医学界新聞


『公衆衛生』誌87巻4号より

対談・座談会 鈴木敦秋,齋藤智也,蝦名玲子

2023.03.06 週刊医学界新聞(通常号):第3508号より

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 『公衆衛生』誌連載「クライシス・緊急事態リスクコミュニケーション」に大幅な増補・加筆を行った教科書『公衆衛生の緊急事態にまちの医療者が知っておきたいリスクコミュニケーション』(医学書院)が刊行された。同誌では,刊行記念として著者の蝦名玲子氏(グローバルヘルスコミュニケーションズ)を司会に,COVID-19対応に携わった齋藤智也氏(国立感染症研究所),鈴木敦秋氏(読売新聞)による座談会を企画。リスクコミュニケーションの専門家,行政,マスメディアというそれぞれの立場から,今求められるリスクコミュニケーションについて議論した。本紙では,その内容をダイジェストでお伝えする(座談会全文は『公衆衛生』誌87巻4号に掲載)。

◆「科学の言葉」をいかに伝えるか――専門家の役割と果たすべき仕事

鈴木 今回のCOVID-19でもリスクコミュニケーションの課題として感じたのは,いわゆる「科学の言葉」が人の心に届いていかないということです。これは福島の原発事故のときにも大きな課題として出てきました。メディアも本音では科学の言葉を根拠にしたいんです。根拠がなければ記事にはなりませんから,論文であれ何であれ科学の言葉に立脚したい。しかし,数字やデータだけの説明がスティグマを生じさせてしまったり,人の心に届いていかなかったりという問題が起きてきます。簡単には解決できない現代の課題ですね。

蝦名 科学の言葉を分かりやすく伝える努力を,多くの記者も,医療者も,されていると思いますが,被害を受けた人たちに,その内容を感情的に納得してもらうのは難しいものです。福島の原発事故発生当時を振り返ると,放射線のリスクについて説明するときに,エックス線検査をしたときの被曝量との比較を用いて理解を促そうとする試みがなされていました。しかし私の著書の中でも述べましたが,被災地の住民の立場になってみると,選択の余地なく非自発的に被ってしまった原発事故による被曝のリスクと,病気の早期発見や治療に有益な,つまりベネフィットがリスクを上回ると判断した上で受け入れたエックス線検査による被曝のリスクは,まったく異なるものと見なされ,許容されにくいのです。だからこそ感情に配慮し,被災住民とすでに信頼関係が築けている専門家から伝える等の工夫が重要となります。

 ところで,今回のCOVID-19では,感染研に対する期待は相当のものがあったのではないでしょうか。

齋藤 先日,米国CDCについて外部のシンクタンクが発表した提言があり,確固たるエビデンスであることにこだわりすぎてデータを出すのが遅かったと批判されています。確かにその通りで,できるだけ早い段階から分かっている情報は出していくべきですが,スピードにこだわって不確実な情報を出して判断を間違えたときのリスクは大きく,悩ましいです。科学は常に正しいとは限らないし,新しい情報によって常に書き換えられていくものですが,一度発表した見解を後から修正することは大変難しいです。情報の内容は現実に合わせて変化しているのだとしても,一般市民の目からすると意見がコロコロと変わっているように見える。そう判断されてしまうと誰もその機関から発信される情報を見なくなってしまいます。だからといって,「(情報が十分でないから)分かりません」とするのではなく,分かっていることはこうで,だからこうしてほしいというところまで見解を述べるようにしていきたいと考えております。

蝦名 緊急事態下のリスクコミュニケーションが難しいのは,厳しい時間的制約がある中で新たな情報が次々に入ってきて,それに伴い,リスク評価の結果も変化し続け,しかも不確実性が高い点です。そうした中で一般市民の信頼を獲得し,専門家との認識を近づけるためには,現時点で分かっていることと,不確実なことを迅速に明示し,その上で「不確実な部分をどう解釈して,あるいは不確実な中でどのような価値に基づいて,意思決定をしているのか」や「このような未知のウイルスの場合,こうしたプロセスで情報収集や知見を積み重ねていて,情報が常に更新されていくことが見込まれる」といった説明を,オープンに透明性をもって行い,最新情報が入るたびに更新し続けるという方法があります。また不確実な中でも,身を守るために取るべきリスク軽減行動を伝えることも重要です。

齋藤 専門家会議でも,2020年の2~3月には深夜まで時間無制限で専門家が全ての質問に答える形を取りました。それでもメディア側から,「結局結論はどうなるんだ?」と問われてしまう。われわれはいつも含みを持たせて「ここまでは言えます」とは発表するけれども,それを伝える側から「明らかな答え」を求められてしまうのが実情です。

蝦名 リスク情報は不確実性を伴うものであることを,メディアも含め国民に教育していくことも必要ですね。白黒はっきりしている情報は,健康やリスクに関する情報としてはむしろ怪しい場合が多いという事実とその理由もきちんと理解してもらう。これからのリスクコミュニケーションには,そうした教育的役割も求められると思います。

鈴木 われわれメディア側も今回のことを反省しながら取材の構え自体を変えていく必要があるでしょう。事件記事とクライシスの記事は違うということを全員が正しく学び直さなければなりません。例えば予測値についてもその根拠や受け止め方について学び,科学の役割と限界を前提にして取材,報道しなければ。

蝦名 緊急事態下で,人が最も集中力を注ぐのは,最初に耳にする情報です。このため,新たな知見により過去に伝えた内容が誤っていたことが判明されたら,それを認め,根拠となる新たな情報とともに見解についても変更を伝えることで,人々の耳目を集め,またそうした専門家やリスク管理者の姿勢が誠実だと捉えられます。その際にメディアが,「新たなエビデンスが得られました。これが最新情報です」と修正や更新された情報を肯定的に,注目を集めるような形で確実に届けると,情報修正が悪いものと捉えられることなく,最新情報を提供し続けられる風土ができていくのだと思います。

鈴木 メディアの側に,専門機関から発表された情報がそれ以前のもの,または初期のものと変わったことを問題視しようという意識はありません。情報は変わる状況に合わせて常に刷新されていけばよいというのがわれわれの基本的認識です。

 ただ,圧倒的な情報量の格差が,専門家とメディアとの間に,そしてメディアと一般市民との間にある。それをどう埋めていくか。きめ細やかさとかスピード感が求められる中で,鍵となるのは専門家とメディアとのコミュニケーションをどう深められるか,だと思います。専門家との日常的なやり取りが不足していたため,有事の際も意思の疎通が図りにくかった。気軽に取材を受けてくださる研究者がもっと増えてくればよいなと日々感じていました。

齋藤 行政とメディアという観点では,個人の問題というよりは組織的な問題がまずあると私は思っています。組織内のコミュニケーションがしっかり構築されていれば自然とメディアへの対応も安定してくるはずです。

蝦名 危機下で情報が混乱しやすい中でもコミュニケーションラインが構築されていると,関係者が各自バラバラの発言をすることを防ぎ,正確で一貫性のある情報の公開が可能になるというメリットもあります。

齋藤 クライシスコミュニケーションとリスクコミュニケーションのフェーズは意識した方がよいですよね。COVID-19でいえば,緊急事態宣言が発出された2020年4月までがクライシスコミュニケーションの段階で,それ以降は双方向的なリスクコミュニケーションが重要になりました。緊急事態宣言が出てしばらくの間は,今の状況に関する情報はできるだけ正確に伝えて,不確実性はある中だけれどもこうしてくださいと,比較的一方的に行動まで結び付けることが重要でした。その後は,外出自粛が2~3週間続くと,社会全体への影響が大きく,納得感がないとどうにも人が動かない状況になるので,双方向的なコミュニケーションに力を入れていかないといけなかったと思います。期限を設けて次のコミュニケーションに移っていかなければなりませんし,それぞれの時点でメディアの役割が変わってきます。

蝦名 おっしゃる通り,フェーズに合わせてコミュニケーションをとることは重要です。一方でどこまでをクライシスコミュニケーションとし,どこまでをリスクコミュニケーションと呼ぶのかその線引きは難しいのかもしれません。2020年4月以降でもクラスターが発生した場所や医療崩壊が起きた地域ではクライシスコミュニケーションが求められることもあったと思います。また近年,緊急事態がもたらすリスクの影響を受ける人たちがより多くの関与を求めるようになり,危機下でもいったん身の安全を確保したら,リスクコミュニケーションの双方向性が重要視されるようになっています。代表的な国際機関もこれらのコミュニケーションを区別することに難しさを覚えたようで,2000年に入ってから,米国CDCは「クライシス・緊急事態リスクコミュニケーション(Crisis and Emergency Risk Communication:CERC)」という概念や「CERCリズム」というフェーズに合わせたコミュニケーション理論を開発したり,WHOも緊急事態という文脈におけるリスクコミュニケーションを定義づけたり,「緊急事態リスクコミュニケーション」という概念を構築したりしています。

(抜粋部分終わり)

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