医療人みんなが経営者!
臨床の基盤となるマネジメント力を養う
対談・座談会 今中雄一,大畑修三
2023.04.03 週刊医学界新聞(通常号):第3512号より

少子高齢化が進行し人口の減少する社会において,財源が限られる中で将来に向けて医療を発展させていくにはどうすればいいのか。そのヒントは医療経営による価値創造にある。病院全体を鳥瞰する視点でチーム・部門のマネジメントを推進し,現場の医療者一人ひとりが力を発揮できるような組織文化の醸成が,医療活動の基盤となる。
本対談では,4月に上梓された『「病院」の教科書――組織・機能とマネジメント 第2版』(医学書院)の編者を務め,日本医療経営機構にて医療経営人材育成プログラム1)を主導する今中雄一氏,同育成プログラムへの参加経験を有し,現在は病院長を務める大畑修三氏の両氏が,組織文化の醸成を含めた医療経営について議論した。
今中 これまで日本医療経営機構にて医療経営人材育成プログラム(以下,育成プログラム)を13年運営してきましたが,大畑先生とは2019年度の育成プログラムに参加いただいたことがご縁で知り合いました。
大畑 私は現在,自身の出身地であり過疎化が進む島根県邑智郡川本町にある加藤病院にて病院長を務めています。地域包括ケア病棟55床,在宅復帰強化型療養病棟26床からなるケアミックス病院で,山陰で唯一となるへき地医療分野での社会医療法人認可を受けています。病院長の職を拝命したのが2022年とごく最近で,さまざまな課題に相対する中,プログラムで学んだことに助けられる日々です。
今中 本対談では,大畑先生の現場での実践についても伺いながら,医療者一人ひとりが力を発揮できる良い組織を作っていく方策を探りたいと思います。本日はよろしくお願いいたします。
医療を支えるマネジメント力
今中 まずは医療と経営のかかわりについて議論できればと思います。臨床における医療活動に目を向けますと,目の前の患者さんに関する情報を集め,計画を立てて,介入を実行するという一連の流れが各所でなされています。そうして実行を繰り返す中で新たな情報を集める,すなわち介入が首尾よく運んだのかどうかをモニターするわけです。情報収集の結果は,実行内容の改善に用いられます。これらの行為の集積が医療活動の基本で,他職種の協力といったインプットを投入しながら,治療のゴールをめざして患者さんと併走します。こうした一連の行為が立派なマネジメントと言えるでしょう。
大畑 医療者は日々の営みとして経営を行っていると言えます。
今中 ええ。そうした臨床現場で発揮されているマネジメントの力をしっかりと展開していくことが重要です。病院医療において質と効率を向上させるには,医療者個々人の専門職としての技能に加えて,病院のシステムを確立することが必須なのです(図1)。

病院医療において質と効率を向上させるには,医療者個々人の技能に加えて,病院のシステムを確立することが必要。
大畑 私は医療経営を患者さんのための活動の1つととらえています。より良い医療サービスを提供すること,そしてそれを継続することも必要です。
今中 経営,マネジメントとは,臨床現場で,そして組織全体として新たな価値を創造していくことです。大畑先生の指摘した継続性も,そうした価値の1つと言えます。医療の発展に向けては,新たな価値創造が重要です。
大畑 プログラムでは,「組織文化の醸成」「質・安全と効率を向上させるシステムの確立と継続改善」「地域全体マネジメントの展開」「データ・情報の活用とDX」「学習・成長と変革する力」という5つのドメインでの価値創造が必要とのお話がありました。
今中 いずれも重要な領域ですが,中でも「組織文化の醸成」は経営全体に多大な影響を及ぼします。組織文化は,個々人および集団としての価値観,考え方,行動を決定する,しばしば意識されない一連の強い力で,組織運営の基盤となるものです。米国での調査で,「価値観に基づく実践」「厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ」など,優良企業に共通して見られる組織文化の特質が同定されています2)。
大畑 医療事故の多くは組織文化と組織の制御システムの弱点から生じるため,組織事故と呼ぶこともあります。
今中 はい。医療事故にとどまらず,電車の脱線事故,飛行機の墜落など,多くの惨事に組織文化の欠落が絡んでいると言われます。例えば大気圏突入時に空中分解したスペースシャトル「コロンビア号」事故について,事故調査委員会はNASAの組織文化が事故に大きく影響したとの見方を示しています3)。機体損傷を指摘する技術者がいたにもかかわらず,NASA幹部は機体調査さえ制限していたのです。組織文化の大幅な変革のみが将来的な成功につながると結論されています3)。
信頼感がベースとなって組織文化が醸成される
今中 組織文化の醸成について,大畑先生の実践をお聞かせください。
大畑 チームで医療を提供するに当たって構成員各人に必要な素養として,礼節・寛容・勇気という3つの徳があると私は考えています。そのいずれの土台にも信頼感があるはずで,信頼感を欠く礼節は時に慇懃無礼に映るかもしれず,信頼感を欠く寛容はいい加減で無責任との印象を与えかねません。また,信頼感なき勇気は時に無謀であり暴挙となることもあるかもしれません。当院においては,職員間の強固な信頼感の形成が,組織文化醸成の核にあるとの共通認識があります。
そして,互いへの信頼感は,職員の健康を守り,成長の支援を徹底することで自然と形成されていくとの考えに基づき,健康維持と成長促進に向けた取り組みを当院では行っています。健康に関しては,職員の大事にしている価値を守る,事故から守る,過重なストレスか...
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今中 雄一(いまなか・ゆういち)氏 日本医療経営機構 理事/京都大学大学院医学研究科医療経済学分野 教授
1986年東大医学部卒。2000年より現職。08年より日本医療経営機構理事。認定内科医,死体解剖資格。International Academy of Quality & Safetyのメンバーにアジアから初めて選出される。日本医療・病院管理学会理事長,社会医学系専門医協会理事長。22年には日本医師会医学賞を受賞した。編著に『「病院」の教科書――組織・機能とマネジメント 第2版』(医学書院)。

大畑 修三(おおはた・しゅうぞう)氏 社会医療法人仁寿会加藤病院 病院長
1993年島根医大(当時)卒。松江市立病院,鹿野博愛病院,済生会江津総合病院などを経て,出身地である島根県川本町に位置する加藤病院の病院長を22年より務める。日本内科学会総合内科専門医,日本循環器学会認定循環器専門医,日本プライマリ・ケア連合学会認定指導医。
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