医学界新聞


解剖写真で手の機能と構造を理解する

インタビュー 玉井誠,村田景一

2023.04.17 週刊医学界新聞(通常号):第3514号より

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 翻訳書『The Grasping Hand 日本語版――手・上肢の構造と機能』(医学書院)が上梓された。本書の特徴は,原書『The Grasping Hand――Structural and Functional Anatomy of the Hand and Upper Extremity』(Thieme Medical Pub)の編者であり日本語版の監訳者でもある玉井氏が撮影した,手・上肢の解剖写真が多数掲載されている点。そして手・上肢の解剖が,構造と機能の双方の側面から詳細に解説されている点にある。玉井氏と,原書の分担執筆者かつ本書の監訳者である村田氏に,執筆の経緯や本書に込めた思いを聞いた。

――玉井先生はこのたび監訳された『The Grasping Hand 日本語版――手・上肢の構造と機能』の原書の編者でもあります。どのような経緯で原書は刊行されたのですか。

玉井 留学先のスタッフの一人であり,原書の筆頭著者となるDr. Guptaに制作を持ちかけられたことがきっかけです。私は手の外科の研修をするため1999年に米Indiana Hand Centerへ留学し,続けて手の外科のメッカである米Christine M. Kleinert Instituteのハンド・フェローシッププログラムを受講,2001年4月から臨床研修を始めました。研修の合間を縫って隣接する米Louisville大学の解剖学研究室で解剖を行いながら写真を撮影していたところ,Dr. Guptaから「留学を1年延長して,写真を数多く掲載した解剖書を作らないか?」との打診があったのです。

――本の制作のために留学を延長されたとは驚きました。原書から分担執筆を担当し,日本語版の監訳にも携わった村田先生も玉井先生と同じ医局に所属し,同時期にChristine M. Kleinert Instituteに留学されていたのですよね。

村田 はい。本来は玉井先生と入れ替わりの予定でしたが,玉井先生が留学を延長されたため,共に解剖をしたり,研修を受けたりする機会を得ました。ですから,Dr. Guptaが玉井先生に書籍の共同編集を持ちかけた理由もわかります。先生の撮る解剖写真は,構造が鮮明にわかるように緻密な解剖がされた上,撮り方の工夫も多々ありました。ここまでのものは他の解剖書では見られません(写真)。

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写真 玉井氏が撮影した新鮮屍体標本写真
軽い防腐処理にとどめているため変色・変性しておらず,健常な組織の特性を残している。

――玉井先生の写真ありきでできた本なのですね。

村田 そう思っています。私が分担執筆を依頼されたのは,Dr. Guptaに師事していた際に書いた数編の論文が米国のジャーナルに掲載されたためでしょう。そして今回翻訳のお誘いを玉井先生からいただいたのも,原書の執筆に携わっていたことに加え,実際に解剖や写真撮影をされる玉井先生の姿を近くで見ていたからだと考えています。

――本書の特徴を教えてください。

玉井 「手」の「機能」と「構造」を絡めて解説した解剖書である点です。タイトルの「Grasping(握る,把持する)」は,人間の手を特徴づける象徴的な機能です。握ったり,動かしたりする「手」の「機能」には上肢全体が関与するため,本書は手のみでなく上肢全体を対象としています。

――機能と構造を絡めて学ぶ必要があるのはなぜでしょう。

玉井 生体の構造は,その構造が発揮する機能と直接的には結びついていないからです。存在しているにもかかわらず使われていない筋肉を見ると,双方が必ずしもかみ合っていないことがわかるでしょう。生体の構造は,動物の求める特定の機能を獲得するために進化したわけではなく,自然淘汰の結果に過ぎない。全ての脊椎動物は共通した解剖学的形質を受け継いでいますが,動物種によっては同じ構造の組織を異なる機能のために使っていることもあります。そのため解剖を学ぶ際には,生体の構造と,その構造がどのような機能を発揮するために使用されているかの両者を同時に理解する必要があるのです。

玉井 手の機能と構造を絡めて解説するというコンセプトを考えたのはDr. Guptaであり,彼のこだわりです。私は長年趣味で写真を撮っていたため,手の解剖写真だけの写真集を作りたかった(笑)。ですから本のことは意識せず,興味のある部分を撮りたいように撮っていましたね。それでも解剖時に「解剖書や文献を参考にしない」ことにはこだわっていました。

――通常は文献を参考にするものですよね。どうしてでしょうか。

玉井 真の解剖を知るには,先入観を持たずに解剖する必要があるからです。米Louisville大学解剖学教授である恩師のDr. Aclandは“It ain't necessarily so!(必ずしもそうとは限らない!)”を口癖にしており,彼が解剖時に使うゴム製のエプロンにもこの言葉が書かれていました。解剖学書の記述がどうであれ,全ての個体が必ずしも解剖学書に準ずるわけではない。個体が有する特殊な構造を「文献と異なる」といった理由で否定してはならない,という意味であり,私にとって大切な哲学になっています。

村田 この哲学は翻訳時にも意識しました。例えば「変異」「異常」「奇形」などの言葉は使いたくなかった。これらの表現は,明確に正しい基準があり,それから外れていることを意味します。一方,現実の生体の構造は多様です。さまざまなバリエーションの中で,頻出するパターンとあまり確認されないパターンがあるというだけで,どれか正しいものがあるわけではない。本書にはそうしたバリエーションをふんだんに載せていますよね。

玉井 はい。留学中に解剖できた検体数は限られており,見つけられたバリエーションはごくわずかですが,見つかったものに関しては可能な限り掲載しています。手の外科の皆さんには,バリエーションを意識しながら手術に臨んでいただきたいです。

村田 バリエーションを意識させるのは,解剖写真だからこそできることです。イラストで何パターンも解剖図を示しても,ピンとこないでしょうし,実際に手術を行う際には,写真のようなリアルな情報が必要になってきます。イラストは一番見やすい角度,見やすい配色で描かれており,イメージを得るための模式図としては非常にわかりやすい。けれども実際の神経と血管はよく似た色をしていますし,立体的に描かれていた部分も実際には埋もれていて見づらいです。

玉井 解剖を経験した外科医は,頭の中で自分の身体に内部の構造を投影しながら筋肉の場所や神経の位置を確認することがあると思います。写真による学習はそうしたイメージを行う際の補助となるでしょう。また解剖の未経験者でも,写真であれば事前にイメージができるのではないでしょうか。具体的に理解を深めることは,手術の質向上にもつながると考えています。本書の写真の標本は,軽い防腐処理のみを行っています。組織の色・質感もリアルであるため,より鮮明にイメージしやすいはずです。

――この書籍をどのような方に読んでいただきたいですか。

村田 手の外科医や解剖に興味のある医師に限らず,上肢の機能を扱うセラピストの方にもぜひ一読していただきたいですね。そこから解剖への興味をさらに深めてもらえるとうれしいです。

玉井 解剖を詳しく知れば知るだけ,自信を持って直面する問題に立ち向かうことができます。特に手の外科医とハンド・セラピストに読んでいただきたいです。知識を得るのはもちろんのこと,読み物としても面白いと自負しています。

(了)


医療法人 手のクリニック 理事長

1991年久留米大医学部卒。96年同大医学部博士課程修了。99年米Indiana Hand Centerへ留学。2001年よりChristine M. Kleinert Institute Hand Fellow。帰国後,11年札幌第一病院整形外科医長などを経て,12年に札幌にて西18丁目・手のクリニックを開業。15年より現職。

市立奈良病院 副院長/四肢外傷センター長

1991年奈良医大卒。99年同大医学部博士課程修了。2002年Christine M. Kleinert Instituteへ留学しClinical Fellowship取得。奈良医大整形外科学講師などを経て,13年より市立奈良病院。22年より現職。

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