医学界新聞

書評

2023.03.06 週刊医学界新聞(通常号):第3508号より

《評者》 福島医大教授・作業療法学

 感覚過敏や鈍麻など,臨床を通じ肌身でとらえた子どもの感覚世界を,子どもの代弁者となり保護者や多職種に伝えることの重要性を実感している。本書を読み終え,著者である加藤実先生に勝手ながら妙な親近感を覚えた。長年にわたり子どもたちの痛みと向き合ってきた臨床家としての経験知,そしてエビデンスを重視する研究者としての姿勢に共感したのである。

 子どもの痛み体験は,身体的反応だけでなく,不安や恐怖など情動体験として認知形成され,長期的な影響も引き起こす。この事実はわが国の児童・思春期医療において十分に認識されていない。処置時の痛みは「一瞬だから」と軽視され,「そのうち慣れる」と放置されることも少なくない。リハビリテーションに携わるセラピストも例外ではない。新生児集中治療室ではカテーテルやモニター機器が装着され,臓器発達の未熟な新生児は動くことにさえ苦痛を伴うだろう。術後早期から開始されるリハビリテーションにおいて“機能回復”を優先するあまり,痛みを蔑ろにしていないだろうか? エビデンスとともに示される事実によって,われわれセラピストは内省する機会を得るだろう。

 本書は,臨床現場における子どもの痛みの予防,痛みに苦しむ子どもと保護者への対応に寄与することを意図して構成されている。

 第I章「子どもの『痛み』を理解する」では,痛みの定義,メカニズム,そして痛みに伴うさまざまな影響について,専門的知識を有さない読者にも伝わりやすいようわかりやすく説明されている。慢性痛への対応には,保護者をはじめとして子どもの生活を支えている周囲の人々の協力が重要となる。支援者の正しい理解と適切な対処方法を引き出すために,家族・心理教育(あるいは疾病教育)が有効とされており,本章にはそのヒントが詰められている。

 第II章「子どもの『痛み』を診る」では,見逃されやすく言語化されにくい子どもの慢性痛をどう評価するかについて,臨床実践と研究に裏付けられた5つのポイントが,具体例とともに示されている。そして,そのアプローチ方法についてWHOによるガイドラインを引用しながら,身体的要因への対応,心理・社会的要因への対応,薬物療法が解説されている。本章に登場する10の症例は,慢性痛を引き起こす各疾患の理解を促すだけでなく,診療を進めるための道筋を示している。症例ごとに記載されている“診察者の頭の中を覗く”では,いかに子どもの症状をとらえ,類推し,診断・治療へと導くか,が述べられ,読者は関心を持って読みすすめるに違いない。さらに症例報告にはさまざまなノウハウが凝縮されている。例えば,図を用いて子どもに痛みの原因を説明する方法は,子どもの不安を取り除くだけでなく,治療へのコンプライアンスを確保するために効果的な工夫と言えよう。

 慢性痛は,国際疾病分類 第11版(ICD-11)において初めて疾病として位置付けられた。今後,慢性痛と診断・治療される子どもが増えることが予想される。著者が強調するように子どもの慢性痛の要因は複雑に絡み合っていることが多く,中・重度の場合は理学・作業療法士を含めた集学的アプローチが必要となる。本書はその先駆けであり,優れた入門書である。

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