医学界新聞

書評

2023.04.17 週刊医学界新聞(通常号):第3514号より

《評者》 東大大学院死生学・応用倫理センター特任教授

 救急・集中治療の場で「悪い知らせ」を家族等に伝えて,意思決定を支援するということ。その大変さは想像に余りあります。大切な人の生命の火が今にも消えそうな事態に急に直面し,悲嘆や怒りといった感情で圧倒されている家族等に対して,どのように声をかけ,厳しい情報をどう伝えれば良いのか……。その場の重圧がもたらす困難感とストレス。「誰か代わってくれないかな」,という医療者の心の声が聞こえてきそうです。

 本書はそのような場における家族等との対話のあり方を具体的に指南してくれるテキストです。2部構成で,Part1「基本的スキルを“よくある場面”で使ってみる」では,①悪い知らせを話す際に想定される道筋を示したSPIKES,②感情に対応するスキルであるNURSE,③治療のゴールを決めるためのREMAPについて,丁寧に説明されています。そしてPart2「限定された時間の中で,スキルを組み合わせて使う」では,①救急外来:治療の差し控えを含め,今後の方針について話し合うとき,②急性期病棟:重篤な状況を伝え,残された時間の過ごし方を話し合うとき,③集中治療室1:治療の差し控え・中止について話し合うとき,④集中治療室2:脳死下臓器提供を選択肢に含めた意思決定支援に関して,具体的な言葉のかけ方と大切なポイントを例示しています。

 書名の「緊急ACP」は,救急・集中治療の医療者が日々直面している状況を反映した表現といえるでしょう。ACPはAdvance Care Planningの略語であり,advance,つまり事前に,人生の最終段階における医療・ケアを計画していくプロセスですから,本来は救急・集中治療の場に至る前に行われているべきことです。しかしながら,ACPの一般への浸透はまだ不十分です。さらに,ACPの対話が事前に行われていた場合であっても,まさに今,ある治療法を行うかどうかという時点における医学的な状況を踏まえた対話は,常に必要となります。そのため,事前の対話の先にある緊急ACPの実践は,救急・集中治療の医療者全員にとって,日常臨床として重要だといえます。

 著者の伊藤香先生と大内啓先生は,米国でコミュニケーション・スキルのトレーニングを受け,現場で実践し,その効果と日本における必要性を実感し,本書を刊行し,「かんわとーく(旧バイタルトーク日本版)」の活動も開始したとのこと。日本の現場に合わせた本書の懇切丁寧で豊富な対話例は,すぐに実践に生かすことができます。

 私は本書で,「コミュニケーション・スキルは手術の手技などと同様に,トレーニングによって身につけることができる」と知り,認知症を有する人へのケアの方法として注目されているユマニチュードに通じるものを感じました。一見,特別な能力を要すると思われるユマニチュードですが,その開発者は,「誰でも,性格や得手不得手にかかわらず,ユマニチュードの方法を身につけることができます。なぜなら,それはスキルの束だから」と語っていました。

 スキルなのですから,トレーニングが大切ですね。十分トレーニングすると,ソクラテス超えも可能になるかもしれません。私たちが2023年3月に東大で開催したシンポジウム「ACPの考え方と実践――本人を人として尊重する意思決定支援」で,伊藤先生に「緊急ACP――救急現場での意思決定支援」と題してご講演いただいた際,私の同僚で哲学を専門とする早川正祐さんは,「これはソクラテス的対話よりもずっとレベルが高い」とコメントしました。なぜなら,ソクラテスは理性的で冷静な人たちを相手にしていたからです。読者の皆さまも,感情の動揺が激しい現場における対話のスキルを身につけ,ぜひ,ソクラテスを超えてください。


《評者》 東京女子医大教授・基幹分野長・整形外科学

 本書は,文字通りUKAの全てを確固たるエビデンスを基に詳しく解説した類いまれなる教科書である。TKAについての同等の質・量を持った教科書は数あれども,UKAにおいてこれほど詳細に書かれた書物を私は知らない。しかもそれが著者のエキスパートオピニオンのみで語られるのではなく,タイトルに「エビデンスが教える」とあるように,全て研究論文や公式資料を基に解説されている点も特筆すべきである。

 内容は隅々まで広く網羅されており,黎明期の開発の歴史などは,それぞれの製品において設計者がどのように考えて作られていったか,消えていったものはどのような経緯で失敗したのかなども詳細に書かれている。オールポリエチレンかメタルバックかモバイルベアリングかといった問題も力学特性やバイオメカニクスの観点から詳細に解説されている。Kozinn・Scottの古典的な適応はどういう経緯で提唱されたのか,Oxfordの哲学とはどのようなエビデンスを基に醸成されたか,フィックスベアリングとモバイルベアリングではどのような考え方の違いがあるのか,その手術手技はどうあるべきかなどはもちろん,最新のconstitutional alignmentの考え方からkinematic alignment UKAの手術手技,ロボット支援のUKA手技までも網羅されている。合併症や失敗の要因とサルベージ手術の考え方も示されている。

 本書は,200ページ以上にわたる濃密な内容でUKAの全てをエビデンスベースで学ぶことができる唯一の教科書である。この素晴らしいフランス語の原著を適確な日本語で読みやすく訳された塩田悦仁先生に心から敬意を表します。

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