医学界新聞

シリーズ この先生に会いたい!! 北野 夕佳氏に聞く

インタビュー 北野夕佳

2023.02.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3505号より

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左から増田奈保子氏,北野夕佳氏

 救急外来の対応をする救急医,ICU/HCUの患者管理を行う総合内科医,ベッドサイドでの研修医教育,教科書の執筆活動やセミナー等の講演活動に取り組む臨床教育者,学会運営の中枢を担うリーダー,そして3人の子どもを持つ母親と,さまざまな顔を併せ持つ北野夕佳氏。多方面で結果を出し続けるバイタリティの源は何か。救急医をめざす医学部5年生の増田奈保子氏がインタビューを行った。

増田 私は高校1年生の時にinochi Gakusei Innovators' Program(註1)に参加し,AEDの使用率向上をめざすアイデアづくりを通じて救急医療の面白さに魅了され,“沼って”しまいました。その後医学部に進学し,今度は同プログラムの運営側の代表を務めたり,医療現場以外の目線を体験するために企業や行政でのインターンシップ活動をしたり,エビデンス構築の世界を学ぶために研究・論文執筆をしたりと,いろいろな活動を行ってきました。そうした学生生活を送る中,さまざまなメディアで北野先生の姿を拝見し,その生き方にとても共感をしたことから,ぜひお話を伺いたいと思って,今日を楽しみにしていました。

増田 北野先生は現在,救急医,そして総合内科医としてご活躍されていらっしゃいます。まずは救急領域を選ばれた理由を教えてください。

北野 卒後1~4年目の研修医として京大病院や大阪赤十字病院に在籍時,1人で担当していた救急当直や夜間急変対応の日々が原点かな。胸が苦しい,お腹が痛い,気分が悪いなど,さまざまな症状を訴える患者さんを救急外来で診たり,血圧が下がったなどの夜間急変に対応したりしていました。けれども,経験が浅い当時の私に全てを判断できるほどの診療スキルは備わっていません。私が患者さんを診て各診療科に相談していたのですが,「ウチの診療科じゃない」と言われてしまって,結局診てくれる人がいない。孤独,不安で泣きそうなほど苦しい時がありました。その中で専門領域を越えて一緒に患者さんを診てくれる数少ない指導医が神々しく見えたのです。そうした経験から,「どんな患者さんでも診られる医師になりたい」という思いを持ち,救急医をめざし始めました。

増田 その後米国留学を経て,総合内科医としての道に進まれたのですね。どのような経緯があったのですか。

北野 実は「大学院へ行って学位を取る」という一般的な医師が歩むルートにも乗ろうと思って,基礎研究の世界に4年間身を置いたこともありました。

 一方で,研究か臨床かと天秤にかけた時に,患者さんのベッドサイドで「大丈夫ですか,痛くないですか?」「夜,しっかり寝れてました?」と声を掛けたり,病態を考えて治療計画を立てたりしているほうが好きなんだと気が付いたのです。もちろん現在の臨床にもつながる知識を得られたために基礎研究をしていた時期を後悔はしていませんし,研究の手を抜いていたわけでもありません。あと3年ほど研究をすれば良い論文が執筆できるだろうというくらいの成果も出ていました。

増田 あと3年……。

北野 そう。臨床からすでに4年間離れた上で,さらに3年です。周りの研究者のほとんどから,「この成果を棒に振って学位を取らないのはおかしい!」と言われました。しかし私にとってこの3年間は,臨床経験を取り戻すための大きなブランクになりかねないと思った。だから4年間でスパッと辞めて,長年の夢であった米国への臨床留学に向けて準備を始めました。

増田 思い切った決断だったのですね。先生はこれまでの人生で数多くの決断をなされてきたと思いますが,それらは何に基づいて決めているのでしょうか。この点はずっと気になっていました。

北野 「好き」を大事にして本能と直感に従っただけ。人生は1回きりしかないから,失敗したとしても前に倒れようという気持ちです。何事も若い時期に本気で2,3年取り組んだほうが,本当に自分が好きなのかどうかの判断がつくはず。最近思うのは,職業選びは靴選びと一緒だということです。いくらウインドーショッピングをしても駄目。実際に履いてみることで,「この靴はかっこいいけど,痛いし合わないかも」「少しダサいけど歩きやすいからこの靴が好き」といった感覚がつかめてくる。決断時に気を付けることは1点だけです。失敗してもリカバリーできる範囲でチャレンジすること。これさえ忘れなければ何事もトライしてみるべきでしょう。

増田 先生のバイタリティには尊敬の念を抱いています。どうしてそんなに頑張れるのでしょう。

北野 頑張っているとはそれほど思っていないですよ。

増田 えっ! そうなんですか?

北野 頑張っている時もありますが,うまくメリハリを付けるようにしています。

増田 私は,さまざまな活動を同時並行して行うのが苦手で,1つの物事に集中してしまうと,その他が疎かになりやすくなってしまいます。先生はご自身のリソースをどう分配されているのですか。

北野 例えば,仕事と家庭を両立していくため,ある程度手を抜いてもよい掃除・洗濯・皿洗いといった「家事業」と,子どもの成長に直接影響するような「親業」に,家での役割を分けています。学校で起こった出来事の話を聞く,一緒に料理したり,公園に行ったりするといった「親業」は,どれだけ忙しかったとしても,子どものためにサボりません。

増田 でも,ただでさえ臨床業務が多忙なのに,家庭と両立しながら頑張り続けていると,疲れたり,くじけてしまったりする時期も出てくるのではないでしょうか。

北野 もちろんあります。その時は,私が研修していた当時ではめずらしく2人のお子さんを育てながらキャリアも積み上げておられた,大先輩の那須芳先生からいただいた2つの言葉を思い出すようにしています。

増田 そのエピソードを詳しくお聞きしたいです。

北野 昔,子どもが小さい時期に「全然働けていません。泣きそうになります」と年賀状に書いて送ったら,「1年間でどれだけ仕事をするかではなく,一生でどれだけ仕事をするかです。頑張りなさい」と返ってきました。また別の年の年賀状で育児に関する愚痴をこぼしたら,「子育てはやり直しが利きませんから最優先事項です」との返信があり,妙に納得をしました。

増田 要所要所で人生の指針となる言葉をいただいてきたのですね。

北野 これらの言葉は今でも私の支えです。そして,家庭との両立を見据えた時にもう1つ重要となるのが,熱意の感じられる仕事を選ぶこと。「絶対に役に立っている」と思えるほどのやりがいのある仕事をしていれば,「遅い時間に帰る日が多くてごめん。でも,自信を持って良い仕事をしているから」と,子どもに対しても正直に話せるはずです。優先すべき事柄が複数現れた時には,参考にしてみてください。

増田 先生を語る上で欠かせないのは「5分間ティーチング」(註2)です。YouTubeでも紹介されているその様子は,実際にベッドサイドで指導していただいているような感覚で,非常に勉強になりました。その他にも,学会を挙げたレクチャー動画の総監修,医学書の監訳や雑誌の編集など,教育活動に情熱をかけられている印象を受けています。教育に関心を持ったのはなぜですか。

北野 大阪赤十字病院でチーフレジデントを務めていた頃の体験がきっかけです。自分一人での勉強ではなかなか定着しないと思っていた事柄が,人に教えることで身につくことを実感できました。また教育活動が,自身の方針決定が何を根拠にして行われたかを説明できるという「安心感」にも代わることに,米国でのレジデント経験を通じて気が付けたのは大きな転換点と言えます。

増田 教育活動が安心感にもつながるというのは興味深いですね。

北野 ただ,現在の教育にかける想いは,その当時に比べると少し変化してきています。「2:6:2の法則」を聞いたことはありますか? どのような組織・集団であっても,構成比率が「優秀な働きを見せる人」が2割,「普通の働きをする人」が6割,「貢献度の低い人」が2割という法則です。今までは上位2割をさらに伸ばそうという考えの下で教育に携わってきたのですが,最近は中間層である6割の人の臨床力を底上げすることに意義があるのだと価値観が変わってきました。つまり,「土日も勉強。休みなんかいりません!」という職人気質の少数精鋭が一層頑張るよりも,「院内で勤務している時間はとりあえず頑張ろう」という「そこそこやる気のある人」の臨床力を伸ばして,持続可能な診療体制を構築すべきだと。そのほうがスタッフたちも働きやすい上,診療できる患者さんの絶対数も増えるはずです。60歳で定年退職をすると考えると残り約10年。院内のスタッフだけでなく,より多くの医療者の教育に携わりながらキャリアを終えたいですね。

増田 確かにそのほうが長期的に良い影響をもたらせそうです。何か具体的な取り組みは考えられているのですか。

北野 まずは私が所属する米国内科学会(ACP)日本支部のメンバーで教育的なレクチャー動画を作成し,会員が閲覧できるようにすることをすでに決定しました。というのも,施設ごとに指導医が資料を毎回準備してレクチャーする現状はどう考えても非効率的であり,なおかつ一臨床医としてプレーヤーを務めながらレクチャー資料を作成するのは,はっきり言って無理だからです。質を担保し標準化したレクチャー動画を作ることで,各施設の指導医たちには「得られた知識をベッドサイドでどう活用するか」といった実践的な教育に注力してもらいたいというのが願いです。

増田 おっしゃる通りですね。雑誌や書籍の編集を担っているのも同様の狙いを持った取り組みなのですか。

北野 ええ。私は,ヘンリー・フォードの言葉である“Nothing is particularly hard if you divide it into small parts”(何事も細かく分けてしまえばうまくいく)という言葉を大切にしています。すなわち「臨床が得意な北野先生だからできることだよね」というような「匠」の技ではなく,「誰でも当たり前にできるよね」というレベルまで現場での思考を言語化し,再現可能な単位まで細分化して教えたい。こうした一連の活動によって,日本全国の医療レベルを少しでも向上させられればうれしいですね。

増田 最後に,本記事を読む医学生や研修医の方に向けてメッセージをいただけますか。

北野 人生は1回きりなので,まずは目の前のやりたいことに全力でぶつかってほしいですね。特に学生の間は人生の中でも貴重な自由時間です。医学だけにとらわれずに幅広い経験を積んでください。そうすれば何か見えてくるものが必ずあるはずです。自分の本能に正直に生きてみましょう。2023年6月にはACP日本支部の年次総会が開催されます。学生は参加費無料ですので,ぜひ参加してみてください。

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写真 今の職場の仲間と(後列右が北野氏)

(了)

「生き方のロールモデルが見つかった」という感覚でした。メディア等で拝見していた時から北野先生には何か似たものを感じていましたが,お話しする中でも共感するポイントが多々あり,「この先生の生き方を追いかけたい!」と思いました。私自身,さまざまな活動をする中で迷うことや苦しむことも多いものの,わが道を進む勇気と元気をいただき,感謝の気持ちでいっぱいです。まだまだ人生は長いですが,「好き」を大事にして本能と直感に従い,「日常と医療の接面をもっと滑らかにすることで,日常の幸せを守ること」に貢献していきたいと思います。貴重な機会をいただき,本当にありがとうございました。

(増田奈保子)


註1:中高生と大学生がチームを組み,ヘルスケア課題を解決するプランを競い合うコンペ。関西で始まり,日本各地や海外へも活動を展開している。毎年秋には各分野から専門家を審査員に招き,検討・実行してきた解決策についてプレゼンを行う。コンペ後も取り組みを続け,社会実装に至る事例も出てきた。

註2:救急外来症例およびICU/HCU入院症例を,実際にベッドサイドで対応しながら教えること。この際,指導医の思考を言語化し,パターンごとの「型」にして研修医に伝えることで,経験の浅い研修医であっても,次に同じ症状の患者が来た時には適切な処置ができるようになることをめざす。ティーチングの様子はYouTubeを参照。

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聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院救命救急センター 副センター長/聖マリアンナ医科大学救急医学 准教授

1996年京大卒。同大病院で1年間,大阪赤十字病院で3年間,内科各科,麻酔科,診断放射線科,救急部を含むローテート研修に励む。大阪赤十字病院ではチーフレジデントを務めた。その後,2000年から京大大学院にて月田承一郎氏に師事し,分子生物学に関連した基礎研究を行う。04年に渡米,翌年ECFMG certificateを取得。米ヴァージニア・メイソン医療センターで内科レジデンシーを修了し,米国内科専門医(ABIM)を取得した。09年に帰国後,東北大病院高度救命救急センター助教に就任。11年聖マリアンナ医大救急医学助教,講師を経て,20年より現職。勤務中の様子は過去にテレビ番組「ヒポクラテスの誓い」(BS-TBS)でも取り上げられている。また,臨床業務とは別に『救急ポケットレファランス』の監訳や雑誌『Hospitalist』の編集(いずれもMEDSi),動画シリーズ(「目で学ぶフィジカルアセスメント大全」,院内感染管理教育動画コンテンツ)の作成・統括監修にも取り組む。野口グランドラウンド統括リーダー。米国内科学会日本支部年次総会・講演会2023会長。日本総合内科専門医,日本救急医学会指導医,日本集中治療学会専門医・評議員,日本プライマリ・ケア連合学会指導医,米国内科学会上級会員(FACP)。

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大阪大学医学部医学科5年生

高校1年生の時に参加したinochi Gakusei Innovators' Programで救急医療の面白さに気付く。医学部に入学してからは,医療系学生団体「inochi WAKAZO Project」の代表や企業・行政でのインターンシップ,研究・論文執筆などを通じてヘルスケア課題の解決に挑む日々を送る。将来の夢は「日常と医療の接面をもっと滑らかにすることで,日常の幸せを守ること」。

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