医学生のセルフケアにマインドフルネスを生かす
寄稿 西垣悦代
2023.03.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3509号より
セルフケアは医師のプロフェッショナリズムの一つに挙げられている。ゆえに,医学生の時から身につけておくべきスキルとみなしてよいだろう。日本医学教育学会プロフェッショナリズム部会が全国の医学部を対象に行った調査結果でも,回答した大学の約50%においてセルフケアの卒前教育が実施されていると明らかにされた。筆者が勤務する関西医科大学において新入生に対して継続的に行っている調査では,コロナ禍の始まった2020年以降,学生の不安感,無気力感が有意に増大し,孤立傾向が高まった。その傾向は,性格特性として神経症傾向の高い学生でより顕著であり,学生全体にセルフケアプログラムを実施する必要性を感じる事態であった。
◆マインドフルネス実習で学生のセルフケア力向上をめざす
本学では建学の理念である「慈仁心鏡」(慈しみ,めぐみ,愛を心の規範とする医人の育成)に基づき,一年次に「コミュニケーション実習」(9コマ)と「マインドフルネス実習」(12コマ)を実施している。「コミュニケーション実習」では,自己の性格と強みを知ること,他者を理解すること,他者と協働して問題解決に取り組むことを,「マインドフルネス実習」では,医療人としての人間性を高め,自分も他者も大切にし,コンパッション(慈愛)を向けられることを学修目標としている。本稿では2018年から実施する「マインドフルネス実習」(写真)を紹介する。
実習を担当するのは学内の複数講座と学外の専門講師も含めた10人である。①導入(1コマ),②マインドフルネス入門(3コマ),③マインドフルネスと身体(3コマ),④コンパッション(3コマ),⑤まとめ(2コマ)の5段階に分けて実施している。マインドフルネス実習の成功のカギは,①の導入で実習の趣旨を十分に説明し,一部の学生にある瞑想や宗教的なものに対する不安や懸念を解くことである。②では,マインドフルネスの基礎的なエクササイズとともに,マインドフルネスの脳科学,医療への適用について学ぶ。③では,呼吸法やヨガに限らず,さまざまなボディエクササイズを通して,自分の体に対する気づきを高める。④では,コンパッションをテーマにしたエクササイズを行い,自分と他者に向ける優しさを体験する。⑤では全体の振り返りと,③で測定する心理・生理指標を基に各自作成する課題レポートについての説明を受ける。
実習を始めた2018年当初は国内医学部での実施例がほとんどなかったが,学生からのフィードバックを基に効果の検証とプログラムの改善をこれまで行ってきた。その結果,実習の前後で,参加学生のセルフコンパッションおよびレジリエンスの平均得点の有意な上昇,ストレス指標である唾液コルチゾール濃度の減少,気分尺度におけるリラックス,快,集中の有意な上昇などが確認された。また,5因子マインドフルネス尺度(Five Facet Mindfulness Questionnaire:FFMQ)では,下位尺度である「体験の言語化」において実習前後で有意な差が見いだされた。コロナ禍では,一部遠隔での実施となったが,学生の授業評価では「自分を見つめ直すことができた」「心を鎮める良い機会だった」「医師に必要なスキルだと思った」などの感想がみられた。
実施に当たっての留意点は,マインドフルネスは既に抑うつ症状などが出ている学生には実施しないほうがよい点。本学では発生していないものの,何らかの理由で瞑想中に気分が悪くなるなどの症状が出た場合に対応できるようにしておく点の2つである。マインドフルネス実習に12コマを割くのは,カリキュラム上難しい大学もあるだろうが,プロフェッショナリズムの授業の一部などに数コマ取り入れ,学生にマインドフルネスを知ってもらうだけでも意味があると筆者は考えている。マインドフルネス授業の実践は,受講後すぐに役立つ場合もあれば,医師になってから何かのきっかけで思い出して活用される可能性もあるからである。効果については長期的な視点で見ていくことも必要だろう。
参考文献
・西垣悦代.医学生のセルフケアとしてのマインドフルネス実習:関西医科大学の実践.医教育.2022;53(3):263-7.
西垣 悦代(にしがき・えつよ)氏 関西医科大学医学部心理学教室 教授
1980年国際基督教大卒。2007年神戸大大学院総合人間科学研究科修了。博士(学術)。96年より和歌山県立医大医学部教養・医学教育大講座講師,准教授を経て09年より現職。著書に『コーチング心理学概論第2版』(ナカニシヤ出版)。訳書に『ポジティブ心理学コーチングの実践』(金剛出版)。
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