医学界新聞

書評

2023.03.20 週刊医学界新聞(通常号):第3510号より

《評者》 獨協医大助教・総合診療医学

 臨床のベッドサイドにはさまざまな学びがあります。しかし多くの場合,日常診療の多忙さから学術的なアウトプットとしての集合知よりも,無意識も含む現場レベルの経験として蓄積される場合が多いのではないでしょうか。ケースレポート(症例報告)のエビデンスレベルは必ずしも高くはありません。また,多忙な臨床業務の合間にアウトプットとして形にするのは決して容易なことではないでしょう。しかし本書でも述べられている通り,ケースレポートには執筆を通じて疾患の理解を深め,自らの臨床能力を高められる意義があります。アクセプトされれば学びを読者と共有でき,報告した症例の重要性を再認識させてくれることでしょう。

 私は,大学の総合診療科に所属する医師として,医学生から後輩,同僚までさまざまなレベルの方々の相談を受けたり指導したりする立場にあり,ケースレポートの執筆や発表もコラボレーションしてきました。こうした経験の中で,ケースレポートを書くための着想を得る時点から,執筆,投稿,受理までの全体の流れを示して伝える難しさを感じていました。その全体像を見事に示してくれるのが本書です。例えば,臨床経験と執筆経験を「2×2」で図式化して執筆スケジュールを例示した図をはじめ,数々の掲載図によって,頭で漠然と考えている内容が明快に図式化・言語化されるので,とても役に立ちます。

 ケースレポートの執筆に関連した文献検索の仕方や,査読中や投稿後の振る舞いについても触れられており,著者の先生方のこれまでの経験や息遣いを紙面から学ぶことができます。

 本書内ではケースレポートを軸に,日常臨床で陥りがちなバイアスとして「冷たい認知」と「熱い認知」が解説されています。著者には科学者としてのクールな視点と臨床医としてのホットな視点が同居していることを,本書全体から読み取ることができます。

 現場の生きた学びをケースレポートに吹き込む方法も示してくれます。五感を駆使したベッドサイドでの学びをどう抽出するか,そして執筆者と読者の学びの共通項をいかに具現化するかが明快に述べられています。学びの言語化は,近年精度の向上が著しい人工知能(AI)でも代替は依然として難しいとされます。五感を駆使した学びの抽出は,ベッドサイドで日々診療を行う医療者だからこそできることであり,言語化の意義は高いと考えます。

 本書は,ケースレポートの候補を選ぶ際に陥りがちな,希少性を求めてしまう思い込みから読者を解き放ってくれます。「希少すぎず,ありきたりすぎず」とは言い得て妙であり,これこそケースレポートとして取り上げる本質だと感じます。こうした珠玉の文言がケースレポートを執筆しようとする私たちの心理的なハードルを下げてくれるのです。

 本書は初学者から指導医まで幅広い読者層に役に立つ実践的な書です。症例報告の構想から執筆,投稿まで,また一読者として症例報告を読む上でも本書を傍らに置いておけば,より俯瞰した視点を持ってケースレポートに向き合えるでしょう。本書は,日々のベッドサイドから得られる学びを,より一般化したクリニカル・パールとして共有できないか探してみたいと思わせてくれます。トップジャーナルへの投稿に限らずとも,ケースレポートの執筆に興味のある方,現在執筆中の方,既に執筆経験が十分にある方にも必見です。


《評者》 さとう整形外科リハビリテーション科

 本書の編者である工藤慎太郎先生がご卒業された平成医療専門学院理学療法学科(現 平成医療短期大学)は私の母校でもあり,彼は学生の頃からとても優秀でした。臨床,研究,教育に力を注いでおり,後輩でありながら,尊敬する理学療法士の1人です。

 私は現在,運動器疾患を中心に理学療法を行っています。運動器疾患に対しては機能解剖学の知識を中心とした評価を行いますが,特に重要な点は,臨床的に意義のある圧痛所見を確実にとることです。最近では,超音波画像診断装置(エコー)を用いることで,圧痛を認める組織がどのような病態であるかを可視化できるようになりました。理学療法士はこれらの情報をベースに治療戦略を組み立て,的確な触診と操作技術を持った上で運動療法を実施する必要があります。

 運動器疾患は,「関節運動に伴う疼痛による障害」とも言えます。疼痛以外の愁訴もいろいろとありますが,患者さんの多くは疼痛に苦しめられています。疼痛は,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,中枢神経障害性疼痛に分類されます。侵害受容性疼痛の要因には疎性結合組織由来のものが多く,理学療法士に求められる疼痛の改善効果は,まさにここにあります。疎性結合組織は柔軟性に富み,関節運動に伴って機能的に変形・滑走・伸張しています。しかし,本来の機能を失うと侵害刺激に起因した疼痛が発生し,可動域制限や筋力低下を引き起こす要因となります。

 つまり,疎性結合組織の病態を改善することができれば,多くの疼痛は軽減・消失し,関節運動機能が回復します。しかし,エコーを扱うことができなかった時代では,疎性結合組織の病態を推測することしかできず,想像しながら運動療法を行っていました。エコーが理学療法分野で普及したことで,急速な進歩を遂げ,今後ますます発展することが期待されます。本書は,疎性結合組織の病態にフォーカスを当てており,運動器理学療法分野に革命を起こすバイブルになると確信しています。

 本書は,解剖学や運動器理学療法などそれぞれの分野の専門家がわかりやすく執筆しています。目から鱗が落ちる記述が随所に見られ,初学者やエキスパートを問わず,多くの理学療法士に読んでいただきたい一冊です。

 これまで「なぜ痛い?」「なぜ動かない?」「なぜ力が入らない?」というワードに悩まされてきた理学療法士が,この「なぜ〇〇?」を説明できるようになってきました。これも大きな革命であると私は考えています。

 本書は,運動器理学療法の「可視化」と「言語化」にチャレンジした素晴らしい書籍です。ぜひ,手に取って読んでみてください。

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