキャリアが確立されていないことも当然と言えるが,今後研修のできるフィールドを作っていく必要がある。

 今回われわれは,米ロサンゼルスにあるCedars-Sinai Medical Center(以下,CSMC)のSupportive Care部門を視察した。目的は急性期緩和ケアの実践をテーマに,今後の日本の急性期医療の現場に必要な緩和ケアの在り方を考えることにある。CSMCはICU150床を含む950床の大規模な急性期病院である。全米の病院評価ランキングで2位を獲得するなど,さまざまな分野で非常に高い評価をされている病院であり,移植などの外科領域以外に循環器領域の診療にも力を入れる。

 CSMCのSupportive Care部門は人員が多く,医師だけでなくナースプラクティショナー,ソーシャルワーカー,薬剤師,チャプレン(協会外の施設で働く聖職者)などがかかわる。視察期間中はさまざまな話題,特に集中治療の中止や差し控えといった急性期緩和ケアにおける重要な論点についての彼らのプレゼンテーションを聞き,日本の臨床現場の光景も議論することができた。「どこまで治療をするか」といった医学的な判断の難しさだけでなく,家族間で意向が異なるケースなど,日本の急性期医療でわれわれが直面する問題については,米国においてもやはり同様に難しさはあるとのことであった。話し合いは数週に及ぶこともあり,本人の意向と法律,そして健康保険上のルールのみに基づいて医療者が方針を“決定”するのではなく,あくまで医療者は患者の意思決定を支える立場であるという点は,日本と米国で共通していた。

 救急医や循環器内科医,神経内科医といった多様なバックグラウンドを有する医師がSupportive Care部門の診療に参加しており,日本と比べて人材が充実していた。緩和ケアの専門研修としてのフェローシッププログラムの応募について尋ねてみると,3人の採用枠に対して,90人の応募があったと言う。日本の緩和ケア部門の多くが3人未満の医師で運営していることを考えると,規模感は明確に異なる。このギャップは日本で急性期緩和ケアの提供モデルを考える上で,重要な論点になると感じた。

 ディスカッションをする中で印象的だったのは,緩和ケアチームのコンサルタントとしてのかかわり方である。コンサルタントとして「ケアの推奨をカルテ記載して済ませるのではなく,主治医とコミュニケーションをとって伝える」ことを大切にしていると言っていた。これは日本でも大切であるものの,忘れられがちである。もう一手間をかけて,コミュニケーションを丁寧にしておけば良かったとの反省エピソードがある方も多いだろう。

 また,カルテ記載にある程度のフォーマットが準備されていることも印象的だった。症状コントロール,ケアのゴール,アドバンス・ディレクティブ,コードステータスなどの,緩和ケアの実臨床ではしばしばカルテ記載が必要となるものについてフォーマットがあることは,業務効率向上や重要事項の記載漏れ防止に重要であろう。

 他にもいくつかの部門を見学させていただいたのだが,紙面の都合上,以上の紹介にとどめる。その他についてはわれわれのブログに詳細をアップしているので参考にしていただきたい。

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写真 左・CSMCの緩和ケアスタッフへののプレゼンテーション。右・CSMCとわれわれの集合写真
飯塚病院の緩和ケアに関する取り組みについてプレゼンテーションを行った。

 今回の視察を通じて,急性期緩和ケアにおいて日本でも必要だと感じた点を2つ挙げる。

 1点目は,急性期医療における緩和ケアの提供モデルについて議論するということだ。システムもリソースも異なる日米の医療現場を単純比較することに意味はないかもしれないが,米国に比べ,日本の急性期医療における緩和ケアの提供者は圧倒的に少ない。そもそも,急性期医療の提供者自体から少ないのである。その中でどのように現実味のある提供モデルを作っていくかは重要であり,「急性期医療でも緩和ケアは大切だ!」と唱えるだけでは実装は進まないだろう。施設内でできる取り組みの共有や,より密な連携を実現するための,どこにいても参加可能なオンライン形式でのコンサルテーションを本格的に検討する必要があるだろう。少なくとも集中治療や救急を提供する医療者自身が,基本的な緩和ケアや重篤な病状にある患者・家族とのコミュニケーションを自身で提供できることは必須であろう。そのための教育・研修体制はもちろん,緩和ケアに携わるスタッフとの連携体制を構築していきたい。

 2点目は各職種がより積極的にかかわることである。単にタスクシフトの話ではなく,相手が医師であっても,かかわる患者の最善のために自分の意見を建設的に伝えてディスカッションできるとの意味合いである。各職種の専門性の前に,どの職種も医療者であり,緩和ケアを必要とする多くの患者と家族に対して何をするべきかはもっとフラットに議論できるのではないだろうか。CSMCでは,ナースプラクティショナーが中心となって議論を回し,薬剤師が鎮静薬の投与量を積極的に提案,家族の心理的ケアや治療方針は議論に参加する全員が感じていることを率直にコメントしていた。このような光景をみて,もう少しだけ日本の医療現場でできることはありそうな予感がしている。

 今回の視察では全国の緩和ケア関係者の参加しているメーリングリストを活用し,視察する時に注目してほしい内容を募集した。今回のわれわれの経験を診療現場にはもちろん,全国各地で急性期緩和ケアを支える仲間たちにも届けていきたい。


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飯塚病院連携医療・緩和ケア科 部長

2007年筑波大医学専門学群卒。飯塚病院にて初期研修,総合診療科での後期研修を経て緩和ケア科(現・連携医療・緩和ケア科)の立ち上げにかかわる。16年より現職。現在は緩和ケア部門の運営および人材育成に携わる。緩和医療専門医,日本緩和医療学会理事。

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