医学界新聞

対談・座談会 小西靖彦,錦織宏,鋪野紀好

2023.03.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3509号より

3509_0101.jpg

 医学生が卒業までに身に付けておくべき必須の実践的診療能力に関する学修目標等を示した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」(以下,コアカリ)。このたびコアカリの令和4年度改訂版が公表された(1)。1年強の周知期間を経て,2024年度入学者のカリキュラムから適用される。今回新たな取り組みとして,日本医学教育学会が中心となって改訂案の検討を行い,学修方略・評価の追加,電子化などの創意工夫が施された。

 本座談会では文科省の技術参与としてコアカリの改訂に携わった鋪野氏を司会に,「医学教育モデル・コア・カリキュラム等の次期改訂に向けた調査・研究 医学チーム」(以下,調査研究チーム)で座長を務めた小西氏,副座長を務めた錦織氏との座談会からコアカリ令和4年度改訂版の狙いをひもとく。

3509_0102.jpg
 コアカリ令和4年度改訂版の概要(文献1より,一部改変)
10~20年後には社会の在り方が変化することを意識し,医師/歯科医師に求められる基本的な資質・能力に「総合的に患者・生活者をみる姿勢」「情報・科学技術を活かす能力」が追加された。

鋪野 2022年11月にコアカリの令和4年度改訂版が公表されました。コアカリは2001年3月に初めて作成された後,平成19(2007)年度版,平成22(2010)年度版,平成28(2016)年度版と3回の改訂を経て本改訂に至ります。私は文部科学省高等教育局医学教育課の技術参与として,今回の改訂版の策定に携わりました。本日は,改訂の実務を担った調査研究チームにおいて座長を務めた小西先生と副座長を務めた錦織先生との座談会を通じて,改訂の経緯や変更点を話したいと思います。

鋪野 今回の改訂作業を振り返り,印象に残ったことを教えてください。

小西 日本医学教育学会が改訂案の策定を引き受けたことです。理事長である私が調査研究チームの座長となり,世代交代や多様性も配慮したバラエティに富むメンバーを集めました。同学会がコアカリの改訂に携わったことは,医学教育の未来に向けて重要な一歩と言えるでしょう。

 加えて,教育現場におけるコアカリの浸透がわかったことも印象的でした。調査研究チームで行ったコアカリ策定のための事前調査では,教育担当者は前回のコアカリ改訂時,その内容に準拠して大学のカリキュラムを組み直したり,一部科目を新設したりしていたことが判明したのです2)。実際,かつては独自性の高いカリキュラムを組む大学が多かったものの,今ではコアカリに準拠する大学が増えています。

鋪野 医学教育の関係者を対象に23年1月にオンライン開催された「医学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版に関するシンポジウム」には,1000人近くの参加がありました。それだけ教育現場でのコアカリの存在感が高まっているのだと思います。

錦織 同感です。今回の改訂が注目された理由はいくつかあると思います。一つは,科学的根拠が記載されたガイドラインを参照する姿勢が医学・医療界において広く受け入れられている点です。この20年,多くの疾患に関して診療ガイドラインが整備され,それらを参照して診療を行うのが日常的となりました。医学教育についても教育者の経験や勘に頼るのでなく,できるだけ科学的根拠を基盤に教育を行うべきとの考え方が広まってきており,教育におけるガイドラインに相当するコアカリが注目されるのだと思います。

 また日本医学教育評価機構(JACME)による分野別認証評価や共用試験の公的化など近年の医学教育の動向も,コアカリが注目される理由ではないでしょうか。コアカリは共用試験,特にCBTの問題作成時に参照されてきた歴史があり,JACMEによる評価の際にはコアカリの記載内容がしばしば参考にされます。初版発行から20年がたち,コアカリが全国82大学の卒前医学教育の基盤であるとの認識がしっかりと根付いてきたように感じます。

鋪野 事前調査でわかった教育現場における存在感の高まりに対応するために,改訂版を完成度の高いものに仕上げようと調査研究チームの士気も上がりましたね。

小西 一方で,「教育内容の全てをコアカリに準拠しなければいけない」との声を耳にします。しかしわれわれ調査研究チームは,カリキュラムの3分の1程度は各大学で特色のある教育を自主的に行い,教育内容で独自性を発揮してもらいたいと考えています。

錦織 CBTの出題基準としての性格が強調されすぎたことで,一部には「コアカリは共用試験を受験するまでの約4年間の臨床実習前教育のガイドラインである」といった誤った認識を持っている方もいました。今回の改訂では「コアカリは卒前医学教育6年間のガイドラインである」ことを強調しており,本来の意義や役割を丁寧に伝えることが必要だと感じています。

鋪野 2023年度から共用試験が公的化され,合格した医学生は診療参加型臨床実習での医業が法的に認められます。前回の改訂後に起こった大きな変化の1つですね。

小西 はい。共用試験の公的化に対応するため,今回の改訂では卒業時の到達目標から逆算した4年次の到達目標について,医療系大学間共用試験実施評価機構(CATO)と丁寧にコミュニケーションを取りました。また,CATOだけでなくJACMEや全国医学部長病院長会議などの医学教育にかかわる機関とも連携し,全体的な整合を図りました。この点は従来の改訂時よりも意識できていると思います。

錦織 また共用試験の公的化を受け,臨床実習のさらなる充実化をめざすべく,今回の改訂ではコアカリに付帯する診療参加型臨床実習実施ガイドラインも改訂しました。同ガイドラインでは,臨床実習中に実施が必須・推奨とされる医行為をまとめた一覧表や実習中に使用する評価表を参考例として提示しています。

 診療参加型臨床実習の重要性はかねて主張されてきたものの,その実施については多くの大学で道半ばであり,“診療見学型”臨床実習が今でも多くを占めています。ガイドライン改訂を機に好転することを期待しています。

鋪野 コアカリ改訂版のキャッチフレーズは「未来の社会や地域を見据え,多様な場や人をつなぎ活躍できる医療人の養成」です(図)1)。このフレーズに込めた思いを教えてください。

小西 改訂版が適用される2024年度入学生の卒業が2030年度,卒業生の多くが臨床現場に出て,専門医となり現場で中核を担うのがおよそ2040年。その頃には現在よりも少子高齢化が進み,医療の在り方が変化しているでしょう。コアカリの改訂は10~20年後に医療が置かれた状況を想定する必要があることから,キャッチフレーズに「未来の社会や地域を見据え」との文言を加えました。

錦織 また今日の医療現場を支える医師は,看護師などの他の医療職との連携はもちろん,介護や福祉などの近接分野との連携も求められます。社会が変われば医療や医学教育の在り方も当然変化します。その中で医師がどのような役割を担う必要があるか,将来の医療を担う方々にはそうした視点を持ってほしいと思い,「多様な場や人をつなぎ」という文言もキャッチフレーズに含めました。

鋪野 多職種連携の一翼を担う医師には高い実践能力が求められます。改訂の基本方針の一つに「アウトカム基盤型教育のさらなる展開」が掲げられたのは,学生のさらなるレベルアップを狙ったのでしょうか。

小西 ええ。そのためには,教育内容と併せて目標設定や習熟度の評価が重要です。従来は教育内容(何を教えるか)の記載が主で,学修目標や学修方略・評価は大きく取り上げられてきませんでした。そこで,「医師として求められる基本的な10の資質・能力」(以下,資質・能力)の全てに学修目標を設定し,シラバスの組み方や評価方法などを記載しています。

錦織 学生のアウトカムに焦点を当て,資質・能力と学修目標や学修方略・評価とを紐づけたことが令和4年度改訂版の最大の特徴と言えるでしょう。

鋪野 改訂版では第3章に「方略・評価の事例」(Good Practice)が示されたのも目玉の一つです。ユーザーにとって使いやすい工夫が施されていますね。

錦織 Good Practiceでは,医療面接や解剖実習といった内容を例に授業の具体的な展開方法や評価の仕方などを示しています。各大学で教育方略を検討する際に参考にしてもらえればと思います。

 ただし,Good Practiceはあくまで参考例であることにはご留意いただきたいです。事例を参考にした上で大学に合った教育方法を模索し続けてほしいと考えています。

小西 ユーザーの使いやすさに関連して,改訂版では重複した記載を整理し内容がスリム化したことも特長として挙げられます。医学・医療は日々進歩し続けるために,医学教育において教えるべき内容が増え,コアカリのボリュームも増加傾向にありました。ですので,記載内容を精選し,各領域で学ぶべき基本的な疾患や主要症候を別表にして掲載しています。

鋪野 さらに,本改訂からの試みとしてスマートフォン対応サイトの開発や,テキストのコピーやタグ付け,しおり,検索機能が使用できる電子版の制作が進んでいます。それらの機能を活用することで,参照する時間の短縮にもつながるでしょう。コアカリへの注目度が高まっている今だからこそ,ぜひ一人でも多くのユーザーにそれらの工夫を感じ取っていただければと思います。

小西 改訂版を検討するに当たって重視したのが,可能な限り根拠に当たることです。医学教育分野でのエビデンスが増えていることから,改訂版では推奨される教育手法の根拠となる論文をできる限り示しました。

錦織 今回の改訂で印象的だったのが,本邦の医学教育学分野の発展を実感できたことです。コアカリ改訂にかかわる調査研究の過程で同分野の中堅・若手の研究者とも議論を重ねたのですが,彼らの活躍から,この分野の研究者の層が厚みを増してきたと強く感じました。

小西 また医学教育に限らず,エビデンスの保証のためには日常で感じた疑問が研究・論文化される必要があり,そのためには科学的探究やリサーチマインドが重要です。本改訂では基本方針の一つに「研究者育成の視点の充実」を掲げ,科学的思考を身につけることを重視しています。

鋪野 医学教育=臨床教育と考えられがちなものの,臨床家になることだけが卒後のキャリアではありません。卒後の多様なキャリアを見据え,今回の改訂版でも資質・能力に「科学的探究」を組み入れました(図)1)

錦織 科学的探究に関する内容を検討する中で思い出すのが,コアカリの性質や特徴を改めて認識させられたことです。コアカリは医学教育の標準カリキュラムとしての性質を持っています。一方で,研究者の育成に当たっては,標準カリキュラムの内容を超えた知を生み出すことを学生に伝えなければなりません。ですので,既知の知見が基盤となっている標準カリキュラムと科学的探究との相性は必ずしもよくない。科学的探究に関する内容を全ての大学で行うべきかについても,時間をかけて議論しました。そして最終的に,医療の実践を担う全ての医師にはリサーチマインドが一定必要であるとの結論に至っています。

鋪野 最後にコアカリ改訂を受けて,未来の医療を担う医療者への期待を教えてください。

錦織 「科学的探究」の項に「常識を疑う」との学修目標が挙げられています。コアカリはある意味「卒前医学教育の常識」を書いた文章なので,「コアカリ自体を疑え」とも読めてしまうかもしれませんが,実はそれこそが,私が今回の改訂版で個人的に伝えたいメッセージです。今回改訂されたコアカリは,2020年代前半に本邦の医学教育学分野の有識者が叡智を結集した産物ではありますが,決してこれが絶対的な正義でもなく,そしてこれに盲目的に従うことを各大学の教員に強要するものでもありません。次世代の医学教育者によって,常に検証・批判され,時代の変化に合わせて,さらに改訂されていくものだと考えています。

小西 今後は大学病院以外の医療機関での臨床実習も増えてくるでしょう。医学教育に携わる人だけでなく,臨床医はもちろん医学研究者など,さまざまな立場の医療者にとって今回の改訂版が有益なものになるように作成しました。改訂版を参照し,これからの医師育成を考え続けてほしいと思います。

鋪野 2023年度の1年間で,大学の教育担当者はまず現状の大学カリキュラムと改訂版との相違点を検証し,必要に応じてカリキュラムを変更することになります。そして,コアカリに準拠したカリキュラムを展開するためには,学内の教員研修の充実化も重要でしょう。10~20年後の社会を背負う学生たちの未来のためにも,皆さまのお力添えをお願いします。本日はありがとうございました。

(了)


1)モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会.医学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版.2022.
2)日本医学教育学会.令和2年度大学における医療人養成の在り方に関する調査研究委託事業 医学教育モデル・コア・カリキュラムの次期改訂に向けた調査・研究報告書―分析結果.2021.

3509_0103.jpg

静岡県立総合病院 院長

1982年京大医学部卒。2003年大阪府済生会泉尾病院副院長,10年済生会神奈川県病院院長補佐,済生会本部特別参与,11年京大医学教育推進センター長(同大病院総合臨床教育・研修センター医師臨床・研修部長を兼任)を経て,21年より現職。医学教育モデル・コア・カリキュラム等の次期改訂に向けた調査・研究医学チーム座長。日本医学教育学会理事長。

3509_0104.jpg

名古屋大学 総合医学教育センター 教授

1998年名大医学部卒。2008年英ダンディー大医学教育学修士課程,20年蘭マーストリヒト大医療者教育学博士課程を修了。07年東大医学教育国際研究センター,12年京大医学教育推進センターを経て,19年より現職。直近3回のコアカリの改訂に携わる。医学教育モデル・コア・カリキュラム等の次期改訂に向けた調査・研究医学チーム副座長。日本医学教育学会理事長補佐。

3509_0105.jpg

千葉大学大学院医学研究院 地域医療教育学 特任准教授

2008年千葉大医学部卒。20年米マサチューセッツ総合病院医療者教育学修士課程を修了。千葉市立青葉病院臨床研修医,千葉大病院総合診療科シニアレジデント, 同医員を経て22年より現職。21年度より文科省高等教育局医学教育課で技術参与を兼任。コアカリ改訂における基本方針の検討や,医師に求められる資質・能力改訂案の作成などに携わる。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook