医学界新聞


「2023年改訂版 心筋炎の診断・治療に関するガイドライン」をひもとく

寄稿 永井利幸

2023.06.19 週刊医学界新聞(通常号):第3522号より

 2019年から世界的に流行した新型コロナウイルス感染症はさまざまな混乱と苦難を人類に与えたが,ワクチンの開発・普及が急速に進み,現在はウィズコロナ時代に突入したと言えよう。そのような中,まれではあるものの,ワクチン関連心筋炎が特に若年者を中心に報告されるようになり,時には重症化するため,ここ数年は世界的に「心筋炎」がクローズアップされてきた感がある。そのような中,心筋炎診療に関連したガイドラインが14年ぶりに改訂された。

 心筋炎は循環器疾患の中では発生頻度の比較的少ない疾病に属するため,多数例を扱った臨床研究が少なく,国内外含めてガイドラインの整備が不十分な領域であった。本邦では2009年に発表された「急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン」(以下,2009年改訂版)に沿った診療がこれまで行われてきており,心筋炎を急性あるいは慢性に大別して診断治療を行ってきたという歴史がある。一方,近年の欧米のポジションステートメントおよびエキスパートコンセンサスでは,心筋炎を急性心筋炎と慢性炎症性心筋症に大別する方向にシフトしており,慢性心筋炎という用語を使用する頻度が世界的に減少している1, 2)。背景には,ウイルスゲノムや詳細な病理組織学的解析などにより,心筋炎の病因・病態・臨床経過に関する理解が徐々に深まってきていることが挙げられる3~5)。また診断に関しても,特に心臓MRIの精度が格段に向上し,心臓MRIによる心筋炎の臨床診断が可能となったことも大きな進歩である6)。これらのことから,今回「心筋炎の診断・治療に関するガイドライン」(以下,2023年改訂版)に名称変更する形で新たに策定(日英版同時掲載)がなされた7, 8)

 2023年改訂版では,直近10年間で世界的に変遷した心筋炎の概念を取り入れつつ,慢性期におけるハイリスク症例を新たに定義することで,新規の治療戦略の開発に資する分類を提唱した。また,現場視点を重視し,可能な限り診療の推奨を定め,診断アルゴリズムを提唱したこと,さらに好酸球性心筋炎や巨細胞性心筋炎に加え,近年注目されている薬剤(免疫チェックポイント阻害薬や新型コロナウイルスワクチン)に起因する心筋炎等,特徴ある心筋炎に関しても記載を充実させた。以下,改訂のポイントをまとめる。

定義・分類の改訂と診断アルゴリズムの提唱

1)心筋炎の病態・分類:2009年改訂版では急性,慢性の境界を3か月(数か月)と定義してきたが,2023年改訂版では,欧米のステートメントに合わせて30日を境界とする定義を採用し,発症から30日未満であれば急性,30日以上であれば慢性と定義した。慢性期については,慢性活動性心筋炎,慢性心筋炎,慢性炎症性心筋症(炎症性拡張型心筋症を含む),心筋炎後心筋症に分類した。

2)慢性活動性心筋炎:欧米のステートメントでは,慢性期の心筋炎は原則として慢性炎症性心筋症と定義されており,炎症細胞浸潤を一定数以上認めるが,心筋細胞傷害(壊死/変性)が認められない状態と明記されている2)。ところが,経時的に心機能低下を認める拡張型心筋症様患者の中に,心筋細胞傷害(壊死/変性)を伴う炎症細胞浸潤を認める患者が存在し,このような患者群はハイリスクであるという報告が散見されるようになった。今後の診療・治療戦略を開発する観点からも,ハイリスクの活動性炎症を有する心筋炎を定義するべきであるとの作成班内のエキスパートコンセンサスをもとに,慢性活動性心筋炎を「慢性期においても炎症細胞浸潤に加え,炎症細胞と近接する心筋細胞傷害(壊死/変性)が観察される状態」と新たに定義した。

 ただし,この定義は心筋生検の施行を必須としており,サンプリングエラーなどの問題もあることから,病理組織において心筋細胞傷害を認めなくとも,①血中高感度心筋トロポニン値の持続的上昇,②心筋組織におけるCD3 陽性T細胞24/mm2(5.8個/HPF)以上の浸潤,③心筋組織におけるテネイシンC(4C8)染色陽性所見のいずれかが確認されれば,臨床的に慢性活動性心筋炎の可能性があるため,慎重な経過観察が必要であるとした。

3)心臓MRIによる診断:経胸壁心エコー検査は,急性心筋炎を疑う場合や診断後において必須の検査法であるが(推奨クラスI),画像診断の進歩に伴い,下記の場合はいずれもクラスIで心臓MRIを用いることが推奨された。

● 症状・徴候から心筋炎が疑われ,血行動態が安定している患者における心筋炎の診断
● 病態のモニタリング,予後評価
● T1マッピングを用いた心筋線維化/浮腫の評価
● T2マッピングもしくはT2強調像を用いた心筋浮腫の評価

4)心筋生検の位置づけ:2023年改訂版には,心筋生検が施行できる環境が整っていない場合は施行可能な施設への転送を考慮することが望ましいとの付記とともに,心内膜心筋生検の施行が特に考慮される臨床シナリオとして,以下5つを記載した。

クラスI
● 重症心不全あるいは心原性ショックを伴う急性心筋炎
● 急性心不全,心室不整脈あるいは高度房室ブロックを伴う急性心筋炎

クラスIIa
● 末梢血好酸球増多症を伴う急性心筋炎
● 免疫チェックポイント阻害薬による急性心筋炎
● 慢性活動性心筋炎あるいは慢性炎症性心筋症が疑われる

 以上から,2023年改訂版では急性心筋炎および慢性活動性心筋炎・慢性炎症性心筋症の診断アルゴリズムを新たに提唱した(図1,27)

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図1 急性心筋炎の診断アルゴリズム
MINOCA:myocardial infarction with non-obstructive coronary arteries.
(日本循環器学会.2023年改訂版 心筋炎の診断・治療に関するガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_nagai.pdf 2023年5月閲覧)
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図2 慢性活動性心筋炎および慢性炎症性心筋症の診断アルゴリズム
(日本循環器学会.2023年改訂版 心筋炎の診断・治療に関するガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_nagai.pdf 2023年5月閲覧)

特記すべき推奨

1)診断編:2009年改訂版からの変更点として,心筋炎患者に対して,病原体を特定する目的でウイルス血清検査をルーチンで行うことは推奨されない(推奨クラスIII No benefit)ことを加えた。

2)治療編(劇症型心筋炎):劇症型心筋炎における薬物治療の推奨として,一般的に心原性ショックにおけるノルアドレナリンの使用はドパミンに比べて予後が良好であることが報告されている9)。そのため心原性ショックを呈する患者に対し,ノルアドレナリンの投与をクラスIIa推奨とした。心原性ショックもしくは致死性不整脈を呈する患者に対して,VA-ECMOを使用することがクラスIで推奨され,VA-ECMO運用・管理のフローチャートも示した。また,近年使用可能になった補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA)に関しては,心原性ショックを呈する患者に対して,単独あるいはVA-ECMOとの併用でクラスIIa推奨とした。一方,致死性不整脈,右心不全,著明な呼吸不全を呈する患者に対するIMPELLA単独での使用は推奨されない(推奨クラスIII No benefit)ことを明記した。

3)治療編(免疫抑制療法・免疫調整療法・抗ウイルス療法):急性心筋炎における免疫抑制療法として,急性リンパ球性心筋炎に対する「ルーチン」の免疫抑制療法は推奨されない(推奨クラスIII No benefit)ことを明記した。一方,血行動態が不安定な急性好酸球性心筋炎に対しては,高用量のステロイド療法をクラスIで推奨した。また,急性リンパ球性心筋炎,急性好酸球性心筋炎,巨細胞性心筋炎に対する免疫抑制療法のプロトコル例も示している。静注免疫グロブリンの効果に関するエビデンスは少ないが,血行動態の不安定な急性心筋炎患者および血行動態の安定した急性心筋炎患者への投与はクラスIIb推奨で考慮してもよいとした。抗ウイルス療法に関しては,エビデンスが極めて乏しく,推奨をつけることが難しいため,明記を避けた。

特徴ある心筋炎に関する記載の充実

薬剤性心筋炎:免疫チェックポイント阻害薬や新型コロナウイルスワクチン関連心筋炎が近年のトピックとなっているが,免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象に加え,2022年に欧州心臓病学会より発表された腫瘍循環器ガイドラインに記載されている免疫チェックポイント阻害薬関連心筋炎の診断基準も示した10)。ワクチン関連心筋炎については,罹患頻度や臨床経過が記載され,代表的な病理所見も掲載している11)

 ここまで述べてきたように,心筋炎診療はその定義・概念に関する劇的な変遷を認めているものの,その変遷自体が治療応用までつながっていないのが大きな課題である。近年,欧州を中心に心筋組織におけるウイルスゲノムPCR評価による治療の個別化に関する研究・提唱が進みつつあり,ウイルスゲノム陰性慢性期心筋炎症例に対する免疫抑制療法の効果が期待されている12)。一方で,ウイルスゲノム陽性例においては,抗ウイルス薬やインターフェロンβなどによる免疫調節療法による治療可能性も示唆された12)。しかしながら,いずれの個別化治療もいまだ発展途上であり,質の高い臨床研究によるエビデンスの蓄積が重要だろう。今回改訂された,世界で最も新しいガイドラインが心筋炎診療の発展に少しでも貢献できればと考えている。


1)Eur Heart J. 2013[PMID:23824828]
2)Circ Heart Fail. 2020[PMID:33176455]
3)Circulation. 2022[PMID:36164974]
4)Circ J. 2022[PMID:35264513]
5)Pathol Int. 2020[PMID:31691489]
6)J Am Coll Cardiol. 2018[PMID:30545455]
7)日本循環器学会,他.2023年改訂版 心筋炎の診断・治療に関するガイドライン.2023.
8)Circ J. 2023[PMID:36908170]
9)N Engl J Med. 2010[PMID:20200382]
10)Eur Heart J. 2022[PMID:36017568]
11)Eur J Heart Fail. 2022[PMID:35488842]
12)Circ Res. 2019[PMID 31120823]

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北海道大学大学院医学研究院循環病態内科学教室 准教授

2003年防衛医大卒。慶大医学部循環器内科,国立循環器病研究センターを経て,16年英Imperial College London/National Heart and Lung Instituteに留学,20年4月より現職。「2023年改訂版 心筋炎の診断・治療に関するガイドライン」の作成班班長を務め,炎症性心筋症の克服に取り組んでいる。

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